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第34話 明日の準備

「……以上が本日の動きです。モイネロの取り調べは支部の方で明日から始まります」


ジェド本部の書斎で王城の会議から戻り大きな椅子に腰掛けるバーゼルにハリーは今日1日の動きを報告する。

勇者の里に協力の依頼の手紙を送ったこと、この街の暗黒街を支配するモイネロが魔族であり拘束したこと、など。


「そうか、ご苦労だったな。何か収穫があればいいが。それに比べて俺からは何も土産はないよ。まったく申し訳ないな」


バーゼルは椅子に腰掛けながら肩をすくめる。

今日の会議では他のトバイケル重臣たちの協力を取り付けるには至らなかった。

他の臣たちの言動や態度からは魔軍への危機感というものは見られなかった。

皇帝もやる気がない。

大海を挟んだ大陸を本拠とする邪教が攻めてくると言われても俄かには信じられないのは分かるが彼らの平和ボケはバーゼルの予想以上だった。


「やはり軍は容易には協力してくれませんか」


「トバイケル軍はリンデンとレッサー幕僚長の管轄だ。俺の一存だけでは動かせんだろうな。粘り強く協議を繰り返してみるよ」


「もし予言通り2、3日中に魔軍の襲撃があった場合の備えもしておきます」


ハリーが頷きながら手帳にメモを取る。


「……ああ、頼んだ。しかしサイモンのヤツ、生きてるなら現れてくれればいいものを。回りくどいことしやがる」


「元々妙な男でしたからね。生きていたのも驚きです」


サイモンが生きていた、という情報も彼らにとっては半信半疑だった。

何しろ30年前には死にかけていた男だ。


「まあ地道に進めようか。魔軍の親玉と幹部を蹴散らせば終わる話だ。高校生たちに頼る話じゃねえよ」


「引き続きナツキエイコさんの捜索と魔軍の捜査を継続します」


バーゼルとハリーは引き続き細かいところを打ち合わせていった。









王都の一等地に建つ白いその屋敷は絢爛と言って差し支えない。

大きな門と庭に凝らされたぜいは屋敷の主であるダッケルト公爵の人物像を物語る。


夜の帳の降りたその屋敷のある一室では先ほど関で騒ぎを起こしかけた一団が夕餉の卓に着いていた。

彼らにすればまともな食事など久しぶりである。


「おいもう少し愛想良くしたらどうだ?私は協力者なんだぞ?私がいなければ関すら通過出来なかったことを自覚してもらいたいね」


がっつく彼らに苛立ちと呆れを滲ませながら長い黒ひげを撫でるはダッケルト公爵。

先刻、この一団の関所の通過に手を貸した人物である。

もちろん無償で骨をおったわけではなく打算もあった。


ダッケルトは黙々と皿にがっつく4人を厳しく見遣りながら再び繰り返す。


「おい、聞いてるのか?夕食と今夜の寝床まで用意してやるんだ。私の恩を忘れるなよ?わかってるだろうな?」


その物言いに長身だが痩身の男が皿から顔をあげる。

鋭い目付きと顔からは鋭い犬歯が覗く。


「わかっている。我々とこのオルズベックを見くびってくれるなよ、ダッケルさんよ」


「ダッケルトだ!間違えるな!偉大なる公爵家の名だ。全く……本来なら私はお前らが口を聞くことすら烏滸がましい身分なのだぞ。それをこんな……」


ブツブツと不平を垂れながらダッケルトは不快そうに立ち上がって辺りをうろつく。


そんな彼に皿に集中していた一団の1人、褐色の妖艶な女が問いかけた。


「何がそんなに偉いってのよ。先祖がたまたまケンカが強かったか王に取り入ったってだけの話でしょ?」


「なっ……!」


血筋というものの真理をつく問いかけにダッケルトの顔色は怒りでみるみる赤くなっていった。

そんな場を宥めるように燻んだ金髪の男が皿にスプーンを手放した。


「イリア、いささか言い過ぎだ。非礼は詫びよう、ダッケルト公爵。しかし我々の名前くらいは覚えてもらいたいものだ。私はマブレット。ジャマル教の信徒だ。お見知りおきを」


その慇懃な態度にダッケルトは漸く怒りを堪える。

この面子の中ではこの男は唯一まともらしい。


苦虫を噛み潰しダッケルトは椅子に座り机をコツコツと叩く。

こいつらの態度と明日のことを思うと神経質にならざるを得ない。


「……この国の幹部が揃う会議は明日も開かれる。これが王城の地図だ。私に累が及ぶことのないよう後腐れなくやってくれるんだろうな?」


取り出した地図をマブレットに渡しながらもダッケルトは冷や汗を流す。

それもそのはず、こいつらが計画を実行すれば明日は何人死人が出るか分からなかった。


「……お前は地図を渡して……明日は寝ているだけでいい」


関所でライノと名乗った一際大きく異様な風貌の男が唸るような声を発した。

ライノに話しかけられ弱冠たじろぐがダッケルトはこの一際威圧感のある男にも古い貴族らしい傲慢な態度を崩さない。


「な……なんだその言い草は!わかってるのか、魔軍の協力者が何人いるか知らんが私ほど地位の高い者はそう居ないだろう⁉︎あまり怒らせないほうがいいぞ!」


繰り返される非礼にダッケルトは気色ばむ。

下々の非礼に一々怒っても仕方がないのだがやはり傲慢なこの男にとっては腹立たしい。


そもそも彼が今回魔軍に協力したのもこの男たちを使って政変を起こし政治の第一線から遠ざけられた己の権力を取り戻そうという邪な考えからであった。

民衆の犠牲や混乱による被害など一顧だにしていない愚かな所見によるものである。


(王やバーゼルの暗殺が為った後は己が手で混乱を収拾し政権をもぎ取ってやる……その後はこいつらも魔軍も用済みだ)


ダッケルトは内心では破綻だらけの計画を描いている愚かな男であった。


「公爵、本当に済まない。礼儀というものは知らないのだよ我々は。分かってくれ。それに首尾よく我々が王と側近を殺せばこの国はあなたのものじゃないかね?そうそう怒ってくれるな」


マブレットはそう言ってダッケルトをなだめようとする。

公爵は鼻を鳴らし憤慨するが怒っても仕方がない。

政変がなるまでの辛抱だ。

笑顔を無理やりつくりダッケルトは答える。


「ふん……!下々なれば仕方ないな」


「で、頼んでいた我々の武器は用意してくれているか?無くても特段困らないがあれば便利なのでな」


マブレットに尋ねられ公爵は薄く笑みを浮かべる。

明日、自分の邪魔者たちの血を吸うかもしれない武器だ。


「ああ……武器庫にしまってある。案内させるから後で見てくるがいい」


ダッケルトは紅いワインに喉を湿らせ気を落ち着かせながら応えた。

特注で彼らの注文どおりの武器とやらも用意してあるのだ。


「わかった、感謝する公爵」


ワインを飲み干すとニヤリ、と公爵は怪しい笑みを浮かべる。

ダッケルト家の権力を奪った憎たらしいバーゼルや他の官憲たちが血に染まる姿を思い浮かべると自然と笑みが溢れてくる。


「ああ、働きには期待しているぞ、お前たち」

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