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第33話 勇者の里

トバイケル帝国の辺境には勇者の里、というものがある。

かつて強大な魔王や魔族を倒した者たちの子孫やその親類などで構成された街であり大都市からは往き来のしづらい深い丘陵に存在していた。


その生活基盤は農作と狩りであり……時おりトバイケル帝国やその他の国から魔族や魔獣の討伐の依頼を受けることもある──


滔々と細い川が流れ自然が多く残るこの勇者の里プレゼンスにも陽が落ち畑仕事を終えようとする者がちらほら見える。


里の西側の住宅地の1つ。

鄙びた、といった方がいい趣のある日本風の家屋では縁側にパチリ、と駒の音が響く。

樹々から漏れる初夏の夕陽を微かに浴びながら2人の老人が将棋を指しているようだった。

今の一手に一方の老人が顎髭を撫で小さく唸り声をあげる。


「……うーーむ、待った!」


「待ったは無しだ、兄者。敗けを認めるなら賭けの焼酎を一本追加してやり直しだ」


「ぐぬぅ……ぐぬぬ……」


ざんばらに切った白髪をかき上げ「待った」を拒否された老人は胡座を組み直し顎をさすりながら長考に入る。


もう一方の白髪を短く刈りそろえた老人もじっと盤面を見直す。


「ギン……!なかなかに手厳しいのう……」


「兄上は熱くなりやすいからなあ。よく盤面を見ることだ」


茶を啜りながら余裕の表情を見せるのはギンジロウ。

ヤヨイの祖父である。


「……くぅ腕を上げよって」


盤面を睨み苦悶の表情を浮かべるのはテツタロウ。

かつて弟ギンジロウや母ミユキ、その他の仲間とともに魔王エドワード・ルブジネットを倒した英雄の1人である。


「……ぬ、ぐぐぐ」


「もう諦めろ兄上。詰めろだ」


英雄たちが子どものように悔しがり愉悦の表情を浮かべる。

この家の日常の風景であった──


「くぅ……」


「だから諦めろって兄上。私の勝ちだ」


自分たちのルーツである日本の遊戯将棋。

母ミユキから教わったそれを彼らは最前線から退き老いた近ごろではよく嗜んでいた。


通算で若干弟のギンジロウの勝ち越しであったこの対戦にそろそろテツタロウが投了を宣言しようとした時だった──


「あっ!紫電じゃ!ヤヨイからの手紙かもしれんぞ!」


「あ、兄上ぇーー⁉︎」


夕空に舞う愛鳥紫電を発見したテツタロウがわざとらしく足元が見えない振りをして盤をひっくり返す。

形成有利だったギンジロウは悲嘆と憤怒の悲鳴をあげた。


2人とも孫娘であるヤヨイの手紙を携えた紫電を心待ちにしていたのは事実ではあるが。


「……ったく兄者は、これだから困る……卑怯だぞ兄者!」


「おっとすまないなギン。今の勝負は無効だ」


庭先の低い木の枝に止まった紫電に駆け寄りながら老いた兄弟は小競り合いを繰り返す。


「私の勝ちだ!本気で怒るぞ兄者!」


「わかった、わかった。酒は奢るから怒るなギン。まったく冗談の分からない奴だ……」


テツタロウは紫電の足に括ってあった手紙を受け取り開き始める。

横に並んだギンジロウも一緒にその場で読み始めた。


「やはりヤヨイからの手紙だな。元気そうで何よりだ」


「ふむ……相変わらずあの子らしい文面だ。我々相手くらいもっとくだけてもいいのだが。しかし何やら不審な内容だな」


孫娘ヤヨイからの久々の手紙に目を細める2人だったが読んでいるうちに国防や魔軍に触れる内容になってきたのでその表情は硬くなる。

2人にすれば驚くべき内容だった。


以下がヤヨイからの手紙の文面の一部である。


『お祖父様方、緑陽が濃くなる日々、ますますお健やかにお過ごしのことと存じ上げます。

私は変わらずベンダンの街で村長さんの元に仕えつつストレンジャーの人々を手助けする日々を送っております。

(中略)

