第十二話《『泥濘』に再度》
時計の針が規則正しく、院長室に鳴り響く。
ミロが淹れてくれたホットミルクの湯気が、三人の間で静かに消えていった。
「……夢物語だな」
カイの声が静寂を切り落とした。
「四方の同盟を一つに繋ぐ?……歴史上誰も成し遂げられなかった。血で血を洗うこの世界で、誰が仲良しこよしをしたがる」
「だろうね。狂人の戯言と言ったところ?」
ヴィンは否定をしなかった。カイは賛同しなかった。
「カイも分かってるんじゃない? 僕らはもう、“普通”ができないことを」
痛いところを突かれた。そう、心の底から思った。
テオを失ったあの悲しみが、“普通”であってたまるものか。
「ウチの国は、いや、議会たちか。彼らはまた、アルディアと戦争をするつもりだ。そして、アルディアという国を地図上から消す。そして、少しすれば君の国の老ぼれたちも、それに応じるだろう」
カイの背筋が凍りつく。
「本当は、同盟じゃなくてもいい。力で押さえつけてもいいんだ。だけど、それじゃあ、一つにならない。各国で伝えられてきた伝統があって、それぞれの生活がある。それを僕は、無くさずにまとめたいんだ」
カイは背もたれに身を任せ、黙り込む。
「平和のため、でもあるかもしれないけど。僕はこの世界の“未来”を守りたいんだ。子供たちが皆、何一つ不自由なく生活できる世界。素晴らしくないか?」
「……現実で、それが実現できるとは思わない」
「するための僕らなのさ!」
ヴィンは腕を大きく広げた。
「世界は広い! なのに、己が生まれた国から出ることさえ叶わないこの世界! 勿体無いと思わないかい!」
これまで、沈黙を守っていたリアが口を開く。
「カイ様。この計画には、ザルガス国王も賛同しております」
彼女は、ポケットからザルガスの紋章が刻まれた封筒を、机の上に置いた。
「ヴィン様はこの計画に、ご自身の命をかけられております。……もし、計画が潰える時には、私はヴィン様とご一緒いたします」
肝が据わっている、その表現では伝えきれないほどの覚悟が、垣間見える。
「この国って16歳で強制徴兵でしょ? ミロくんとルカくんは真っ先に徴兵されるよ」
「脅しか」
「事実を言っただけ」
カイの手が震える。
この孤児院さえ守れればいいと思っていた。
それさえも、運命はさせてくれないのか。
やっとできた、宝物を守ることさえ。
カイは、ひとつ大きく深呼吸をした。
「……俺に、何をしろというんだ」
ヴィンが、不敵に、けれどどこか悲しそうに微笑んだ。
「決まってるじゃないか。その称号を使わせてよ。そして、僕と共に戦って」
ヴィンは立ち上がり、カイに手を差し出した。
引くならこれが最後。棚に飾られている、写真に視線をやった。テオと、ミロと自分が写った写真。その隣には、孤児院の子供たちとマリンダさんと撮った写真。
「守りたいものは、決まっている。その道中にお前が現れただけだ。ヴィン」
カイもヴィンと目線を合わせるように立ち上がる。
差し出されているヴィンの手を硬く握った。
「よろしくね。アルディアのカイ」
「ああ。よろしく頼む。ザルガスのヴィン」
硬く繋がれた二人の手。
その熱がカイの迷いを焼き払っていく。
英雄も、軍人も何もいらない。
ただ、写真の中で笑う子供たちの明日を繋ぎ止めるためだけに、カイは再び、泥濘の中に足を踏み入れる。
嵐の予兆を孕んだ風が、窓の外へと吹き出た。
英雄は、剣を持ち直し、新たな「戦い」へと歩み出す。
第一章 『英雄の泥濘』 完
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。
第一章『英雄の泥濘』、これにて完結です。
戦勝国の英雄という、大きな「呪い」を背負ったカイが、親友の死を乗り越え、不器用ながらも孤児院という「帰る場所」を見つけるまでを描かせていただきました。
かくいう私も、書きながら何度も涙を流し、何度、残酷な世界だろうと思ったことでしょう。
さて、物語は第二章へと進みます。
ヴィンとリアというなんとも強烈な二人が加わり、カイは子供たちの未来を守るため、ついに世界の仕組みそのものと対峙することになります。
ヴィンの願いは叶うのでしょうか
カイの宝物は守られるのでしょうか
それを知っているのは私だけですね!
カイたちの人生という旅路を「応援したい!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、ぜひ【下にある★評価】や【ブックマーク】で応援いただけると、執筆の大きな、大きな力になります!
最後に
数多くの作品の中から、「戦勝国の敗将」という物語を見つけて下さりありがとうございます。
ここまで全て読んでくださったあなたの明日が良いものになりますように
そう願って
それでは!
第二章でお会いいたしましょう!
※次回の更新は「原案」の方になります。続きを見せろ!という方は、ぜひ「原案」をご覧下さい。
こちらの続きも改稿して、そのうち第二章を投稿いたします
そのうちね
畸人0.1号




