第八話『忠犬』
「君がマリー・アグドーンで
間違いないだろうか。」
お店の手伝いを始めて八年目。
ある日店先に現れた男性に、
捨てたはずの名前で呼ばれました。
とうとうバレてしまった、アタシの過去。
「お母さん?」と聞いてくるカミィの声も
遠く、手が震えて止まらない。
連れ戻されるのでしょうか、
あの地獄に。
会わなければならないのでしょうか、
あの悪魔達に。
「春公爵殿、急ぎ過ぎですよ。
こんな公衆の目がある場所で
淑女の抱える秘密を暴き立てるなど……
中々に趣味がよろしいようで。」
「むっ、いや、私はそんなつもりは……
というか何で君はそんなに嬉しそうなんだ?」
「興奮しています。」
「誰にだね!?」
正直記憶はありませんが、
出てきたシンジャさんに抱えられて
アタシは店の中に戻った……気がします。
気付いたらベッドの上に寝かされていて、
ウートウさんとカミィが心配そうに
アタシを覗き込んでいました。
「お母さん!」
「カミィ、とウートウさん……?」
「アネモネサン、気絶してたのヨ。
たぶん、すごいストレス急にかかたのネ。
起きた事みんなに知らせて来るネ~。」
「今日来たやつ、下で待ってるけど……
お母さんが会いたくないなら
追い出そうか?」
「ううん、会うよ。
……向き合わないといけない事だから。」
出会った頃よりだいぶ背が伸びた
カミィに手を引かれ、一階に向かいます。
例の男性とグローリーさんが席に着いていて、
リコとシンジャさん、そしてウートウさんが
立って二人を囲んでいました。
特に二人の正面に立ったリコは
すごく怒っていて、普段とは別人みたいでした。
「“春公爵”殿……愚直だとは
思っておりましたが、ただの愚でしたとは。
何故店の営業中に! 人々の前で!
本人がわざわざ偽名を名乗っているのに
本名を言うのです!!」
「申し訳ない……。」
「リコリスサーン、アネモネサン来たネ。」
「えっ、ごごごめん!
びびびっくり、させ、ちゃった!?」
大慌てで駆け寄ってくるリコは
いつものリコのままで。
雰囲気や口調が変わるくらい
怒ってくれるなんて……アタシは
良い親友に恵まれたなぁ。
友情にジーンとしていたら、急に
座っていた男の人が勢いよく立ちました。
そしてアタシに向かって、頭を
思い切り下げました。
「配慮が欠けていた、すまない!
君は被害者だと言うのに……!
このラナンキュラス・スプリング、
全身全霊の謝罪をしよう。」
「頭を上げてください……え、スプリング?」
「あぁ、私はスプリング公爵だ。
この領地を治めている。」
「……ご無礼を致しましたぁ!」
「!?」
まさか領主直々に来るとは思わないじゃん!?
いや顔を知らなかったのもおかしい話だけど!
確かに、時々配られてる姿絵は
こんな顔してたような……でもなんで
領主様がアグドーンのアレコレで
アタシを探しに!?