どうか私の不手際にてその身柄を捉えられた勇者エイコさまの探索にご協力下さい。

また、グレイズを支配した魔軍の勢力が王都セタランナにまでその手を伸ばしてくるという情報がその者たちによってもたらされました。

どれほど信憑性のあるものかは分かりませんが、かつてミユキお祖母様、お祖父様方と共に戦ったサイモンという男の予言によるものと彼らは言っていました。

ブレゼンスの方でも魔軍への備えとエイコさまの探索、救助について御一考いただけないでしょうか。

不躾な内容で申し訳ありませんが近々友人を伴いそちらに立ち寄らせて頂こうと思っております。

では暑い日が続きますのでお身体には気をつけてください』



2人は手紙を読み終わり再び縁側に腰を下ろす。

ヤヨイの手紙を要約すると勇者が現れ、魔軍がこの大陸に攻めてくるかもしれない、という内容だった。

魔軍が迫るとなれば勇者の末裔たちの出番だ。

先ほどの遊戯の時とは一変した雰囲気である。

神妙な顔になった2人はこの里を束ねる者の目になる。


「……明日、会議を開くか兄上」


「ああ、すぐがいい。雑仕スチュアードの手を借りよう。おーい、クマヨシ」


「へーーーい」


台所で夕飯の支度をしていた壮年の男が間延びした声でテツタロウの呼びかけに応じ現れる。

夫婦でこの家で泊まりこみ兄弟の世話をしている優秀な雑士である。

数年前に妻を亡くした兄弟は一切の家事ができないので大体のことは頼りきりなのである。


「この里の魔軍に対する意見交換とこれからの意思統一をする。明日2時にいつもの会議場に議員を集めるよう言っといてくれるか」


「かしこまりました……」


そう言ってクマヨシは妻に夕飯の続きを任せると何処かへと駆けていった。


ギンジロウはヤヨイの手紙を手に複雑な面持ちになる。

戦いを嫌い別の生き方を模索するあの子が再び戦いに巻き込まれようとしている──


「皮肉だな……この里を出て行ったあの子が真っ先に魔軍の情報を手にするとはな」


「30年前は次代のために戦ったつもりだったがな……今度こそ我らの手で魔族どもは仕留めてくれようぞ」


紅く染まった夕焼けを見つめながらテツタロウは紫電に獣肉を給餌する。


「ああ……孫たちに血は流させぬ」


空を見ると夏の紅い陽は碧い稜線との境界で美しいコントラストを描いていた。









夜の帳が降りた孤島の夜は早い。

朝から動き回った少女たちは食事をとると間も無く床に就いた。

島の森深くでカタリナが樹々に身を預けたサイモンに今日1日の大まかなことを報告する。

特殊な目を持つ彼には分かっていることではあったが間近で訓練を見ていたカタリナの主観というものも大切である。


「勇者エイコの訓練は順調のようだな」


「順調すぎて怖いくらいです」


倒木に腰を下ろしカタリナは蔦に絡まった父サイモンに返事を返す。


「女神に会い、魔軍の長を暗殺するのだ。上手くすればその必要すらなくなるが」


その言葉の後には気まずい沈黙が流れる。

サイモンとカタリナ、この2人には瑛子にも、他の姉妹にも話していない予言と計画があった。


「……どうしてもやるのですね」


カタリナは哀しそうな目で父を見つめる。

薄い笑みを浮かべサイモンは樹上から娘を見つめ返す。


「もはや寿命を超えて生き過ぎた命だ。とうに30年前に朽ちていたものをどう使おうと問題はない」


「そんなこと言わないでください……!あなたが居なければ私たちも幼き頃に朽ち果てていたことでしょう……」


自分の命を粗末にする事は娘たちすら軽んずることだ。

娘の悲痛な叫びを聞いてサイモンはやっとそんな事実に気づく。


「……すまないな、私の感覚は麻痺している。これは生来のものだ。許せカタリナ」


顔を伏せ肩を震わせるカタリナにできる限り優しい声をかけようと努めるがもはや手足すら動かせない我が身をこんな時はもどかしく感じる。


「ココとパティは怒るだろうな……苦労かけるだろうが後は頼むぞカタリナ」


穏やかに語り掛けるがじっと俯くカタリナからの返事はなくフクロウの鳴き声だけが森には響いた。

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