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第二話《『親友』の訃報》

 それから数日後、カイは通常業務に戻っている。

 カイの机の上には、遺品が高く積み上げられていた。


「カイ中尉。これはどうするんすか?」


 カイの部下として新たに配属された、ハルだ。

 黙々と遺品整理をしていたカイの机に置かれたのは、テオの遺品。

 カイの周囲だけ、空気が妙に重かった。


「……俺が持っていく。引取先はミロだろ?」

「あ、はい。《息子のミロへ》って書いてあるんすけど……テオ中尉って子供さんいらっしゃったんですか?」

「ミロは実子じゃない、拾い子だ」


 口を開けば、ミロの話しかしないテオ。

 カイには慣れたことだ。


「拾い子なんですか? えー、孤児とか?」

「ハル。無駄口を叩いてないで手を動かせ」


 カイは作業を止めずに答える。

 積み上がっている遺品たちは、まだ家族の元へ帰れない。


「分かってますって。自分、手も口も同時に行けるんで! それに記憶って大事っすよ? 忘れるしかないんで」


 カイは少し考え、数日間、手放さなかったペンを置いた。


「あれは、」

「あ、話してもらえるんすね」


 カイは呆れ、額に手を当てた。


「聞きますよっ。聞きますから! 聞かせてください!!」


 ひとつ大きなため息をし、カイはその口を開いた。


 テオ、その名を持つ男と、始めた会った日のことを。


「あれは、俺たちの初陣の時だ――」


__________


 《数年前》


「クソが」


 カイは轟々と燃え上がる、自国の要塞から逃げ出していた。

 熱風にあおられたコートの裾が、焼き焦げる。

 味方はおそらく全滅。突然、降ってきた爆弾にやられてしまった。


 偶然、カイは軍隊と離れていたため、爆弾の巻き添えにならなかった。


 運。

 それ以外の何モノでもない。


 煙を吸い込まないように体勢を低くして逃げる。喉が水を欲する。

 汗なのか、なにか分からないものが背中を伝う。


「初陣でこれか。全く不運なことだ」


 この要塞にいた兵士のうち、その大半が新兵だった。カイもそのうちの一人。


「おぉぉぉーーーーーーい!!」


 背後から、かすかに声が聞こえた。だがどう足掻いても、あの要塞から逃げ出すのは不可能である。

 幻聴だろうと気に留めない。


「おぉぉーーい!! そこの奴!!」


 明らかな人の声に、警戒しながら振り向く。そこにはカイと同じ隊服を着た男が走ってきていた。


「は?」


 声が漏れたのも仕方がない。

 その男――テオの後ろから、大量の敵兵が向かってきていたのだ。


 カイは考える前に、手持ちのライフルに素早く弾を込め、敵兵の頭に向けて引き金を引いていく。

 カイの弾は無くなっていくのに対し、敵兵は蟻のように湧く。

 もう、手に力が込められない。


「おい! 弾切れだ。逃げるぞ! こんなところで死にたくはない!」

「同感だ! 足の速さには自信がある!」


 二人はただ走る。振り返れば、終わりだと分かっていた。

 死に物狂いで、後着部隊に到着した。


 敵軍が迫ってきている、と指揮官に伝えると驚いたようで、すぐさま指示を出した。


「おう! 助かった。名前は?」

「……お前のせいで死にかけたんだぞ? そっちが先に名乗れよ」


 応急処置を受け、そのまま救護テントのベッドに寝かされる。

 天井の布がやけに白く見える。


「俺はテオ。多分、同期だろ?」

「そうだな。俺はカイ。他の奴は見てないのか?」

「あー……そうだな。俺が見た時には、もう」


 テオは俯向き、口を閉じた。

 沈黙が煩わしい。


「まぁ、思い入れがないうちでよかったな」

「……人が死んでんだぞ。なんで、そう悲観的にならないんだ」

「それが戦争ってもんだろ?」


 テオは、口をぽかんと開けたまま、数秒動かなかった。


「いや、……そうなんだけどさ、違うだろ?」

「何が」

「何がって……違うんだってば!!」


 カイは、何が「違う」と言っているのか分からなかった。


「はぁ? 意味わかんねえよ!」


 ベッドの上で勢いに任せて立ち上がった。

 ギィィと嫌な音がする。


「はいはい。血の気が多いのはいいことだけどな? 今は安静にしとけ」


 二人の様子を見にきた軍医に頭をしばかれる。


「あぁ、そうだ。緑頭の方。お前が抱えてきた子供、怪我もなくて元気だとさ」


 テオの顔が明るくなる。


「そうでしたか! ひとりで座り込んでて……いや、よかった」


 安心したようで、胸を撫で下ろし、「よかった」と繰り返している。


「ちょっと待て。見ず知らずの子供を救うために、俺まで危険に晒した、なんて言わねえよな?」


「カイ! 大正解!! ありがとう!」


「ふざけんなよ! この野郎!!」


 その声に驚いて外の鳥が飛び去っていく。


「なんでこうも元気なんだよ……ほら、喧嘩はやめてな。おやすみ」


 首筋に一撃――


 二人の喧騒がパタリと止んだ。

 救護テントには静けさが戻った。


