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カーテンの隙間から差し込む朝日に、俺はゆっくりと重い瞼を開けた。


「……ん、朝か……」


よく眠れた。ふかふかのベッドは暖かく、身体の疲れもすっかり取れている。


俺は大きく伸びをしようとして――、目の前に滞空している「それ」に気づき、動きをピタリと止めた。

寝ぼけ眼のど真ん中に、淡く光る5つの選択肢が、まるで朝の挨拶のように並んでいた。


【 いつの間にかハルカと一緒に寝ていた 】

【 いつの間にかアヤカと一緒に寝ていた 】

【 いつの間にかサツキと一緒に寝ていた 】

【 いつの間にかナギサと一緒に寝ていた 】

【 いつの間にか全員と一緒に寝ていた 】


「…………」


俺は無言で一度目を閉じ、数秒待ってからもう一度開けた。


しかし、選択肢は消えるどころか、早く選べと言わんばかりにチカチカと自己主張を強めている。


「おい、自重しろシステム!!」


寝起きの部屋に、俺の怒声が響き渡った。


朝っぱらからなんだこの強欲すぎるカオスルートの提示は。「全員」ってなんだ。だいたい、いくらなんでも寝ている間に事後承諾でイベントを発生させるのは反則だろう。


俺は絶対にどれも選ばないぞという強い意志を胸に、選択肢の下にある見慣れた小さな入力欄――昨夜のナギサさんの件で学んだ「手入力欄」へ、すぐさま指を伸ばした。


『俺は普通に起床して着替えて食堂へ向かった』


一切の邪念も、ロマンスの欠片も介入する余地のない、鉄壁の事実だけを淡々と入力し、確定をタップした。ふざけた同衾ルートの選択肢たちが一斉に砕け散る。


(よし……それより、外の様子はどうなってる?)


一番の懸念事項を思い出し、俺は窓へと足を進めた。


昨夜、ハルカさんは「明日の朝には止むかどうか分からない」と言っていたが、果たして雪はどうなっただろうか。

期待と不安が入り混じる手つきで、厚手のカーテンをシャッと左右に引き開ける。


「……うわ、嘘だろ……」


思わず落胆の溜息が漏れた。


窓の向こうでは、昨夜と変わらず無数の白銀の結晶がしんしんと舞い落ちていた。視界の全てが途方もない白に塗り潰されていて、ここがどういう地形の場所なのかすら全く判別がつかない。まさに孤立無援の銀世界だ。


「これ……今日中に帰れるのかな……」


見渡す限りの雪景色に一気に現実へ引き戻され、肩を落とす。


とはいえ、この二階の窓から眺めているだけでは積雪の具体的な深さも把握しきれない。


(とりあえず、食堂に降りて一階から外の様子を見てみるか。ハルカさんたちにも挨拶しなきゃいけないしな)


洗顔と着替えを済ませ、客室の扉を開けて静かな廊下へと踏み出した俺の前に、また新たなナレーションが浮かび上がり始めた。


『おれは燃えるような一夜の夢から醒め、隣に誰もいない冷たいシーツに一抹の寂しさを覚えながらも、普通に起床した。禁断の果実を味わうチャンスがすぐそこにあったというのに、おれは自らの「普通」という強固な理性でそれをねじ伏せたのだ。着替えを済ませ、食堂へと向かうおれの背中は、まるで俗世の欲望を断ち切った孤高の求道者のように、ストイックな色気を放っていた――』


「だから!! 何も起きてないのに変な色気を捏造するな!!」


孤高の求道者ってなんだ。ただ朝起きて服を着て朝食を食べに行くだけだぞ。


階段を降りて食堂の扉を開けると、美味しそうな香りと温かな空気に包まれた。


「おはようございます」


「あ、宗近さん! おはようございまーす!」

「宗近様、おはようございます」


サツキさんが元気いっぱいに声を上げ、アヤカさんは淡々と一礼する。

ハルカさんも優雅に微笑んでこちらに目を向ける。


「おはよう、宗近さん。よく眠れたかしら?」


「ええ、おかげさまで」


俺はあいさつを返し、温かい食堂の中へと進んだ。


食堂の窓から外を見やった瞬間、俺の「今日には下山できる」という希望的観測は粉々に砕け散った。


そこにあったのは、昨日を遥かに凌駕する白銀の絶望だった。


「……積雪1メートル? 冗談だろ……?」


しかも、尚も雪は激しく降り続けている。仮に車までたどり着いたところで、この豪雪ではドアさえ開けないのは火を見るより明らかだった。


「はは……もう笑うしかないな……」


俺は半ば現実逃避するように心を無にし、目の前の朝食を口に運んだ。


ナギサさんが約束通り作ってくれた、焼き立てのトーストとふわふわのオムレツ。じんわりと身体の奥まで満たされていく。


「ナギサさん、ありがとう……」と心の中で涙を流しながら完食した。だが、問題はこれからどうするかだ。


食後のコーヒーを飲みながらハルカさんやアヤカさんたちとお喋りをしていく中で、さらにとんでもない事実が発覚した。


「ここでの時間経過は、あなたのいた現実世界の時間とはリンクしていないの。だからここで何日、何ヶ月過ごそうと、元の世界では一瞬の出来事だと思えばいいわよ」


ハルカさんが事も無げに、優雅にカップを傾けながらそう告げたのだ。


「……ってことは、ここで皆さんに囲まれて越冬しろと?」


実際の時間経過が無いなら、仕事や生活の心配をする必要はない。だが、その代わり「いつまで経っても強制的にここに留め置かれる」ということでもある。


何より、毎晩のようにあの「強制恋愛イベントの選択肢」やら官能小説風ナレーションの猛攻を受けるなんて、俺の理性の防波堤が何日持つか分かったものではない。精神的にきつすぎる。


