第四話《『英雄』の退役》
カイは一通の封筒をリサ中佐の机に置いていた。
「……そうか」
その封筒には、大きく「辞表」と書かれている。
「辞めるのか」
「はい。すみません」
カイはバツが悪いと、下を向いた。
「いや、謝る必要はない。歴とした権利だ」
リサ中佐は、カイの辞表書を確認する。
端から端まで。
「カイ。退職金の欄を書き忘れてるぞ」
「自分は愛馬の、エルドロスさえいただけたら、満足なんですが」
「まぁ、そうだろうな。とりあえず、そうやって希望を書いておけ。残りは上次第だ」
カイはペンと辞表書を受け取り、丁寧に書き足していく。
「いくつになったんだ。今」
「21、いや22です」
「四年か、私の元にいたのは」
17歳で入隊し、18歳でリサ中佐の下に配属された。
「あの可愛かった坊主がな」
カイの初めての上司。それがリサであった。
軍の規則をはじめ、裏道、逃げ方をも、教えてくれたのはリサ中佐だった。
「書き終わりました」
「あぁ。残りは上が決めるから。もし、いらないモノがあったら誰かに売ってしまえ」
「かしこまりました」
リサは受理印に朱肉をつける。
そして、印鑑を静かに紙へ近づける。
音はしなかった。
印鑑が離れた紙には朱色がくっきりと、ついている。
リサ中佐は椅子から立ち上がり、カイへ歩み寄る。
「カイ。五年間、お疲れ様」
差し出された手を、丁寧に握り返す。
「お世話になりました」
「おう。家が決まったら連絡してくれ。美味しい酒を持っていこう」
カイは目を大きく見開く。
「なんだ、何かおかしいか?」
「いえ」
「ふん。除隊したからと見捨てるような上司だと思うなよ」
カイは空いていた口を閉じた。
「さすが、『俺たちの鬼ババア』ですね」
「次に会う時は覚悟しておけよ」
「お待ちしております」
リサ中佐に深くお辞儀をして、執務室をあとにした。
しばらくは口角が戻らなそうだ。
最後の片付けをしに自室へ戻った。
私物など、ほとんどない。
持つ必要もなかった。
「……綺麗なもんだな」
五年間、ほとんど使われることのなかった自室。
埃をかぶっているところはあるが、傷ひとつとない。
次は誰が使うのだろうか。
未来の住人に思いを馳せ、ドアに鍵をかけた。
もう二度と入ることはない部屋。
「ありがとうざいました」
鍵を事務局に返し、軍施設を回ることにした。
各部隊は書類作成に追われており、猫一匹歩いていない。
廊下に響き渡る靴の音。
光が差し込む窓。
記憶が呼び起こされる。
どれも手放すには惜しいモノ。
一つ一つと記憶を辿っていると、どこからか銃声が聞こえた。
皆忙しく、部屋に缶詰なのに暇な奴がいたもんだ。
カイは訓練場へ足を運んだ。
そこにいたのは、見知った男。
「カイ中尉!」
「邪魔をしたな。ハル」
敬礼を制す。
「終わるつもりだったんで! ナイスタイミングっすよ」
カイはハルが置いた、ライフルを手に取った。
ボディを確認し、弾を込め照準を合わせる。
深呼吸一つ
舞い落ちる落葉樹の葉。
その一瞬に、三発の銃声が轟いた。
「……さっすがっすね」
確かに三度、銃声が鳴った。
だが、マトに開いた穴はひとつだった。
「訓練をすれば、誰でもできるようになるさ」
アルディア国内一番の銃火器の使い手。
外した弾を数えるほうが簡単。
それがカイ。
「もう、二度と“これ”を握りたくはないがな」
丁寧にライフルを置く。
「退役されるんですか」
「そうだ」
カイは、監督用の椅子に腰を下ろした。
あまり座ることのなかった椅子は、座り心地が良い。
風が心地よい。寝てしまいそうだ。
「泣くな。国を出るわけじゃないんだ」
「っでも!」
ポロポロと大粒の雫を落とす。
「あー! カイ中尉がハルを泣かしたー!」
「女性だけでは飽き足らずハルまでも」
やいのやいのと、泣くハルを囲む大男たち。
小柄なハルとのコントラストが面白い。
「お前たちが、泣かせた様だな」
「部下に責任転嫁してる! この上司、最悪!」
呑気で、調子のいい奴達5名。
直属の部下達。
「そんな“最悪な上司”のことが大好きなんだろう?」
ハルを囲っている男達の動きが止まる。
「大好きですよ! 自信満々なのがうざいですけど!」
「嫌いな上司の見送りに誰が来るか!」
「大好きな上司の尻拭いで、仕事がパンパンですが?」
口角が上がるのを無理やり抑え込もうとする。
「嬉しそうだな! おい!」
「恨みの言葉を吐いてやろうと思ったのに」
忙しい仕事の合間を縫って、己を見送りに来てくれたのだ。嬉しいこの上ない。
心残りとでも言うものだろう。
「行くか」
カイが腰を上げると、部下達が静まった。
小っ恥ずかしい。
「俺の部下でいてくれて、ありがとう」
突風がカイの髪を空へと巻き上げる。
「こちらこそですよ」
「あなたの部下でよかった」
目頭がじんわりと暖かくなる。
少し俯く。
「……お前たちは死ぬなよ」
真っ直ぐな目で己を見る部下達にかける、最後の言葉。
「カイ中尉こそ。野垂れ死なないでくださいね」
「国外に出る予定はないからな。それは大丈夫だろう」
部下一人一人の顔をしっかり目に焼き付ける。
「カイ中尉。自分もカイ中尉みたいになります!」
「気負いすぎるなよ。ハル」
「おっす!」
カイは少し頷き、踵を返した。
ゆっくりと足を一歩ずつ進める。
「カイ中尉!」
足を止める。振り返ることはできない。
「五年間お勤めご苦労様でした!! 敬礼!!」
背後から啜り泣きが聞こえる。
きっと面白い光景が広がっているのだろう。
「またな」
届くか届かないのか。
右手を後ろへ振りながら、また足を進める。
「ありがとうございました」




