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第30話 王者の拳

モイネロは背中に生えた黒い翼を広げ牙と爪を全開にし身構えた。

その双眸からは赤い涙が滔々と溢れ出る。


コフィンは金属製の手甲を装着し終えると左右の拳を握りしめ軽く前後左右にステップを踏む。

準備の為にかジャブを一つ、二つ空に向けて打つがその高速の拳の軌道は肉眼では追えない。


死闘の予感にジェド兵士たちは負傷した仲間たちを介抱しながら固唾を呑んで見守った。


血の涙を流しながら翼を広げ漆黒の筋肉を身にまとわせたモイネロは魔物らしく四肢を地に伏せ突撃の態勢をとった。

コウモリのようなその姿で収縮した筋肉がギシギシと音を立てる。

見下したような冷たい笑みを浮かべモイネロは吠えるように問いかける。


「ほう……武闘家か?モンクか?相当訓練を積んだんだろうなあ〜だがな、そんな人間の努力なんて嘲笑うかのようによお……魔族のポテンシャルは遥かに人間を凌駕してんだよ!」


コフィンはその圧に動じることなく拳を構え淡々とステップを踏み続ける。


「……俺たちは情報が欲しいだけだ。質問に答えるなら戦闘にはならない。さっきの話の覆面とやらは何者だ?魔軍の一員か?名前は?どんな能力を持つ?お前との関係は?」


「ハッ!知りたきゃ力づくできなぁ!」


地を蹴りモイネロがコフィンへと飛びかかる。

肥大化したモイネロの身長は3メートル程に増大していたがまるで飛ぶ鳥のような速度だった。

その爪が軽装備のコフィンに命中するかと思われた瞬間、僅かに身を捩っただけでその攻撃を躱し更には左ジャブをモイネロの顎へと食らわせた。


よろめくモイネロの鼻からは僅かに血が流れるがコフィンは慢心せず一定の距離をとり離れてステップを踏み続ける。


「くく……油断したぜ。やるじゃねえか。変わった動きだなてめえ」


思わぬ反撃に多少の驚きを見せながらもモイネロは血を拭い余裕の態度を崩さない。


「……そうか、拳闘ボクシングらしき競技はこちらにもあるがそれ程体系化されていなかったな。言っても分からないだろうが教えといてやる。俺はポールズ・S・コフィン。元ボクシング世界ヘビー級チャンピオンだ。あっち・・・の世界のな。幾人もの勇敢な好敵手たちをマットに沈めこっちの世界でも何体もの魔物たちを素手で葬ってきた」


