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第29話 血涙のモイネロ

セタランナは王都だけありこの大陸では比較的治安の良い街である。

しかしどのような街や世界にもはぐれ者やならず者と言われる人間は一定数存在し、このセタランナの街もご多聞に漏れない。


王都のマフィア街と言われる裏通りでは今朝から武装した兵士が数百人単位で一帯を封鎖しマフィアのアジトらしき建物数軒に出入りしている。

ヤヨイや草薙たちの報告を受けたジェド私設軍によるいわゆる手入れである。

魔物を巻物スクロールの中に取り込んで任意の相手と戦わせるという技術は非常に珍しいものでまだまだ一般には普及していない。

そしてフォンを襲いヤヨイに斬られた「ブロスタイガー」はそこそこ上級のB−評価(武装した兵士数人で退治推奨)の魔物であり、入手経路などを調査する必要があると判断したハリーによる捜査が行われていた。


セタランナの強大なマフィアの一つであるモイネロファミリーのアジトの一室ではマフィアの幹部連中の冷たい視線を受けながら兵士達が戸棚や金庫などを漁っていた。

手続き上の書類は揃っていたのとジェド兵士の強さを知っているモイネロファミリーは多少の揉み合いはあったが渋々と手入れの命令には従っている。


「……また白い粉です」


モイネロファミリーの金庫を探っていた兵士が上官と思しき男に見えるように包み紙を差し出す。


「たんまり稼いでいるようだな、モイネロ」


上官の男がギロリとソファーに腰掛けた男を睨むが涼しい顔でモイネロと呼ばれた男は葉巻を吹かし続けていた。

シャツの捲れた腕には派手なタトゥーが見える。

この裏通り一帯を取り仕切るマフィアの組長「血涙のモイネロ」だ。

筋骨隆々とした浅黒い肌のこの男は飄々としているが、粛清や決闘時には血の涙を流しながら戦う異様なその姿への恐れから二つ名が名付けられた。


「ええ、おかげさんでね。気に入らねえなら持って帰ってくんな」


違法薬物の現物を押さえられながら些かの感情もおくびに出さないのはこの男がマフィアの親玉らしい肝っ玉の持ち主ということもあるが、現行犯逮捕はありえないと読み切っているからでもあった。

今この場で大マフィアの組長モイネロを逮捕すればその瞬間にマフィアとジェド私設兵団との戦闘が始まる。

それだけではない、モイネロ逮捕後は裏通りのバランスが崩れマフィア同士の抗争が勃発するかもしれない。

ジェドとしてもその事態は避けたいところであった。

その上官と思しき男、コフィンはふてぶてしく振舞うモイネロや幹部たちを刺すような視線で見渡しながら口を開く。


「押収した粉はもちろん預かっていく。だが我々が探しているのはこんなものではないのだ。分かっているだろう?近頃妙な魔道具を使っているらしいな、お前ら。回りくどいことはなしだ。その魔道具はどこから手に入れた?どこにある?」


30年前の改革以来、犯罪への法整備は進んだ。

麻薬の所持や売買はこの国でも厳罰に処される。

しかし今回ジェド兵士たちが探しているものは麻薬やマフィア幹部の犯罪の証拠ではなく、魔軍との繋がりとその情報であった。

モイネロファミリーは近ごろ抗争の際に何やら妙な武器を使っているらしいとの多くの垂れ込みが上がってきていた。


コフィンはモイネロたちの顔を見つめながら強く、しかし刺激しないような口調で問いかけ続ける。


「ここ数年、お前たちが勢力を伸ばしているのは魔軍との密約や取引によるものが大きいとの調査報告があがっている。知っていることを話せ。人の道を踏み外すのは勝手だが人類・・は裏切るな」


