グローリー
祖父はとても愚かでした。
残酷、されどどこまでも臆病な人。
妻に捨てられる事を恐れて、
自身の素性を偽り所帯を持った。
その結果、俺の両親と妹は
見るも無惨に殺されました。
母は祖母に似て気っ風のいい人で、
父はとても穏やか、怒った所を
見た事がありません。
妹は当時四歳。
甘えん坊で、素直な可愛い妹でした。
祖母の店で手伝いをする為に
出掛けていた俺だけが助かった。
花食亭から家に帰ったら、苦悶の表情を
浮かべた両親と、二人に庇われるように
倒れていた妹の死体が転がっていた。
両親の顔は苦しそうで、悔しそうで。
恐怖に染まった妹の顔には
涙と鼻水の跡が。
きっと最期まで助けを呼んでいた。
ここにいない、俺への助けを。
俺から話を聞いた祖母はすぐ祖父に
連絡しました。
ですが、そこで祖父はようやく
自身の本当の職業を打ち明けます。
きっと彼は、そうしなければ残った
祖母と俺を守れないと思ったのでしょう。
結果として、祖母は激怒し離婚。
「二度と顔を見せるな」と祖父に怒鳴りつけ、
援助の金も受け取りませんでした。
俺ですか?
勿論、恨んでいますよ。
彼がいなければ、俺がこの世に
生まれなかったのは確かです。
でも、彼がいなければ
家族を失わなかったのも確か。
だから俺は代々祖父の一族が束ねる組織、
“エディブル”に入りました。
孫を失わない為に手元に置くしかない。
だが、孫の姿を見る度に後悔に苛まれる。
滑稽でしたよ、この国の裏を牛耳る
“エディブル”の首領が、別れた元妻の
動向を逐一監視している姿は。
惨めとも言えますよね?
そうやって何年も経った後、
祖父に大きな病が判明し、先が長くない事が
分かりました。
そして、祖母も。
……「祖父は祖母に会いたがっている」と
勘違いした忠臣気取りのお馬鹿さんが、
失敗して後がないゴロツキ達を唆し
祖母を拐おうとしました。
祖父は祖母に会う気などありませんのに
馬鹿な事を仕組んだものです。
俺が跡を継ぐ時に邪魔でしょう?
ちゃんと掃除はしましたが。
レディに伝えた伝言は、祖父の命も
残り少ない事を伝えるものです。
なので別に来てもらわなくても
良かったんですが……まさかレディを
送り出してくるとは。
我が祖母ながら考える事が
よく分かりませんね。
えぇ、レディ……とついてきた
知り合いの薬師を屋敷に案内し、
彼女には料理を作ってもらいました。
レディが作ったのは粥。
懐かしいですね、俺も体調が優れない時に
作ってもらったものです。
皿に盛った粥を、祖父の部屋に運びます。
ずっと寝たきりの祖父は、
俺が扉を開けても反応しません。
ですがその日は違いました。
粥の匂いで目が覚めたのでしょう、
目を大きく見開いて、こちらを見ています。
「お祖父様、粥をお持ちしました。」
「……あぁ。」
最近、めっきりと食欲が
無くなっていたにも関わらず、
彼は痩せた腕を動かして粥を口に運びます。
「パンジーが、作ったのか?」
「いえ、お祖母様が拾って世話をしていた
アネモネという女性です。」
「……そうか。」
祖父は粥を完食すると、
静かに俺の目を見ました。
「すまなかった」と、掠れた声を上げながら。
……何か言葉を返す義理はありません。
そのまま俺は部屋を後にし、レディと薬師を
花食亭へ帰しました。
残ったのは鍋に余った粥と、俺だけ。
普段なら余った食事は捨てますが、
これを捨てる気にはなれませんでした。
だから、いや……何故か、が正しいですね。
俺が残りを食べたのです。
昔と全く同じ味、過去の味でした。
その後、一度は目を通していましたが
興味がなかったので、記憶に留めていなかった
アネモネという女性の過去を纏めた書類に
目を通しました。
本名はマリー・アグドーン。
成り上がり貴族であるアグドーン男爵の
長女で、両親と妹から虐待されていた……。
ふむ、アグドーン男爵なら
聞いた事があります。
“エディブル”を怒らせないギリギリで
暗躍している小賢しい男だと。
その娘が何故、偽名を名乗って
この場所にいるのでしょう。
おや、“マリー・アグドーン”は
隣の領を治めているズーク伯爵家に嫁いだ?
彼女の受けていた虐待や仕打ちと、
アグドーン男爵の“やらかし”。
それを見て、ぞくぞくと背中を
駆け上がるものがあります。
小賢しいハエを潰す証拠を得た事、
そして……その辛い過去を背負いながら、
笑っているアネモネという女性への興味。
あぁ、彼女に“マリー”と呼び掛けたら
どんな顔をするのでしょう。
過去の話をする時、あの笑顔が
どう曇ってしまうのでしょうね!!
でもそれは後に取っておきたい。
俺は、好物を一番最後に取っておく
主義ですので。
まずは彼女を軽く困らせてみましょう。
そうですね食材を大量に差し入れるだとか、
本人に高価な贈り物をするだとか。
ふふ、ふふふ。
楽しくなってきましたねぇ。




