第32話 橙色に染まる孤島
孤島の樹々や面する海を橙色の日差しが包み込む。
聞こえる音と言えばここでは波音と飛び交う海鳥たちの鳴き声が1番大きな確認できる音だろうか。
パシャパシャと水飛沫の音と女の子たちの小さな嬌声がオレンジ色の水面に反射する。
孤島の川の横に造られた大浴場では立ち込める湯けむりなどものともせず、瑛子とココが大きな水飛沫を上げ競うように泳いでいた。
「シャァァァァァ!そんなもんかぁ?エイコォォ!」
「くっ!なかなか速いっスね!でもまだまだっス!」
大浴場の端から端を占領した小さな少女とネコ耳の少女が楽しそうに、しかし真剣に抜きつ抜かれつの競泳を繰り広げている。
この喧騒に加わっていないカタリナとパティはもはや2人のやんちゃを諌めるのを諦めたように風呂から離れた場所で湯を汲んだ桶を持って適当な岩に座る。
「ほんと子どもなんだから……2人とも」
「今日はよく頑張ってくれました。好きにさせてあげましょう」
カタリナは手のひらに水を汲むと泡を発生させスポンジを使ってパティの背中を流し始めた。
水を操る彼女の魔法は応用でこういう使い方もできる。
「……まったく、お風呂入る度にはしゃぐのやめてほしいな」
背中を流されながらパティは呆れたようにため息をつくが本当に怒っているわけではない。
まあココのお転婆ぶりに少々手を焼き気味であるのは事実ではあるが。
「あれはあれでココの良さですよ。エイコさんもいい遊び相手になってくれそうですね」
カタリナはパティの小さな背中を優しく入念に流しながら笑う。
3人のお姉さん的役割である彼女の言うことならココもある程度言う事を聞くが基本的に彼女はきつく叱ることはしない。
「カタリナが甘いからココがあんなんなんだよ〜」
「あらあ、パティにだって優しいでしょ?前も洗ってあげましょうか?」
「まっ!前はいーから‼︎」
手を回し胸の方にスポンジを持ってきたカタリナにパティは真っ赤になって慌てる。
パティは白髪を靡かせながら立ち上がってスポンジをカタリナの手から奪うと離れたところで身体の前を洗い始めた。
「最近パティがつれないからお姉さん寂しいです……くすん」
「ちょっ、嘘泣きはやめてよ、もう……次はカタリナの背中流すから!」
パティは自分の身体の前を洗い終えるとカタリナの後ろに再び座りその白い背中を流し始める。
「あらあら、優しい子ですね。前も洗ってくれていいんですよ?」
「前は自分で洗って!」
尚もからかうカタリナにパティはペースを崩されながらもごしごしと洗い続ける。
カタリナのクスクスという笑い声に混じって瑛子とココの嬌声が大きくなる。
また別の遊びを始めたらしく今度は風呂場で水の掛け合いをしつつレスリングごっこをしているようだ。
そんな2人を横目にパティは手を動かしながらも呆れ交じりの笑顔を浮かべる。
「……はあ、緊張感ないなあ……私たち、なんか大事なことやってるはずなんだけど」
「緊張の糸を張り詰めぱなしではいつか切れてしまいますよ。あの2人は本能的にわかっているようですね」
カタリナはそう言うが本当にそうだろうか。
パティは手を止めてじっとお湯を掛け合い追いかけ合う2人を暫く見つめる。
「よっし!いいぞお!エイコォォォォ!ばっちこい!」
「さあどんどんこいっス!てめえの実力はそんなもんじゃねえだろ?っス‼︎」
エイコとココは裸体を惜しげもなくオレンジ色の陽に晒し橙色の飛沫を飛ばしながらはしゃぎ続けている。
まるで小学生のように風呂ではしゃぎまくる2人からはそんな知性なんて欠片も感じられない。
パティは再びカタリナの白い背中に向き合って小さなため息をつく。
「……いい加減なこと言わないでよ、カタリナ」
スポンジ越しにその背中が揺れて笑い声の返事が返ってきた。
◇
羊肉のソテーや珍しい野菜のサラダなどの夕食が終わった後、ヤヨイさんが白いクリームのかかったケーキを持ってきてくれた。
