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ラナンキュラス




この国には“四季の告家”と呼ばれる

四つの公爵家がある。


国の金庫番サマー家、食糧庫オータム家、

司法を司るウィンター家、そして

軍事を扱うのが私が後を継いだスプリング家。


スプリング家の当主は、代々

国に仕える軍の総司令官の座に就いている。

領地も他の領に比べれば治安が良いと

自負をしている……まあ、“エディブル”の

本拠地があるのもこの領なのだがね。

しかし彼らが取る選択は悪と断じる

モノだけではないし、そもそも

国という“生き物”も同じだろう。


“見せられない”モノはどこにでもある。

上手く付き合えばいい、そして

被害をゼロに出来ないのならば、

最低限を保ち続ければ問題ないのだよ。


さて、何から話すべきかな……

よし決めた! 私の幼少期の話をしよう。

私の父は若くして死んだ。

正確には、殺された。


昔、“エディブル”の首領、その尻尾を掴む為に

彼の家族を人質にするよう部下に

命令したそうだ。

だが、部下達は彼の家族を殺してしまった。

出世の為に焦っていたのかは分からないが、

彼等が行った行動は、正規の軍に

所属する者が取っていい行動ではなかったんだ。


その報復の為に、実行犯達と共に

暗殺されてしまった愚かな父。

残されたのは成人がまだ遠い私と、

母の二人だけだった。


母は元々苛烈な人で、私が小さい時から

特に食事のマナーには厳しかった。


少しでも間違えれば鞭で打たれ、

その時点で私の食事は取り上げられる。

そして、両親が見事なマナーで

食べる様を見せられた。

腹を鳴らせば「はしたない」と扇子で叩かれ、

部屋の隅で空腹に耐えている私に

こっそりと食事をくれていた侍女や料理人は

いつしか屋敷から消えていた。

母が消したのだろう。


生きていた頃の父は私に話しかけも

しなかったし、助けてもくれなかったから

私にとっては居なくなったところで

どうもしなかったのだが、母は違った。


私に高圧的な母は、父にだけ従順だった。

だがその父が居なくなり、自身が

屋敷の主となってタガが外れたのだろう。

私だけではなく、屋敷に勤める

使用人達にも攻撃を始めた。


髪を切るなどの一目で分かる事はしない。

部屋に呼び出して、長時間叱責をする。

事故に見せかけて怪我を負わせる、

些細なミスで解雇……等キリがない。


最悪な事に、領民を拐って狭い家に押し込め、

少ない食事と水を与え、奪い合う様を見て

笑っていたらしい。

衰弱死寸前まで追い込んだ彼らの元へ

時々訪れては、直接虐げていたそうだ。


愚かな私がそれに気づいたのは

成人間近になってから。

母に問い詰めれば、“教育の成果”で

私のマナーが完璧になった為、理由をつけて

“躾”が出来なくなったからだと悪びれもせず

彼女は言った。


反省の色も見せず、嬉々として

私の婚約者候補の釣書を見せてくる母は

人間ではなかった。

「私はお前が嫌いだけど、お前は私の事

好きよね?」と宣う者が人間であるものか。


私は婚約者を定めないと決めた。

成人を迎える年齢の私にとって、

金切り声で叫ぶ母はもう恐ろしくない。

記憶に残る父と同じ表情で母を見据えると、

彼女は急に静かになった。


まずは被害者の洗い出しと、

謝罪代わりの保護と今後の保証。

スプリング公爵家の直系は私だけだが、

公爵家自体を潰す訳にはいかない。

私は母の血を残したくないだけなのだから。

それが彼女への最大の罰。


これから領地の隅に押し込める母を

大人しくさせる特別な“処置”、

親類への当主の座の譲渡計画。

(王家を黙らせる為、子供が出来ないよう

私の身体にも幾つか細工をした)