「頭を上げてくれ、アネモネ嬢。
そして安心して欲しい。
先程言った通りなのだが、
私は君が被害者だという事を知っている。
だがマリー・アグドーンとしての
“証言”と“裏取り”が必要でね。
君の話を聞きたいのだ。」
「……あの家が、何かしましたでしょうか。」
公爵様はアタシを落ち着かせようと、
なるべく優しい声で話しかけてくれました。
でもその優しさがむしろ辛いのです。
絶対に実家が迷惑をかけました、
絶対そうです聞かなくても分かります
こんチクショウ。
「まず、順を追って話させてもらいたい。
今から八年前、アグドーン男爵の長女
マリー・アグドーンとズーク伯爵の長男、
サグシムマ・ズークとの婚姻が発表された。
二人の間には子供が四人いる。」
「……それ、おかしくない?」
「そう、おかしいんですよ。
マリーさん……つまりアネモネさんは
ここにいます。
ではサグシムマ氏と結婚したのは
誰でしょうね?」
「……アタシ、家族に突然「結婚してこい」って
家を追い出されました。
馬車も用意されなかったので、六時間歩いて
指示された相手の家まで行きました。」
「六時間……!?」
公爵様は目を丸くしてました。
元は平民だったとはいえ、当時十六歳の
少女が六時間も歩かされてたとは
思いませんよね。
アタシは、ポツポツと思い出したくない
過去の話を打ち明けます。
虐待されていた事、婚家と言われた場所で
罵られて門前払いされた事。
行く宛もなく街を歩いていたら、
偶然パンジーさんに声をかけられて拾われた事。
カミィには聞かせられない所は伏せて
なるべくオブラートに包んで話したけれど、
カミィ、リコ、ウートウさんは泣いてました。
(リコリスはこっそり調べて知っていたが、
いざ本人から聞く話の重さが桁違いで
泣いていた。)
「令息は、どうやら娼婦を妻に
したかったらしい。
平民ならばどこかしらの貴族の家に
養子に入れてから娶れば良いが、我が国は
娼婦と貴族の結婚を認めていない。」
「表向きは、ですがね。
愛人として囲うのではなく、
あくまで妻にしたかったサグシムマ氏は
“マリー・アグドーン”という貴族令嬢の
立場を買い取った。
アグドーン男爵は文字通り、
“娘”を売ったのです。
ですから、サグシムマ氏と結婚したのは
娼婦ではなくマリー・アグドーン男爵令嬢。
多少の身分差はありますが、
“愛の力”と銘打たれたそうですよ。」
身分を偽るどころか、違法に買い取った。
アタシ的には要らなかったので
もらってくれてむしろ感謝してますけど、
そのサグシムマ・ズークさんは犯罪を
犯してまで結婚したかったんですね……。
「で? 女神様にそんな仕打ちをした
馬鹿にゃ、天罰が下ったんだろうな?」
「あぁ、アネモネ嬢の容姿を知る者は
殆どいなかったし、この時点では何も知らない
ズーク伯爵夫妻も仕方なく結婚を認めたらしい。
……そう、殆ど。
アネモネ嬢の容姿を知っている者が
堂々とバラしたのだよ、秘密を。」
「え?」
「メイ・アグドーン。
彼女は夜会で、偽のマリー・アグドーンに
「偽物の癖に!」と叫んだんだ。」
ある意味、ズーク家の弱みを握った
アグドーン男爵……クズ親父が
そのまま甘い蜜を放置する訳がない。
「世間にバラされたくなければ……」と
サグシムマさんを脅したそうです。
だがサグシムマさんは八年後、つまり最近。
自分の両親に全てを打ち明けて
泣きついたとか。
すでに偽物の“マリー”さんは何人も
子どもを産んでいたし、家の醜聞になる事を
恐れた伯爵夫妻はアグドーン男爵を
潰す事にしたんだとか。
アレが小賢しく隠していた罪の一部を暴き、
息子の醜聞だけはうまく隠した。
そして嫌われ者のアグドーン家は
ものの見事に落ちぶれた、そうです。
男爵と妻は牢屋に入れられ、重ねてきた
罪の重さを見れば極刑は免れません。
(リコリスは心の中でひっそり
ガッツポーズをした。
処刑の時、めっちゃミスしまくってやろう、と)
妹のメイはさまざまな男を誑かし、
婚約破棄や解消を引き起こして
遊んでいただけで、殺人等は
行っていなかったとか。
(でも、あちこちから訴えられて
首が回らなかったそうですけどね)
事情聴取と両親の罪が確定するまでの間、
一時的に王城の牢屋に軟禁されていたのに、
なんと! メイは牢屋の門番を誘惑して
こっそりと開けさせたらしいです。
そしてボロボロのままで夜会に駆け込んで
ズーク伯爵令息夫婦に「家族でしょうが!