__________


「ーーーこんなふうに、あいつとの生活が始まった」


 カイは何事もなかったようにペンを取り、書類へと視線を戻した。


「てことは、カイ中尉とテオ中尉は"最悪の初陣世代"だったんすねー」

「そうだな。生き残ったのは俺とテオのみだ。……上は相当焦ってたな」


「さぁ、仕事に戻れ」とカイが声をかける。


「でもっすよ? テオ中尉が拾ったミロくんって敵国の子どもじゃないすか。普通なら……処分されるんじゃないんすか?」


 カイは顔を上げ呆れたようにしかめる。


「軍人たるもの、命の重さを理解しておくべきだ。その上で聞くが、当時たった5歳だった子供に軍事的責任があると思うのか?」

「……ないと思いますけど」

「ならば、ミロが処分される理由はない。"敵国の子どもなんで助けたけど殺します"なんて言ったら国民になんて言われる」

「悪魔とか、すか?」


 ハルの答えにカイは満足げに口元を緩めた。


「そうだ。世間の評判も地に落ちる。いくら敵とは言え、同じ人間だ。――子どもぐらいは助けるべきだろう。まぁ、軍人として生きているやつは、そういう感覚が鈍るもんだ」

「カイ中尉の実体験すか?」


 カイは少し眉をひそめてから、そっと視線を書類へ戻した。


「テオに叱られた」


 その声はとても軽かった。行き場を失い、浮遊している。


「さぁ、手を動かせ。今日中に終わらせるぞ」

「上に怒られるすもんね」

「分かっているなら早く戻れ。怒られるのは俺だからな」


 さっさと作業に戻ったカイにハルが呟く。


「『英雄』でも、怒られるのは嫌なんすねー」

「何か言ったか?」

「いえいえ! なんもないっす!」


 執務室には、ただ紙を走るペンの音だけが静かに響いていた。


__________


 翌日。

 街には春の陽気がゆったりと流れていた。人々の笑い声が響き、世界は平穏そのもののよう。


 カイはたったひとつの荷物を手に、街を抜けていく。

 その荷物はテオの遺品だった。行き先は、孤児院で暮らすミロ。

 ミロには何度も会っている。だからこそ、職務を全うできるか自信がない。

 大きな、なんとも言えない感情が、胸をきつく締めつける。


「おや、カイくんじゃないかい」


 孤児院の院長マリンダがカイに気づいた。


「お久しぶりです。ミロを呼んで頂けますか?」


 マリンダは大きく頷いた。

 この孤児院には、様々な理由で孤児になった子供たちが多くいる。

 それを一人で切り盛りし、全ての子供たちを育てているのが、マリンダである。


「ミロくん、落ちこんでてね。なんだいその顔は。しっかりしないかい」


 バシッと背中を叩かれた。情けない顔をしていたようだ。

 何度も足を運んでいるこの孤児院が、今日はとても大きなモノに見える。


「あぁ、これを子供たちに」


 カイがクッキーが入った箱を差し出すと、マリンダは嬉しそうに目を細める。


「あとであの子たちに持ってといてくれ。落ち着いてからでいい」

「かしこまりました」


 マリンダは、カイを面談用の部屋へ通した。


「ミロくんを呼んでくるから、準備しな」


 ドアが閉まるのを確認し、テオの遺品箱をカバンから取り出した。


 ため息ひとつ、部屋に響く。

 次にドアが開けば、そこにはミロがいる。

 カイは早鐘のような鼓動を推し留め、ただ静かにその時を待つ。


 __コンコン


「失礼します」


 ゆっくりとドアが閉まった。反射的に、カイは立ち上がった。


「ミロ。元気か」


 カイは、己の声が震えていることに気がついたが、止める方法など知らない。

 カイは帽子を取り、机に置いた。


「お久しぶりです。カイさん」


 ミロの声も震えていた。

 しかし、真っ直ぐにカイを見つめていた。


「連絡は回ってると思うが、」


 カイは1度、目を閉じ深く息を吐いた。


「テオ中尉は戦死された。心からお悔やみを申し上げます」


 空気が冷たく、重く。


 カイは、テオの遺品箱を手に取り、ミロの前に差し出す。

 傷ひとつない。

 ミロは、おそるおそるカイの手から遺品箱を受け取る。


 少し触れた、その指先はお互い震えていた。


「っ……いえ。カイさんも、」


 ミロは最後まで言葉を紡がなかった。声を詰まらせ、澄んだ瞳から、一筋の涙がこぼれる。


 嗚咽が漏れ、声を上げて泣き崩れる。


 カイは目を閉じ、拳をきつく握りしめる。


「思いっきり泣け。それがいい」


 カイは黙ってミロを強く抱き寄せる。もう少年のような体ではなかった。

 だが、とても軽かった。


 ただミロを、きつく抱きしめることしかできなかった。


 己の仕事を全うせよ。

 軍人としての矜持が、カイを奮い立たせる。


 腕の中の温もりと、震える嗚咽が、カイの心に突き刺さる。

 カイから、呼吸とは違う、息が、漏れ出す。


 机の上の帽子だけが、止まった時間の中にポツリと取り残されていた。


 音もなく、誰にも拭えぬ痛みが、部屋を満たしていた。

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