27話 禁忌の検証
前回のあらすじ
・ユウキ「行こうか。安全第一でね」
・竹藪ダンジョンに挑戦
適当な本数を収穫したところで、ユウキとコンラはタケノコの下処理を始めた。
「えーっと、まずは先端を斜めに切り落として……コンラ、食品だから、その剣は使わないで」
「む……使い慣れているのだが」
「人斬ったりするやつで食品切ってほしくないよ。叔母さんに渡す分もあるし」
ユウキはそう言ってコンラに包丁を渡す。百均で購入したそれは、切れ味は今一つだが、取り扱いやすさは一級品だ。同じく百均で購入したまな板を使い、二人は黙々と下処理のための下処理を行っていく。
先端を切ったタケノコに、縦の切れ込みを入れ、米ぬか、唐辛子と一緒に鍋に入れる。大きめの鍋を持ってきたため、複数のタケノコを一気に茹でることができた。しかし……
「み、水入れ過ぎた……」
ユウキは肝心なタケノコの体積を見誤り、溢れそうになる水をすくい出しながらタケノコを鍋に入れていく。ここから40分から1時間ほど弱火で煮込む。落し蓋をしてタケノコが水面に浮かないようにすることも忘れずに。
「と言うわけで、自由時間です。時間があるうちに、ゲッシュの検証をしようか」
「わかった。無理そうだったらすぐにやめるからな」
「うん、絶対に無理だけはしないで。半身不随とか、即死とかは普通に困るから……」
ケルト神話において、ゲッシュはアキレウスのかかと扱いである。もちろん、ゲッシュのおかげで普段の戦闘力にバフがかかっているのだが、それでも破った時のデメリットがあまりに大きすぎてもはや弱点の一つとカウントしたほうが正しいのである。
ふと、ユウキはあることを思い出し、コンラに提案する。
「……ねえコンラ、今更だけど、別の呼び方をした方がいいと思っているんだ。何て呼べばいい?」
「呼び方……? 普通に本名でいいだろ」
ことことと揺れる鍋の隣で、ユウキは鍋の様子を確認しながらコンラに言う。若き戦士は首をかしげてそう言い返す。
しかし、ユウキは首を横に振った。
「本名がバレたら、相手に対策されかねないし……あと、僕は君を守る義務があるから。僕が君の名前を呼んだせいで君に不利益があったら嫌だろ?」
「……代理で俺の名を名乗る人間がいるのは普通にありがたいが。そういった人間がいなかったせいで親父に殺されたわけだし」
複雑な表情で言うコンラ。一人で父に会いに行った彼は、代理で名乗りを上げるものを伴っていなかったのだろう。
ユウキは慌ててコンラに謝罪をすると、言葉を続ける。
「あ、なんかごめん……でも、君自身に不利益を与える目的がいたとき、名前バレって結構デメリットだと思う」
コンラの「名乗ってはいけない」は彼自身の日常生活で頑張れば、大体は何とかなる。警察の職務質問も、己がケルト人であること、そして、身分証明書を見せれば、名乗らずして自分自身を証明することができる。
しかして、「挑戦に応えなければならない」と「進む道を変えてはいけない」だけは、敵次第になってしまう。
チャレンジメニューのステーキは『挑戦』と判断されたにもかかわらず、シンジの挑発は挑戦に当たらなかったところから鑑みても、『挑戦』はした側の発言次第だと予想できる。
つまり、『崖の上からの紐なしバンジー』を『挑戦』されてしまえば、事実上コンラは戦わずして殺されてしまう可能性が高いのだ。だからこそ、コンラはできればその正体を看破されないほうが良い。知識さえあれば、あっという間に勝敗が決してしまう可能性があるのだ。
そして、ユウキは顔を上げて本音を漏らす。
「ついでに、愛称がゲッシュに抵触するかどうかも知りたい」
「……なるほど、究極的にどこまでが名乗りになるか、と言う話か。……そうだな、なら、センシはどうだ? 俺はまごうことなきケルトの戦士であるし、戦士自体はケルトに何人もいた以上、特定はしにくい……というか、ほぼできない」
「わかった。じゃあ、それで、自己紹介してみてもらえる……?」
ユウキは少しだけ不安になりながらも、コンラに言う。コンラは小さく咳き込んでから、言葉を紡いだ。
「名は名乗れない。が、俺のことはセンシと呼んでくれ__こんな感じでいいか?」
染められた金髪の髪が小さく揺れる。自ら名乗れないと宣言することでゲッシュを逃れ、呼び名を伝えることができたのだろう。
体に異変がある様子はない。コンラの自己紹介を聞いて、ユウキは笑顔で頷いた。
「それだけ言えれば、多分初対面の人とも連携できそうだね」
「ああ、そうだな……」
「あとは、道を引き返すことができるか、だね」
竹藪がざわざわと揺れる。
もしも『道を引き返すこと』がゲッシュに抵触するならば、この後のダンジョンは迷宮になっているものは選択しにくくなる。もちろん、だからと言ってユウキはコンラを手放すつもりはないが、それでも、戦闘力皆無のユウキが彼の役に立てるのは、現状頭を使えば戦闘を回避できる迷宮型やパズル型のみだ。