助けなさいよ!」と叫びながら
近付いていって……。
勿論、兵士さんが駆け寄って
拘束されますよね。
サグシムマさんは汚い物を見る目で
メイを見た後、愛しい“マリー”さんを
抱き寄せてさっさと場所を
移動しようとしました。
……そして、暴露されたんです。
「そのマリーは偽物!
その男は、娼婦を妻にする為に、
ワタシのお姉ちゃんの名前と存在を
買ったのよ!」
サグシムマさんはメイを
黙らせようとしましたが、隠しておきたかった
事実はもう暴露された後。
他人の醜聞を何より好む貴族達は
大喜びで吹聴し回り、ズーク家には
王家からの監査が入ったんですって。
その結果、本物のマリーであるアタシが
八年間も行き方知れずになっている事が
判明したんですよ。
ズーク家は娼婦の血を入れたおぞましい家。
伯爵夫妻も令息も子供達も、白い目で
見られているとか。
そして娼婦の“マリー”さんは、おそらく
一人だけ重い罪に問われるだろうと
公爵様は言っています。
平民が、貴族を騙るのはそれだけ
重い罪なのだから、と。
「流石に不味いと思ったのだろう。
王家は秘密裏に、マリー嬢の足跡を
辿るように各貴族へ指示をした。
私はそういうものに疎いのでな、
グローリーに人探しを頼んで
君を見つけたんだ。」
「グローリーさん、公爵様とお知り合いで?」
「ええ、知り合いです。
お互いがお互いを利用し合う仲ですよ。」
「それで、もし保護が必要ならば
スプリング公爵家でと思っていたが……
その心配はなさそうだ。」
公爵様は心底安心したように、
アタシへ笑顔を向けました。
本心からマリー・アグドーンが元気で、
生きていて良かったと思っている顔。
そんな公爵様の手を煩わせてしまい
申し訳ないと思ってしまいます……。
「重ね重ね、申し訳ありません……。」
「話は終わったか?
女神様、飯にしようぜ。」
「ヤター!
アネモネサンのご飯!」
「何さらっと食べてくつもりなんだよ。」
「グローリーさんと公爵様は
どうなさいます? ……あっ。」
ヤバい、いつものノリで聞いてしまいましたけど
お相手はこの国の公爵様です!
美味しいと自負はしてますけども、
平民御用達の食事処の料理なんて
口に合わないですよね……。
「俺はいただきます。
貴方はどうするんです。」
「……領民の厚意を無下には出来ない、
材料費も後で払おう。
お願い出来るだろうか。」
「え、いいですよ材料費なんて!」
調理場に立って、人数分の料理を作ります。
簡単だけれどパスタやスープ、
パンを用意してさっと並べました。
カミィも手伝ってくれたとはいえ
中々の早さで提供出来たと思います!
「やっぱりお母さんのご飯、美味しい!」
「うふふ、やっぱり、
アネモネの料理、美味しいわ。」
「一生作って欲しいヨ~!!」
「ありがとうございます!
あの、公爵様はお味どうです?
……公爵様?」
ニコニコで食べてくれる人、
無表情で食べてる人。
そして公爵様のお口に合ったのか
不安になって、彼の方を見ると。
「……。」
「な、泣いてる!?