「なんとかして、このふざけたシステムを騙して脱出する方法を考えねば……」


俺は手元のコーヒーカップを置き、目の前に浮かぶ【手入力コマンド】の欄を睨みつけた。世界のルールを根底からひっくり返すような強力な一撃をブチ込んでやる。


俺は指先に魂を込め、画面にこう書き込んだ。


『突然に真夏日に変わり、雪が消えて俺は下山した』


気象兵器並みの超展開。これでどうだ。


『おれは現実逃避の果てに、そんな奇跡のような空想を抱いていた。だが、現実は非情である。おれの切ない願いをあざ笑うかのように、窓の外では尚も激しく雪が降り続いていた。おれはこの館の美しき住人たちから逃れられない運命を、心のどこかで受け入れ始めていた――』


「受け入れてねえよ!! なんだよ『あざ笑うかのように』って! システムのくせに口答えすんな!」


やはり世界観の根底を揺るがすような無茶な設定変更は、システム側の「物語を続けようとする意志」によって自動的に却下、あるいは妄想として処理されてしまうらしい。


「ふふ、宗近さん。そんなに焦らなくても……この館、居心地は悪くないでしょう? もう少し、羽を伸ばしていったら?」


ハルカさんが穏やかに微笑み、アヤカさんが静かにコーヒーを注ぎ足してくれる。


「はぁ……。あ、でもこのコーヒー旨いな……」


深煎りの豊かな香りが鼻腔を抜け、張り詰めた脳の疲れが少しだけほぐれる。


……ちょっと待て。今、俺がコーヒーを旨いと思った瞬間、またしても視界の端で光の文字がサラサラと動き出そうとした。


(……いや、考えろ。 力技で天気を変えるのは無理でも、この『俺の思考を勝手にアレンジして現実化(あるいは固定)する』というシステムの裏をかく方法が、何かあるんじゃないか……?)


例えば、俺が「絶対に脱出できない」と絶望するのではなく、もっと別の、システムが拒否できないような『物語の筋書き』として脱出ルートを脳内でプロットできないだろうか――。


「拒否できないシナリオ。非現実的な超展開じゃなくて、物語として一定の合理性があること。かつ、システムの改変の裏をかける設定……」


コーヒーの香りに包まれながら、俺は必死に脳細胞をフル回転させた。「突然夏になる」という神の視点のような無茶はシステムに拒否される。だったら、このアドベンチャーゲームという世界観のルールに乗っ取った上で、脱出のイベントを発生させればいい。


「そうだな……例えば、雪に埋もれた俺の車を見つけた『第三者』が、この館に立ち寄って、俺を麓へ連れて行ってくれる……とか」


これならストーリーの展開として極めて自然だ。システムも拒否できないのではないか……。


俺がそのプロットを頭の中で思い描いた、まさにその瞬間だった。


静かな館に、重厚なドアノッカーが玄関の扉を叩く音が響き渡った。


「あら、こんな雪の日に珍しいお客様ね」


ハルカさんが少し目を見開く。


「……! 来た、本当に来た!」


俺の思惑通りに新キャラクターがフラグを回収してくれた。俺は期待に胸を膨らませて、アヤカさんたちと共に玄関へと向かった。


ガチャリと扉が開く。


そこに立っていたのは、雪中用防寒装備をまとった冬季遊撃レンジャーのような格好をした人物だった。


フードとゴーグルを外すと、現れたのは透き通るような白い髪の女性だった。


(白い髪の女性……? レンジャーっていうか、雪女か何かの怪異ですかね……?)


「あら、ユキエじゃない。こんな吹雪の日にどうしたの?」


ハルカさんが親しげに声をかける。どうやらこの館の人たちとは昔からの馴染みらしい。


ユキエさんと呼ばれたその女性は、白い息を吐き出しながら、俺の顔をじっと見つめて言った。


「ええ、ハルカ。近くの山道で雪に埋もれている車を見つけたので。中に誰もいなかったから、もしかしてここで保護されているのかと思って……。あなたがあの車の持ち主ですね?」


「そうです! 氷月宗近です! 助けに来てくれたんですね、ありがとうございます!」


救世主の登場に、俺は思わず彼女の手を握りしめんばかりに歓喜した。これで麓へ下山だ。


しかし、ユキエさんは気の毒そうな顔で首を横に振った。


「いえ、勘違いしないでください。助けに来たわけではないのです。……それよりも、事態はもっと深刻です。ここへ来る途中で確認したのですが、麓へ通じる国道が、大規模な雪崩なだれで完全に不通になっているのです。除雪車も当分入れません」


「な……んだって……?」


ガガーン、と頭の中で効果音が響いた。


脱出ルートを引っ張ってきたつもりが、まさかの「完全孤立」という、さらに最悪なクローズドサークル(閉じ込められ)状態のフラグへとシステムに上書きされてしまったのだ。


『おれは希望から一転、絶望のどん底へと叩き落された。だが、横で頭を抱えるおれの姿を、新しく加わった白い髪の美女・ユキエは、どこか妖しげな熱を帯びた瞳で見つめていた。閉ざされた雪の館。増えていく美しい女性たち。物理的に下山不可能なこの空間で、おれの理性は今度こそ、彼女たちの甘い包囲網によって木端微塵に破壊される運命に――』


「増やすな! 破壊すんな! やめんかコラ!!」


俺は目の前で輝く字幕をブン殴って消滅させた。


事態の悪化に合わせて、ナレーションの煽り性能が一段とアップしている。


裏をかいたつもりが、完全にシステムの養分にされてしまった。


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