ポールズ・S・コフィン。

元の世界では最強ボクサーの一角とまで言われた元ヘビー級チャンピオンである。

魔物との戦闘経験も豊富なジェドでも屈指の凄腕かつクレバーな戦士であった。


「洗練された俺の拳闘ボクシングはお前の動きをすでに見切っている。どれだけ速く突っ込んでこようがムダだ」


「ふん、よくわかんねえな。お前がウサギのようにぴょんぴょん跳ねまわるのがお好きだってことは分かったぜ」


ミシミシ、と小さな音を立ててモイネロの脚の筋肉が更に肥大化する。

コフィンは敵をじっと見つめながら冷静に分析を下す。


「稚拙な挑発だな……すぐ終わらせてやるコウモリ男」


「やってみろ!ウサギ野郎!」


モイネロが筋を収縮させ再びコフィンへと飛びかかる。

先ほどより速い。


「もう一度言ってやる……ポテンシャルがちげえんだよ!」


しかし目にも止まらないその突撃はコフィンにあっさりかわされ、逆に拳の反撃を受ける。

──ジャブ、ストレート、フック、アッパー

特別製の鋼の拳がモイネロの顎や頬、テンプルや脇腹へと次々と突き刺さった。


「ぐっ!ゴッ!ガッ!」


特別製の鋼鉄にヘビー級チャンピオンの拳。

更に魔力もこもっている。

魔物と化したモイネロにもコフィンの拳撃は通っているようだった。

なす術もなくもモイネロは向かっていくたびにコフィンの拳を食らっていった。


「ぐぅっ!ぐごご!」


「どうした?もうやめておくかモイネロ。随分と苦しそうだな。これが人の編み出した最強の格闘技……拳闘ボクシングだ。人間も捨てたものじゃないだろ?」


ラッシュを続けながらコフィンはモイネロに降伏を勧告するがそれは敵を怒らせるだけの行為だった。

人間を超えた、という自負がモイネロに降伏という選択を許さなかった。


「……くっククク!なめるな!クソ野郎っ!」


モイネロは大きく後ろに飛び跳ねコフィンから距離をとると懐より取り出した注射器を自分の首筋に注射する。そして皮膚の色が赤黒くなり爪や牙が更に伸びた。

コフィンは息を長く吐いてモイネロの攻撃に備える。


「ドーピングか……くだらないな、モイネロ。唾棄すべき愚策だ」


「ブッゴオォォォォォ‼︎」


着地態勢を考えないスピードでモイネロがコフィンへと飛びかかった。

何万何千という高速の拳を見極めてきた元チャンピオンの目がモイネロの動きをじっと見据える。


「お前の攻撃は」


紙一重でモイネロの爪を躱しコフィンの左拳が伸びる。


「真っ直ぐすぎるんだ」


コフィンの拳がモイネロの鼻を音を立てて砕きよろめく。

その一瞬の隙にコフィンの右拳に風の魔力が集まりやがて突き出された拳と共に解放された。


「もう眠れ!ハリケーンナックル‼︎」


モイネロの鳩尾に風の魔力の乗った右拳が突き刺さった。

鈍器がぶつかったような音が響きモイネロは後方へと転がるように吹っ飛び建物の壁を突き破ると階下へと転がり落ちる。


慌ててジェド兵士たちはモイネロの身柄を追った。

取り逃がしては大変だ。


「おっと、いけない」


コフィンも慌てて後を追う。

モイネロは建物の外で瓦礫の山に頭を突っ込み気を失っていた。


「……ようやく大人しくなったな。身柄を確保して本部へ連れていけ」


コフィンは手甲を外しながら部下たちに指示を出し息を整えた。

一撃でも食らえばそこに倒れていたのは逆だっただろう。

コフィンは傷一つ負ってはいないが実際には紙一重の闘いだった。











「はい、キャリーちゃんダウト!」


「……あうう一回休みなのです」


俺たちは昼飯を終えた昼下がり、この世界オリジナルの双六ゲームに興じていた。

レトロゲームだがこちらにはスマホやPSがない分なかなか凝っていて面白い。


「よし次は俺の番だな。ダイヤが出れば役が出来るんだが……おっ」


『オークキングと遭遇。戦闘開始』


モンスターや罠、他プレイヤーの妨害を躱し乗り越えながらアイテムを集め規定の役を作るという双六やカードゲームなどを合わせたような遊びだ。


「よし、もっかい振るぜ」


このゲームではオークキングは強い部類のモンスターだ。

3つのサイコロを振って10以上の目が出ないと負けという判定になりアイテム1つ没収されてしまう。

俺は掌の中でしっかり犀を転がしそして盆の上に投げる。

結果は……




──5、2、2



「……ぐああっ!」


場からみんなの笑い声が漏れる。

出目は合計9。ギリギリで俺の負けだ。

せっかく集めた手札の中から渋々任意の札を手放す。


「さあ次は私の番アル!」


「おう頑張れ頑張れチャイナ娘」


俺は負けが込んできているので自棄気味にフォンさんに声をかけてやる。


やがてフォンさんの掌からふわり、と白い犀が転がり落ちる。


『女神像にたどり着く。剣か花を持っていない場合は持ち金1000チップを支払うか犀を振って出た目のマスを戻る』


「……うーん、持ち金払うアル」


このゲームには持ち金という要素もある。

あればイベント消化に役立つしマスによってはアイテムを買うことも出来る。


「あー……いたい出費アル」


「ドンマイです。まだまだターン数はありますよ」


「それにしてもヤヨイさん遅いな」


今俺たちはヤヨイさん以外のメンバーでボードゲームで遊んでいる。


ヤヨイさんは先ほど自分が勇者の末裔であることを話してくれたがそのあとすぐにジェドの職員に呼び出されて何処かへ出かけて行った。

まだヤヨイさんのことについてはよく話してもらっていない。

こういうレクリエーションで彼女と一度遊んでみたかったんだが。


「ヤヨイさんはいろいろと忙しい人なのです」


「勇者だからいろいろな人に頼られるアル」


ここ数日の言動や表情から分かるがキャリーちゃんとフォンさんは本当にヤヨイさんが好きだ。慕っているのが伝わる。

そういうのも含めて話をしてみたかったんだが仕方ない。


まだこの時の俺はそんな呑気なことを考えていた。


「また今度ボールでも蹴ってみようぜ。サッカーって言うんだけど」


「草薙さん、サッカー部でしたね」


「ああ、将来の日本代表だ」


糸井さんはそんな俺の軽口に苦笑する。

うーむ、半分は本気なんだか。

向こうのポピュラーな競技であることを説明すると2人とも嬉しそうな笑みを見せてくれた。


「はい、です」


「楽しみアル」











さらさらと流水の音が河原の岩にしみ入る。

鬱蒼と生い茂った樹々に昼の日が川面に反射して艶々と輝く。

動く生き物と言えば小鳥が数匹飛び回り川魚が跳ねているだけであったが砂利を踏みしめる足音が聞こえてくると小鳥たちが逃げ出した。


足音の主はとある一帯に差し掛かると足を止め懐から細い笛を取り出し吹き始めた。

人間の聴覚では聴こえない音らしい。


濡れ羽色の髪を肩まで伸ばしたその顔立ちの整った少女はやがて笛を吹き止め空を見上げる。

するとバサバサ、と羽音がしたかと思うと一匹の鷹が少女の肩に止まった。


紫電しでん、久しぶりですね。元気にしてましたか?」


その鷹の頬を優しい笑みで撫でる少女は勇者の末裔、ヤヨイだった。


「魔軍が攻めてくるかもしれない」という現状を勇者の里に知らせて欲しいというジェドからの依頼で手紙をしたため愛鳥紫電にそれを送ってもらうところであった。


「ひと月に一回は手紙を送れ、とおじいちゃんに言われてますが……忙しくて先月は不精をしてしまいました。その上にこんな手紙です。申し訳ないですね」


暫くして愛鳥への愛撫を止めると手紙を取り出し紫電の足へと括り付ける。

この愛鳥は2年前に故郷を後にして以来家族との連絡を繋いでくれてきた。


「では頼みましたよ。紫電。おじいちゃんによろしく」


ひとときの憩いを名残惜しむように紫電はヤヨイの頬に顔を寄せるとやがて大空に向かって飛び立っていった。


「……なかなか帰れなくてごめんなさい。おじいちゃん」


少女は空を羽ばたく紫電を見つめながら故郷の空にも密かに想いを寄せた。

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