第三話《『英雄』ではない》
カイは泣きじゃくるミロを、部屋に一人にした。
誰の目にも触れずに泣き叫べばいい。
静かにドアを閉め、帽子を被り直す。ひさしが、窓から差し込む光を遮る。
先日、軍の上層部から届いた、今回の作戦の死者リスト。
1147
その内の
1
それが、テオという男の全てだった。
文字に起こせば、ちっぽけに見えてしまう。
ただの、ありふれた数字。
己も、そう思っている。
いや、そう思っていたい。
カイは肺の中にある熱を吐き出すように、大きくひとつ、深呼吸をした。
「あははは! 鬼さんこちら、手のなる方へ!」
「まてー!」
庭から、子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。
カイの口角が緩む。
「クッキーを持ってきたが、食べるか?」
クッキーという言葉に釣られ、子供たちがわらわらと、集まってくる。
「カイ! 英雄なんだって? すげえ!」
「俺も、俺も! 英雄になりたい!」
曇り一つもない瞳が、無邪気にカイへ向けられる。
「カイ! 戦いの話、聞かせてよ」
「やっぱり剣とか持って、戦うの?」
カイは頭を掻いた。
改めて、『英雄』の名前の重さを実感した。
子供たちの憧れの的。
「また今度な」
いつまで、はぐらかせるのか。
己が憧れになっていることは、なんとも言えない気持ちになる。
「あ、こら」
カイの足を器用によじ登ってくる子供たち。
その笑顔に、救われる。
この笑顔を守るためなら、なんでもできるかもしれない。
「おい、落ちるなよ」
背中に乗っている子供が落ちないよう、四つん這いになる。
「カイさん、本当に落とさないでね? マリンダ先生に怒られるよ?」
注意するのは、ミロと同じく最年長の、ルカ。
「これは、どう見てもこいつらのせいだろう。あ、俺のズボンで口を拭くな。軍服だぞ?」
カイがポケットから、ハンカチを取り出し子供たちの口を拭く。
バッシャン
ルカの手には、水が出ているホース。
理解が少し遅れたが、偶然ではないよう。
「おい、ルカ! お前やったな。覚悟しろ」
水遊び大会の幕開けだ。
「こら! お前たち。後片付けまでするんだよ!!」
服が濡れて肌にまとわりつき、気持ち悪い。
そんなこともお構いなしに、カイの頭からまた、水がかけられる。
楽しそうに、水をぶちまけ、びしょびしょになっていく子供たちとカイ。
俺は、この空間を守りたい。
この、子どもたちを守りたい。
そんな感情だけが、カイを満たしてく。
「ほら、カイ! 次だよ!!」
「そろそろやめろ。マリンダさんに怒られるぞ!」
カイの心の叫びは、誰にも届かなかった。
__________
びしょびしょになった服を着たまま、軍の自室に戻った。
廊下を吹き抜ける風が、カイを痛めつける。
「カイ中尉」
背後から名前を呼ばれた。早く着替えをしたい一心だが仕方がなく、カイは振り向く。
そこにいたのは、カイの上司、リサ中佐とガルド大尉。
「はっ! 何か御用でしょうか」
敬礼をし、中佐と大尉へ体を向ける。
「カイ中尉。お前、国王様が行なってくださった式典を断ったそうではないか。あ? 一体どういうつもりだ? 答えろ、中尉!」
ガルド大尉がカイに詰め寄る。息を吐けば届きそうな位置。
「はっ! 申し訳ございません」
「聞けば? お前の仲間が死んだからだというではないか! 戦争で人が死ぬのは当たり前であろう! そんなことで国王様の式典を断るな!」
拳が突き出ていた。
カイの右手だ。
脳が命じるより早く、身体が「敵」を排除しようとしていた。
訳が分からず、恐る恐る手を引っ込める。
拳の先にいたガルド大尉は腰を抜かし、無様に床へ這いつくばっていた。
「ガルド大尉。あなたに落ち度がある。これはその結果だ」
今まで傍観を決め込んでいたリサ中佐が、口を開いた。
「カイ。すまないな。上にはうまく言っておく。気にするな」
リサ中佐はガルド大尉を立ち上がらせる。
そのガルド大尉は、まだカイを睨みつけている。
その様子にリサ中佐はため息をひとつする。そして、カイの方へ向き直る。
「カイ。テオがいなくなって大変だと思う。君の感情は、私たちでは理解できない。だが、どうか、心を強く持ってくれ」
リサ中佐はカイの肩を強く叩く。
カイは、リサ中佐から目線を外した。
そんなカイにリサ中佐は、悲しそうな、困ったような表情を見せた。
「ゆっくり休め」
その一言をカイに与え、去っていった。
二人の姿が見えなくなったあと、ようやく自室に踏みいれた。
身体の端から端まで冷たくなっており、凍りそうだ。
思考も鈍い。
空気を入れ替えようと窓を全開にした。
目の前に広がるのはアルディアの街。
この街には多くの人がいて、己の生活をしている。
きっと、ザルガスの国民も同じような生活をしていた。
手の血管が閉まる。
「俺は、『英雄』じゃない。ただの――」
いくつもの命を手にかけた。
いくつもの人生を壊した。
いくつもの未来を亡きものにした。
俺は――
カイの中で、一つの言葉が見つかる。
それは、避け続けた言葉。
知りたくなかった。
いや、理解したくなかっただけなのかもしれない。
街から聞こえる声が痛い。
太い針のように身体中を刺す。
ただの、人殺しだ