コフィンが一層眼光鋭く睨みつけるとモイネロは紫煙を吐き出しながらニヤリと笑みを浮かべた。

まるで挑発するような笑みだったがコフィンは切れそうな部下たちを押しとどめ黙ってモイネロの発言を待つ。


やがてモイネロはソファーに置いた足を組み替えコフィンの目を見据え話し始めた。


「……俺ぁな、今では『赤涙のモイネロ』なんて渾名でこの一帯を仕切っちゃいるが元々スラム街で日々セコイ犯罪で食い繋ぐそこら辺によくいる野良犬のようなガキだった」


微笑を浮かべ己の過去を語りだすマフィアの親玉にジェド兵士の1人はうんざりしたような視線を向けた。


「おい、昔語りか?悪いがそんなものに付き合うほど酔狂でも暇でもないんだぞ」


「いい。続けてくれモイネロ」


コフィンは部下を制しモイネロの話の続きを促す。

短気な自分の部下にモイネロの部下が反応して何やら懐から取り出そうとする気配すら感じた。


モイネロは笑みを貼り付けたまま傷だらけの自分の頬を撫で再び話を始める。


「……腕っぷしは強かった。10にもならないうちにケンカで何人かは殺したな。18の頃には悪ガキどもを集めてちょっとしたグループみたいなものをつくってたかな。ただそんなヤツはスラム街に山ほどいる。今から思えば増長していたんだな」


モイネロはじっと聞き入るコフィンに葉巻を一本差し出すが彼は首を横に振って固辞する。


モイネロが葉巻を咥えると横に座る彼の部下がすかさず火をつけ再び紫煙を燻らせ始めた。


「ある日俺は当時のスラム街を仕切っていたマフィアの幹部に依頼を受けた。とある貴族の馬車を襲えという話だった。金品を奪えなんて仕事じゃねえ、乗っている奴をさらってこいって話だった。なにやらカジノでトラブルがあったらしい。懇意にしてた間柄だったし大物ヤクザとパイプを作りのし上がるいい機会だ。俺は二つ返事で引き受けたね。当時の部下たちもこの手の荒事を好む連中で早速仕事に取りかかったよ」


部下が持ってきた紅いワインで喉を潤しモイネロはジェド兵士の方に笑いかける。

兵士の1人が舌打ちするがモイネロはますます面白そうにしながら話を続ける。


「襲撃は成功した。カジノで無礼を働いた・・・・・・とかいう目当ての坊ちゃんも回収した。問題は……その身柄と金品を交換するために依頼主と約束の場所で会ったときだった」


じっとモイネロは面白いものでも見るかのようにコフィンの顔を見つめる。

表情をピクリとも動かさないコフィンに飽きたのかそれでも笑みをますます濃くしながらモイネロは紫煙を燻らす。


「簀巻きにした坊ちゃんを手渡し金貨の詰まった袋を受け取った後だ。幹部の男は笑いながらこう言ったよ。『お前のことは信用しているが喋られると厄介だ。死人に口なしって言うだろう?じゃあなモイネロ』……そして男が指を鳴らすと俺たちに向かって何処からか一斉に矢が雨あられと飛んできたよ。俺を含め当時いた部下たちも全員死んだ。あっけなくな」


ジェド兵士の1人が呆れを、或いは怒りを滲ませた顔でモイネロを睨みつけた。

ならなぜお前はそこにそうして座っている?


「……お前はいったい何を言ってる?与太話はもうたくさんだ!」


「いい。続けろモイネロ」


再び制止するコフィンに視線を向けながらモイネロは話し続ける。


「薄れゆく意識の中で俺は悔いたね。己の迂闊さに。容易にマフィアなんてものを信じたことを。まあ俺もそうだが。高い授業料だったな。しかし得るものも大きかった」


モイネロはグビリとワインを飲み干しグラスを置く。

そして口を拭い鼻をかんだ。


「次に気がつくと俺は大きな台の上に乗せられていた。手術台とかいうやつだろうか。寒かったなああの時は。そして傍にいる覆面をした何者かに気づいた。すぐに察したよ。こいつらが俺の身体を弄ったんだな、と。身体からは何やら得体の知れない力が沸き起こっていた……そして俺は湧き上がる暴力衝動を抑えきれずその覆面に襲いかかったよ、軽率にもな」


