26話 竹藪焼けない
前回のあらすじ
・ユウキ「税金世知辛い」
・シンジ「素手だ」
平日はあっという間に過ぎ去り、今日は土曜日。先週はあんな地獄があったというのにもかかわらず、時間は容赦なく過ぎ去っていく。未成年である以上、行われたであろう彼らの葬式に行くことも無く、ユウキは次のダンジョン、【竹藪ダンジョン】に挑戦する日になっていた。
今日の結果次第で、明日行くダンジョンが変わる。
新しく買いなおした防弾パーカーに袖を通し、ナイフを腰の固定具にくくりつけ、一抱えもあるサイズの鍋に魔石燃料のカセットコンロを突っ込んで、持つ。そして、ユウキはコンラに問いかけた。
「コンラ、準備は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
召喚されたときと同様煌びやかな鎧……ではなく、ユウキと同じく防弾パーカーをまとったコンラは、鞘に納められた剣を軽く撫で、そう答える。彼の右手には保冷バッグが下がっていた。
頼んだところ、荷物持ちを快く了承してもらえたのだ。ユウキは対価としてタケノコを使った料理をすることを約束した。
「帰ったら炊き込みご飯の用意だね」
「肉は入っているのか?」
「うーん……入れられないことはないだろうけど、ちょっと初心者には難易度高そうだから、おかずに肉をつけるのでいいかな?」
「そうか……」
炊き込みご飯に肉が入らないと聞いて、コンラは少しだけ残念そうに肩をすくめる。今日はそこまで激しい戦闘が予想されていないため、鎧はまとわずにユウキ同様パーカー一枚で挑む予定だ。荷運びをする以上、できるだけ重苦しい鎧は纏いたくなかった。
電車を一本、徒歩数分でたどり着いたのは、現在は国が管理する竹林。そこを少し進んだところに、ダンジョンに続く小道がある。柔らかな土と草の香りが漂う竹林の地面を踏みしめ、ユウキは前を見上げた。差し込む木漏れ日が少しだけ眩しい。
竹藪ダンジョンは一年中タケノコが取れることで有名だ。しかして、季節が春ということもあり、ダンジョン前のフロント……と言っても、ダンジョンに続く小道の手前の竹藪を切り払い、ベンチと自販機を置いただけの広場なのだが……は、閑散としていた。
「あ、タケノコ生えてる」
「あ?」
ユウキの言葉につられて、コンラは金属製のベンチのすぐ下を見る。そこには、茶色の硬い皮を被ったタケノコの頭が見えていた。
「……資料では見たが、これがタケノコか。本当に食べられるのか?」
「うん、歯ごたえが良くておいしいよ。タケノコはあっという間に竹になっちゃうから、流通が整っていなかったり、ダンジョンで年中収穫できるようになる前までは春の風物詩だったんだ」
現在でも一応タケノコは春の風物詩だが、生のタケノコが手に入れようと思えば簡単に手に入れられるようになってしまったため、若干その立場を揺らがされている。
ユウキはそう言って、そっとポケットから探索者の証明書であるカードを取り出す。ダンジョンへ続く小道は、例の如く金属製の扉でふさがれている。これにカードをかざして入場料を振り込めば、探索する権利が得られるのだ。
「行こうか。安全第一でね」
「わかっている」
そう言い合って、二人は竹藪ダンジョンに足を踏み入れた。
さくり、さくり、と、乾いた笹の葉を踏む音が響く。金属の扉の先は、なるほど、別世界であった。
「わあ……」
「……」
思わず歓声を上げるユウキと、無言で剣を抜いて周囲を警戒するコンラ。
先ほどまで青空が見えていた木漏れ日は、夕暮れのオレンジに変わる。日が傾いたからではない。このダンジョンは、いつでも夕暮れ時なのだ。
竹藪を吹き抜ける風の高い音と葉の擦れ合うざわざわとささやく音が鼓膜をくすぐる。風には笹の落ち着いた匂いが、足元は降り積もった竹の葉で柔らかく、転んでも痛くはなさそうだ。しかし、柔らかい分、走ったりするのに少しだけ苦労しそうである。
濃密な竹藪が道を象り、行く手を阻む。順路となる迷路はこの直径20センチはありそうな竹たちが形作っているのだ。耳を澄ませば、少し遠くから小川のせせらぎが聞こえてくる。川に生物はいないものの、飲めるほど澄んだ水資源の回収も可能だ。
ユウキは思い出したようにコンラに言う。
「コンラ、今回はタケノコ掘りをして最終的に【竹藪ダンジョン】をクリアすることが僕たちの道だ。僕の警護、よろしくね」
「了解だ」