そして軍の総司令としての役割。

全てを同時並行で行っている私に

楽しみや趣味は一つもなかった。

剣の稽古も領地の視察も、睡眠も読書も

夜会も食事も全て義務。


そう、食事。

もういなくなって久しい侍女が、

昔、私にくれた焼き菓子を食べた時以降、

何の味も感じなくなってしまった。

幼子のままごとで、口に料理を押し込まれる

人形と同じようにただ受け入れるだけの存在、

それが私なのだ。


父も母も、人間ではなかった。

だから私も、人間ではなかったのだろうな。




国の情勢や他の三公爵家の勢力図も見ながら

爵位の譲渡計画を更に練っていた頃、

王家から秘密裏に指令が下された。


〖現在貴族内で話題になっている

ズーク家の醜聞、その被害女性である

本物の“マリー・アグドーン”の消息を追え〗


死んでいるならそれでも良いが、

生きているなら話を聞くなり

なんなりしたいのだろう。

少し前に没落したアグドーン男爵家の

長女であり、ズーク家に身分と名前を

奪われた女性。


貴族女性とはいえ平民上がりの彼女は

未だに生きている可能性もある。

そして何かに困っている可能性も。

もし領内にいるのなら、領民である

彼女を助けるのはまだ公爵である私の役目だ。

とりあえず情報通の知り合いに

探してもらおうと、私は“エディブル”の

次期首領へ手紙を書いた。


……書いたら、まさかの「知っています」との事。

すぐに会わせてもらったのだが、

私の言葉が悪かった。

“マリー・アグドーン”、いやアネモネ嬢は

気絶してしまい、何故か店にいた

サリパス女伯爵から鬼のような形相で

叱られてしまった、申し訳ない。


その後、目が覚めたアネモネ嬢から

簡単な事実確認をする。

凄惨な過去を生き延びた彼女は

今は健康で、元気に過ごしているらしい。

家族や貴族としての生活への未練は

微塵も残っていないようだった。


王家への報告に必要な事は知れた。

私は帰ろうと思った時、アネモネ嬢から

声をかけられる。

「食事を食べていかないか」、と。


……正直、食事という行為は好きではない。

だが領民の、私と違った地獄を乗り越えた

戦士である彼女の想いを無下には出来ない。

私の分も頼むと彼女はホッとした顔をして

調理場へ向かい、魔法のような早さで

大量の料理を出してきた。


各々、並べられた大皿から

好き勝手に欲しい料理を取っていく。

勿論、給仕はいないので自らの手で

欲しい分を欲しいだけ遠慮なく持っていく。

貴族であるサリパス女伯爵ですら、

マナーという言葉を忘れて食事を

楽しんでいるようだ。


私もそれに習うべきだろうかと、

パスタを自身の皿に取る。

フォークに巻き付けて、それを口に運んだ。


……何故か、味がした。

味でいうならば、私は屋敷で

もっと良いものを食べているのだろう。

だがそれらは味がしない。

しかし、このパスタは味がする。

とても優しくて、温かく、どこか甘い。

料理は全く違うのに、侍女がくれた

焼き菓子を思い出させる味だった。


今度は配られたスープを飲む。

野菜と肉の味が口に広がり、なんとも美味い。

サラダも、ドレッシングの爽やかな酸味が

鼻を抜けていく。美味い。


アネモネ嬢の全ての料理が美味いのだ、

はしたなく人々の前で泣いてしまうほど。

涙の味はしないのに、料理の味だけは

確認出来る。


私はその時、ようやく自分が

“人間だった”と思えた。

人形ではなかった、まだ人間でいられた。

どうしてかは分からないが、

アネモネ嬢のお陰だと言う事は分かる。


そして、彼女以外の料理は

まだ味がしないままなのだろうと言う事も。

食事が終わり、アネモネ嬢に礼を伝える。


私がまだ人間であると思わせてくれた

恩人である彼女に。

優しく、強い彼女へ何をしてやれるのだろうか。

その内公爵という身分は捨てるし、

今すぐ与えられるモノはなんだろうか。

おそらく元家族と違い、過剰な富を

喜ばないだろう……であるなら、

私には剣しか残らない……いや待て、剣?


そうか、剣を捧げればいい。

そうと決まれば話は早いと、私は

アネモネ嬢へ剣を捧げる。


今はまだ無理だが、全てが終われば

持ち主は王家から君になる。

ただのラナンキュラスになった時、

君の頼みや願いを全て聞こう。

そして、立ちはだかるモノの全てを

この手で切り捨てよう。


私は、君の剣になりたいのだ。





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