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第十一話《虹色と『黒』》

「カイさん! いつの間にあんな美女を捕まえたんだよ?!」


 ルカが息を切らしながら、駆け込んできた。


「今度は、なんだ……」


 つい先日ヴィンがやってきて、居候を始めたというのに。


「いいから! 早く。『アルディアの『英雄』、カイ中尉はいらっしゃいますか?』って聞かれたの!」

「それで?」


 ものすごい力で、カイの腕を引っ張り走る。


「とにかく! よく分かんないけど、絶世の美女がカイさんのことを待ってるってこと!」


 カイの知り合いに、そう多くの女性はいない。

 女泣かせ、とよく言われているが、ただ女性が怖がって、泣いてしまうのだ。


「ほら! あそこ。あの女性!」


 ルカが指差した先。孤児院の門の前に一人の女性が、静かに佇んでいた。

 光をキラキラと反射させ、虹色に輝く髪。全身を白でまとめられた衣装。驚くほどに透き通って見える。

 パチリと目が合った。その瞳は、全身とは裏腹に吸い込まれるような黒だった。


「なぜ、こんな美女が俺を?」


 カイは、記憶の引き出しを、手当たり次第にひっくり返す。

 だが、軍隊という鉄と血と酒の匂いしかしない場所に身を置いてきた。

 その中で、鶴のような美女と言葉を交わしたとなれば、必ず覚えているだろう。


「……あ、あの。すまないが、どこのどなた……様だろうか。俺に、何か非礼があったのなら、その、謝罪するが」


 女性の扱いどころか、まともに会話をした経験すら乏しいカイ。

 手に汗が滝のように集まる。


「『英雄』カイ中尉。お初にお目にかかります。こちらに、ヴィンという男性が、大変なご迷惑をおかけしているようで」


 凛とした、鈴を転がすような声。

 カイに向かって深々とお辞儀をする。


「リア! 遅かったね!」


 ヴィンが、カイの背後から顔を出し、当然のように彼女に抱きつこうとする。


「正座!!!」


 それまで、どこか無気力に見えていいた彼女が声を張り上げた。

 つま先から、頭まで響く力強い声。


「ヴィン様。恐れながら申し上げますけどね?!」

「全然恐れてないねー」

「そんなことは置いておいて!」


 ヴィンが、彼女の前で正座している。マッハだった。


「私を宿に置いて消えて。そこから一度も戻って来ず? その挙げ句、『カイ様のところに居候している』の手紙! やっと合流できると思ったら、その手紙に住所は書かれておらず! 私の苦労分かりますか??」

「分かった、分かったから! 悪かったよリア。ほら、機嫌なおして? ね?」


 ヴィンが正座をしたまま縋りつこうとするが、リアは冷ややかな目でそれを一蹴した。


「触らないでください。不潔です」

「え……そんな。毎日お風呂入ってるよ?」


 ヴィンは今度、リアに上目遣いを披露する。


「っ! そんな顔したって!そんな顔……今回だけですからね!!」

「ありがとう! リア!」

「それでいいのか……」


 カイの呆れた呟きは、誰にも届かず溶けていった。

 さっきまでの「絶世の美女」のオーラはどこへいったのやら。リアは顔を赤らめ、ヴィンの裾についた土を、甲斐甲斐しく払っている。


「……コホン。失礼いたしました。カイ様。改めまして、リアと申します」


 リアは、再度仮面を被り直し、背筋を伸ばし、カイに向き直る。


「ヴィン様から、既にお聞きでしょうか。私たちが、なぜ貴方様の元を訪れたのか」

「なんのことだ? 何も聞いていないが」


 ヴィンの顔が青ざめる。


「あ……いや、ちょうど何か聞くところだったな。そうだった」


 咄嗟に、ヴィンに助け舟を出した。


「とりあえず! 中に入っちゃおう!」


 ヴィンが冷や汗を拭いながら、逃げるように孤児院の玄関へと足を向ける。その後ろを、リアが過保護な手つきで追いかけていった。


「カイさん。俺、あの二人怖い」

「分かる。分かるぞ、ルカ」


 カイはため息をつき、空を見上げた。

 いつの間にか、西陽が差し始めている。


 その日の夕食は大忙しだった。

「絶世の美女」であるリアがキッチンに立つと、子供たちは色めき立ったが、その包丁さばきが早すぎ、いつぞやのカイのようになる。


「カイ様、お次は玉ねぎですね。……ヴィン様、つまみ食いは万死に値しますよ」

「わ、分かってるよリア!」


 頬をリスのように膨らませ、もごもごと動かしながら、ヴィンは必死に証拠隠滅を図る。

 そんなやり取りを眺めながら、カイも黙々と手を動かした。


 やがて、一人、二人と食事を終え、孤児院が寝静まる頃。

 院長室に煌々と輝く灯りが、灯っていた。


 ミロが寝る前に作ってくれた、ホットミルクを飲む。

 ふと、ヴィンの顔から表情が消えた。


「さて。夜も更けたことだし、真面目な話をしようか」


 ヴィンの声は、いつもとは違う。

 深く、重くのしかかった。


「カイ。……僕はね、この世界から戦争を無くしたいんだ」


 その一言が、時計の音を響かせた。

 カイは動かず、ただヴィンの言葉の意味を考えようと。

 無意識に、腰に差した短剣の柄に指をかけていた。

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