コンラは短くそう言うと、不敵に笑む。ゲッシュの定義の都合上バフはかからないが、これで多少寄り道をしても即死級の天罰を喰らうことはなくなった……はずである。最悪、元の道に戻れなくとも竹藪を切り払って進めば帰還用魔法陣にたどり着くことはできるのだ。
周りにネズミがいないことを確認してから、二人はタケノコ掘りのポイントとなっている場所へ歩き出した。
準五級ダンジョンと言うこともあり、さほど緊張をすることなく進む。少なくとも、人が即死してしまうような強烈な罠はないし、大量の敵に囲まれることもほとんどないのだ。さらに言えば、今のところモブである鼠にも出会えていない。
平和そのものに、二人は順路を進んでいく。
「あ、ここ右」
「そうか」
ユウキの言葉に小さく返事をする。二人とも迷路の地図を暗記してきたため、道を間違えることなく、迷うことなく進んでいく。
竹藪ダンジョンが準五級である理由は、ろくな採取物がないこともそうだが、結局のところ強いモンスターの出ない迷宮型のダンジョンでしかないのにもかかわらず、順路が変わることが無いからである。マッピングさえされてしまえば迷って出られなくなるという最悪の事象がおこらなくなるうえ、最悪の場合は順路を破壊して突き進むという行為も可能なのだ。
一番最初のダンジョンがイレギュラーで難易度の上がった害虫ダンジョンだったこともあり、二人は特に問題なく開けた水場にたどり着いた。
さらさらと流れていく小川のほとり。そこは竹藪の密度が低く、地面が柔らかいために、いくつものタケノコがポコポコと茶色の頭をのぞかせていた。
勝手に設置された金属製のベンチに荷物を置き、ユウキとコンラは互いに目を合わせて、小さく頷き合った。
「タケノコ掘り、しよっか」
「わかった。一応事前資料でやり方を見てはきたが、正しくできるかまではわからない。その点は留意していてくれ」
「いや、僕もなんだかんだ言ってタケノコ掘りなんて初めてだから……」
ユウキはそう言いよどみながらも、用意してきた頑丈なスコップを一つ、コンラに手渡す。タケノコ掘り用のクワなどもあったが、別にそう何度もこのダンジョンに来るわけではない。そのため、頑丈なスコップで代用することにしたのだ。
「とりあえず、先に水汲み行ってくる。すぐ茹でられるようにお湯沸かしておくね」
「わかった。採りたてのタケノコは生でも食べられるとあったが、どうする?」
「うーん……生産者特権だし、少しだけ食べようか」
コンラの提案に素直に頷くユウキ。時間がたってしまったタケノコは生で食べられたものではないが、採りたてのタケノコは刺身で食べることが可能だ。昼食はダンジョン内でとる予定だったため、ユウキは少しだけうきうきとしながら小川の水を大きな鍋に汲み上げる。少しだけ豪華な昼食になりそうだ。
鍋に水を汲んだ後、念のため持ってきたバケツに水をたっぷり入れてコンロのそばにおいて置く。こんな火事になりやすそうな場所で火を使うのだ。安全を考えれば消火用の水を用意しておいた方がいいだろう。
魔石コンロは、ぱっと見はHIのコンロとさほど大きさも見た目も変わらない。その代わり、HIのコンロにならあるはずのコンセントプラグをつなぐ箇所がなく、四角い板の中央、つまり、うすい色で描かれた円の原点に、ぽこりと小さな穴が空いている。
ユウキは、ポケットの中から小さな魔石を取り出すと、コンロ中央の小さなくぼみに親指の先ほどの大きさの魔石をはめ込み、つまみを回す。すると、魔石を燃料に、魔石の周囲の円が赤く熱を帯び始めた。
仕組み的には電熱線を用いたコンロとそう変わらない。若干の安全装置のおかげで今は昔のガスコンロよりは比較的安全となっている。
きちんとコンロが作動していることを確認してから、ユウキはたっぷりと水の入った鍋をコンロの上に置く。水のたっぷり入った鍋は思ったよりも重く、手がじんじんとしびれた。
鍋に蓋をして、あとは沸騰するまで待つだけだ。
その間に、ユウキはタケノコ掘りを開始した。
いつまでも変わらない夕焼け空が、黙々とタケノコを掘り続ける二人を優しく照らしていた。
【タケノコの刺身】
取れたてはマジで生で食べられるらしい。とはいえ、調べた限り収穫してから三十分だとか、一時間だとか、とにかくすぐに食べないといけないため、竹藪を所有して居ない一般ピープルは下茹でしたタケノコをスライスして刺身でいただきましょう。灰汁は悪です。