ユウキは緊張した面持ちでコンラを見やる。コンラは小さくため息をついてから、元の道に向かって歩いていく。
とくに、問題は無いように見える。
ゲッシュに抵触していない事実に、ユウキは深くため息をついて、笑顔を浮かべた。
「ありがとう、コンラ! これで一緒に【赤い靴】のダンジョンに挑戦できる!」
「……まあ、それならいいが、ただ、天罰はない代わりに恩恵は減っている」
どうやら、センシの名前で誤魔化すとゲッシュを破ったことにはならないが、守ったことにもならないらしい。極論、禁忌に抵触さえしなければ問題ないが、それでも、本来の力を出し切れないのはユウキにとっても心苦しかった。
「そっか……じゃあ、他の人がいるときにはセンシって呼ぶけど、そうじゃないときにはいつも通りに名前を呼ぶ。そうすれば、ゲッシュを順守したことになる……かな?」
「多分そうなるな。結局、こちらから破るようなそぶりを見せなければ、ゲッシュに背くことにはならない。……最悪のパターンは『互いに名乗りを上げ合うこと』を挑戦されることだが、偽名を伝えておけば、何とかなるだろう」
「うわぁ、そっか、そう言うパターンもあるよね……」
ユウキは思わずうげっと唸る。たしか、クー・フーリンも似たような手法で狗肉を食べさせられたはずだ。できるならコンラに全力を出してもらいたいが、逆にそのせいでやられてしまえば本末転倒である。
__そう考えると、【名乗らず】【挑戦を受けて】【道を違えず】戦った結果コンラに勝ったクー・フーリンって、すごく強かったのかな……?
コンラは名乗れなかったせいでクー・フーリンに殺されたわけだが、逆接的に言えば、ゲッシュを守っていても勝てないほど強い、と言うことなのだろうか?
脱走したスカサハを捉えるためにやって来たクー・フーリンを思い出す。彼は何故かコンラを視認することはできなかったが、もし敵対することになれば弱小であるユウキはひとたまりもないだろう。
思考の海に沈みかけたユウキに、コンラは首をかしげて声をかける。
「おい、もうこれでいいのか? というか、鍋、噴きこぼれているぞ?」
「えっ、あああ!! ごめん、ありがとう!!」
かぱかぱと揺れる鍋の蓋。米ぬかの入った鍋から白色の泡があふれかけていた。ユウキは慌てて鍋に冷たい水を加え、あふれかけていたあぶくを鎮める。
ちらりとスマホのタイマーを見てみれば、まだまだ茹で上がりまでは時間がかかるらしい。ユウキは小さくため息をついて、鉄製のベンチに座った。
「検証はこれくらいかなぁ……挑戦の定義は挑戦した側の判定っぽいし……」
「まあ、そうだな。俺自身も破らなきゃいいもんだと思っていたから、ギリギリを攻めるなんてことはしたことがなかったからな」
「あ……何か、ごめん」
「謝るな。別に悪いことだとは思っていない。……むしろ、生前の俺も、もっと自分自身のことを知っておくべきだった」
コンラはそう言って金属製のベンチの背もたれに座った。足をぶらぶらとさげながら、コンラは小さくため息をつく。自分自身のことをもっとよく知っていれば、己の結末は変わっていたかもしれない。父と母と一緒に幸せに暮らせる未来が、あったかもしれない。
__いや、そんな訳ねえな。
脳裏に浮かんだ光景に、コンラは苦笑いをしながら心の中で首を横に振った。結局のところ、コンラは父クー・フーリンのことを許せてはいない。妊娠中の母を置いて嫁取りに行ったことは本当に心の底から軽蔑しているし、母オイフェとの約束を忘れ名乗れない己を殺したことに怒りを覚えないわけがないのだ。
だとしても、もし、変えられるのだとすれば。心の中で思い描く未来を実現できるのだとすれば。
そんなたられば論を心の中で思い描いていたコンラは、ふと、ある異音に気が付き、目を見開いた。
「ユウキ、警戒しろ。何か来る……!」
「わかった!」
コンラの言葉に、ユウキは慌ててベンチから飛び降りると、腰に固定していたナイフを引き抜く。
若き戦士は小さく息を吐き、流れる川のせせらぎを背後に、竹藪を睨む。オレンジの斜光の入り込まない薄暗い竹藪の奥から、紅く輝く瞳がいくつもこちらを覗き込む。
「わ……ね、ネズミだ……!」
ギイギイ、ヂイヂイとやかましいなき声が、いつまでも夕焼けのこの竹藪に響き渡る。
【ネズミ】
哺乳類齧歯目の数科の総称で、ハツカネズミやドブネズミなど、1000種類を超える種類が含まれる一大グループ。英語では大きいネズミを「rat」小さいネズミを「mouse」と呼ぶ。竹藪ダンジョンに出てくるネズミは、基本的にラットの方のネズミである。
害獣であるほか、ペットとして飼われることもある。著作権の問題と中の人の自制心及び恐怖により、某夢の国のネズミは絶対にこの物語には出現しない。いや、『絶対に』出現しない、させない、できない。超法著作権こわいこわい。
ちなみに、ペスト大流行の原因になったことでも有名。伝染病の媒介や糞害、食害などを引き起こす害獣である。