ケーキ自体の見た目はシンプルだが結構可愛らしい飾り付けをしてある。
「ヤヨイさんのケーキ!久しぶりなのです!」
「私なんて半年ぶりアル!」
キャリーちゃんとフォンさんは嬉しそうに目を輝かせる。
「……そこまで喜んで貰えると作った甲斐があります。人数分あるので嫌いでなかったら食べてくださいね」
ヤヨイさんは盆に載せたケーキを卓についたみんなに給仕していく。
彼女は今日はメイド姿ではないがシャツの上に白いエプロンをつけていた。
一口食べてみると色々な果実の風味が口の中に広がる。
スポンジの間に苺や葡萄、その他よく知らない果実が入っているようだった。
それほどケーキを数食べたことがあるわけじゃないが元の世界で食べたどのケーキよりも美味しい。
「……うめえなあ」
「あんなに強くて料理も出来るなんてすごいですねえ……」
ボソボソと小さな声でそんなやり取りをしながら俺と糸井さんはケーキを一口ずつ噛み締めるように食べる。
ケーキを食べ始めてしばらくした頃、ヤヨイさんが何やら申し訳なさそうに話を切り出した。
「ナツキさんの捜索も……私の故郷、勇者の里に依頼しておきました。私自身も捜索チームに加わりたいところですが……この街に魔族が攻めてくる可能性もありますのでこちらに留まらせていただいてます」
「ああ、ありがとう。そんなに気負わないでくれ。根拠はないけど多分あいつは元気だ。そんな気がするんだ」
瑛子の捜索についても何かいろいろとやってくれているらしい。
感謝だ。
と、ともにいろいろ聞きたいこともある。
「勇者の里、ということはたくさんの勇者の子孫の方がおられるのですよね?やはり魔物や魔族を狩っていたりするのですか?」
糸井さんが俺の聞きたいことを口にしてくれた。
確かに今までの話題から推察すると勇者の里というのはこの世界では特別な位置にあるらしい。
「はい、お察しの通りです。ここ王都から遥か東にある勇者の里ブレゼンスは主に勇者の子孫によって構成された町です。ここまではお話しましたね」
俺と糸井さんが頷くとヤヨイさんは話を続ける。
「勇者の血を引いているためか、特に直系と呼ばれる勇者直系の子孫には高い魔力と戦闘能力を持った者が生まれやすいと言われています。私もその直系の1人なのですが……」
ここでヤヨイさんが一瞬虚空を見つめた気がした。
……強い力を求められる勇者の里と目の前の可憐な美少女
なんとなくこの子が里を出てここに居る理由が察せられるような気がした。
「つまりは里にはたくさんの勇者の血を引く戦士がおり、魔族と戦える態勢はあるということです。ナツキさんが帰ってきたら元の世界に戻っていただくのがベストかと思われます。この国の争いにあなた達を巻き込むのはバーゼル様も私も本意ではありませんから」
つまりは瑛子が居なくても魔族とは戦えるから安心して帰ってくれてもいい、という話だ。
俺は紅茶を啜りながら少し安心する。
「そうか。悪いな、でも確かに俺やエイコが戦いの役に立てるとは思えない」
「そろそろ期末試験もありますしね……元の世界と時間軸は同じなんですよね?」
……そうなのだ
俺の記憶が確かなら今は7月の半ば。
現実世界では期末試験がそろそろ始まる頃だ。
それに俺たちが消えて元の世界で家族や友人たちがてんやわんやしている事だろう。
「はい、私には確認できませんがこちらの時の流れとあなた方の世界の時の流れは同じだと2つの世界を往き来するバーゼル様は仰っておりました」
おまけにこういう異世界転移にありがちな時間のズレというやつも無いらしい。
それを考えると俺は頭を抱えたくなってくる。
「……ああ、全然勉強してねえな」
俺は普段から勉強をするタイプでは無い。
直前に詰め込むタイプだ。
もし今すぐ期末試験を受けろと言われたら赤点をいくつ叩きだすか分からなかった。