そんなに不味かったですか!?」
「不味いならくれや、
女神様からの施しなんだからよ。」
公爵様の目からは涙がボタボタと
落ちていました。
そんなに不味かったのかな……
シンジャさんやめて、人の料理を
横から盗ろうとしないでおかわりあるから。
「いや……違う。
美味い、美味いんだ。」
「な、泣くほどに……?」
「アネモネさん、詳しい事情は
言えませんが……春公爵殿は味覚が
機能していないんです。
なのにこの料理からは味がして、
感動しているのでしょう。」
「え?」
涙を流しながら、美味い美味いと
ご飯を食べている公爵様。
全部綺麗にお食べになられて、シンジャさんと
ウートウさんが露骨に嫌そうな顔をしました。
だからおかわりあるってば。
「申し訳なかった、味を感じたのが
久しぶりだったものだから。
……今までは、何を食べても
味と匂いのしないゴムを噛んでいるようで。
食事が、苦手だったんだ。」
久々に人間らしさを取り戻せた気がする、と
涙が止まった公爵様は小さく呟きました。
何故アタシの料理を食べて味が分かるように
なったのかは分かりませんが、
喜んでくださって良かったです!
「君のお陰だ、アネモネ嬢。
私の“らしさ”を一つ、取り戻してくれた。」
「そんな、大袈裟ですよ。」
「いや、感謝してもしきれない。
君は間違いなく恩人なんだ。」
公爵様はアタシの手を取りながら
跪いてしまいました。
待って、公爵様って偉い人だよね?
料理振る舞っただけなんだけど?
ねえ、これどうすればいいの????
「このラナンキュラス・スプリング、
君の慈愛に深い感謝を。
そして返礼に、剣を捧げよう。
何かあれば気兼ねなく私に言いたまえ。」
「え。」
「おや、敵が増えましたねぇ。」
「チッ……だけど無自覚なのが幸いだわ。」
「ボクのお母さんなのに……!」
「困た、ちょと公爵サマ殺せないネ。」
「また信者を増やしやがって。
悪い女神様だぜ、ホントによ。」
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名前: ラナンキュラス・スプリング
花食亭がある公爵領を治めている領主。
四大公爵家、通称「四季の告家」の
春に該当する超名門の生まれ。
非常に真っ直ぐな男だが、悪や正義には
あまり興味がなく、ただただ人々を愛する。
グローリーやリコリス曰く、
「濁の中でも独りだけ清を貫ける異常な男」。
現公爵だが、自身だけではなく
領民すらも加害していた母親の事を
深く恥じており、母への裁きとして
唯一の子である自身の代で血を絶やす為に
婚約者が決めないままにしている。
平民による身分の詐称、貴族女性への虐待……
その他諸々をひっくるめたアグドーン事件の
被害者でもあるアネモネを探して
花食亭へ訪れた。
母親に食事のマナーを厳しく躾られた為、
物を食べるのが苦手だったが、花食亭で
アネモネに作ってもらった料理を食べて
久しぶりに味や美味しさを感じ、
「自分らしさを取り戻せた。」として
彼女に深く感謝する。
……ただの平民であるアネモネに
剣を捧げるくらいには。
それ以来、変装して時々食事をしに来る。
アネモネの事がとにかく好きで
彼女と会うと、無いはずの尻尾を
ブンブン振っているのが見えるらしい。
だが、本人自身はアネモネに
好意を抱いている事に気付いていない。
〖グラフ見本〗
危険性A……アネモネへの危険性(監禁など)
危険性B……アネモネ以外への危険性
戦闘力……どれだけゴリラか
知力……どれだけ賢いか
個別の何か……アネモネに対して抱いている何か
〖グラフ〗
危険性A……☆
けして飼い主の手は噛まない。
危険性B……☆(☆☆☆☆☆)
指示が出たらとことんやる。
でもアネモネが出さないのでやらない。
戦闘力……☆☆☆☆☆
剣の天才。
戦闘力はシンジャと同じくらいの強さ。
知力……☆☆☆
バカではないが天才でもない。
公爵としての立場を考えるなら
結構ギリギリの頭脳だが、
なんだかんだグローリーとやりあえている。
忠犬度……☆☆☆☆☆
アネモネにフリスビーを投げられたら
全力で取りに行くし、あり得ないが
ペット用の皿で食事を床に出されても
笑顔で食べる。
ある意味狂人、いや狂犬。




