第七話《『カイ』の帰還》
ーーカラン
「らっしゃい……なんだ、カイか。珍しいな、テオの方が遅いのは」
カウンターの向こう側でグラスを拭いていた、元同僚のダリス。
いつも通りで、
何も変わっていない。
カイは胸を撫で下ろした。
「あいつは、重役出勤でな」
カイはいつもの指定席に座り、隣の椅子に骨壷を置いた。
「ダリス、アルデン・モルトを二つ。テオのは、並々と注いでくれ。久しぶりの帰還なんだ」
ダリスの手が止まる。
「お前ら、一緒に――、いや。分かった」
布の被せられた四角い「箱」。
異様に落ち着きを見せるカイの顔。
その光景は、騒がしい酒場の中で一際、目立っていた。
カイは、周りなどお構いなしに、隣の椅子へ楽しげに話しかける。
ダリスは、一つをカイの前に。
もう一つを、四角い「箱」の席へ。
「ほら、帰還祝いだ。俺の奢りだ。好きなだけ飲めよ」
カチン、とグラスが重なる。
今日は、テオのグラスの方が、よく響いている。
「ダリス。足はもういいのか?」
「おかげさまでな。治療費に金を吸われる心配も無くなった」
「それなら、今度はお前の金で、三人で飲むか」
その夜から毎夜、カイはテオと語り明かしている。
それが日常になるように。
ダリスも、懐かしみながらよく会話に入ってくる。
同じ話を繰り返し、同じ事を言う。
それだけで、カイには十分だった。
それから数週間が過ぎた。
街には人が増え、市場もますます賑わった。
人々の時間は進み、決まった時間に鐘がなる。
だが、カイの鐘だけは、あの日から鳴ることがなかった。
宿の一室。
酒場の指定席。
愛馬のエルが待つ厩舎。
それがカイの全てだった。
毎朝、食事をとり、市場へ新鮮なリンゴを求めて出かける。
そして、昼を過ぎれば愛馬の腹を枕にして微睡む。
日が暮れれば、骨壷を丁寧に抱え、酒場へと行く。
そして、また二人で酒を飲むのだ。
それがカイの「毎日」だった。
それがカイの“幸せ”となっていた。
「……カイさん。もう、やめて」
いつもと同じように、酒を酌み交わしていた。
そこへ、ミロが店に入ってきた。
「どうした。こんな時間に出歩くな。テオが心配するだろう」
カイの空になったグラスに、ダリスが次を注ぐ。
いつもと同じように、白い箱の席にも、酒が入ったグラスが置かれている。
「カイさん。いい加減にして!」
ミロの声が、酒場の喧騒を切り裂く。盛り上がっていた会話も時が止まったように進まない。店内のBGMだけが、静止画ではないことを証明する。
「これは! 父さんじゃない!!」
「何を言っている。テオはここに座っているじゃないか」
カイは、酒を煽る。
その瞬間。
――ガシャンッ
「よく見て! これは、ただの、ただの……カルシウムだよ!」
床に砕け散った箱からこぼれる白い粉。
心臓が削り取られる。
「カイさん。戻ってきて。父さんはもう、どこにもいないんだよ」
カイの息が荒くなる。呼吸音が頭に響く。
《 ミロを頼むよ 》
「っ! すまないっ」
小刻みに震えるミロを抱きしめた。
子供の、ひどく熱い体。
カイのからも涙が溢れ出す。
「分かっていたんだ。分かっていた」
現実に背を向け、己の「理想」を叶えようとした。
周りの、「優しさ」に縋って。
「解りたくなかったんだ」
今までの日常を守って。
テオの面影を探して。
いないという証明をしたくなくて。
「俺が、俺が間違えていた」
守るべきものは、目の前にあった。
見失っていた。
腕の中で、ミロが大きく頷く。
「お帰りなさい。カイさん」
出会った頃よりも、大きな手が、カイの背中に回る。
「ただいま。ミロ」