苦笑交じりにモイネロは手を振りながら語り続ける。

じっとジェド兵士たちは彼の話に耳を傾けていた。


「しかし飛びついた瞬間に俺の身体からあれほどあった力が抜け立つことすらできなくなった。理解したね、俺の身体は何か・・に作り変えられ覆面に従うしかない、と。ま、力が手に入るならそんなに悪くない。それが5年ほど前の話か。俺はそれから俺と部下を殺したヤツらを殲滅してこの裏通りを牛耳った。それがオレだ」


モイネロの話は終わったようだった。

ジェド兵士の反応は様々だったがコフィンが口を開く。


「……つまりお前はすでに人間をやめている、ということか?」


コフィンはニヤつくモイネロをじっと観察する。

見たところ容貌は人間と変わらない。

マフィアらしい容貌ではあるが著しくおかしい点はない。

部下と目配せしてとりあえずの方針を定めたコフィンは再びモイネロと向き合う。


「同行して貰おうかモイネロ。今の話は気になる。情報が欲しい。協力してくれれば悪いようにはしな……」


何か肉を齧る音が聴こえてくる。

そこには鋭い牙を伸ばし己の部下に頭から齧りつくモイネロの姿があった。

口が裂け赤黒いその瞳はもはや人間のものではなかった。

残りの彼の部下もマフィアとはいえ戸惑いながら場から逃走を始めていた。


「モイネロ!何をしている!止めろ!」


目の前の信じられない光景にコフィンが大声で怒鳴りつけるがモイネロは食事・・をやめない。やめようとしない。

貪る音と小さな悲鳴が部屋にこだまする。


「……何って、食事さ。戦るんだろ?腹ごしらえさ。ありがとうなブル。俺の糧となってくれや」


血の涙を流しながらモイネロは食事を続ける。

もはやこの男の精神性は理解できない。会話が成立していることが逆に恐ろしかった。


「手向かわないなら戦闘にならないし、違法薬物の売買と今の殺人は不問にしてやる!我々に協力しろ!モイネロ!話を聞く限りでは魔軍に恨みがあるはずだろう?」


更にコフィンは説得を続けるがモイネロは咀嚼を続けながら鼻で笑う。


「……むしろ俺はこの身体を与えてくれた事に感謝しているね。わからないだろうがな。そして……」


モイネロは残り半分になった部下の身体を床に捨てるように手放すとジェド兵士たちに向き合った。


お前ら人間・・・・・は魔族には勝てない……!負ける方につく気は無いんでな。お前らを殺してズラからせてもらおうか。おっと道を開けるなら命は保証してやるぜ」


真っ赤に染まった顔と牙が剥き出しになった大きな口で嗤う。

筋肉も肥大化しその風貌はもはや人間ではなかった。


「ふざけるな!」


「なめるな!モイネロ!」


ジェド兵士達が各々手にした剣や槍でモイネロに向かって突進する。

しかしモイネロは刀槍のことごとくを躱しまた素手ではじきその鋭い牙と爪で兵士達の首筋を刈っていった。


「グアアアアアアア‼︎」


「ブグァ‼︎」


向かっていった兵士たちは鮮血の嵐をつくり次々と斃れていく。

血に塗れた手を舐めながらモイネロは死体を見つめ鼻を鳴らした。


「ちょっと撫でただけでこのザマだ……こんなに強くて美しい俺でさえ魔軍の幹部になれやしねえ。わかるだろ?もう一度いう。人間は魔族には勝てん!」


モイネロは己の強さを誇り暗に道を開ける降伏勧告を発する。

しかし立ち竦む兵士達の肩に手を掛け前に歩み出る者がいた。


「下がってろ……俺が相手をしてやる。随分とナルシストだな、モイネロ。すぐに黙らせてやる」


淡く光る手甲を装着しながらコフィンがモイネロの前に出た。


嘲笑うようにコフィンを見るとモイネロは口の血を拭い構える。


「ははっ!おもしれえ!徒手で俺の相手をする気か?うまいメシが食えそうだな!」

新年明けましておめでとうございます。

早々に血生臭いお話でごめんなさい。

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