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第27話 ヘンリー王

「夏光金草燦々と照り……彩雲悠々と漂う……郭公また久しからんや」


「まあ、お上手ですわ!陛下」


昼下がりの午後、王城のとある庭で詩を詠む男女の声が夏風にのって聞こえてくる。

木陰に座った女は男の読む詩に手を叩き笑顔で囃し立てる。

詩を読む男の白い礼服や僅かに身につけた装飾品を見ればやんごとない身分のものだと見る者が見れば気付くことができる。


「……いやあ、駄文だな……やはり私には詩才がない。次は歌でも作ろうか」


「そんなことはございませんわ。ですがそう思し召されるならば陛下の御心のままに」


「ふむ。ようし、誰ぞ、琴を持て」


男はぱんぱん、と両手を合わせて叩くと短く用命する。


彼の名はヘンリー・L・ルブジネット。

現在のトバイケル皇帝である。


侍従が持ってきた琴を受け取りヘンリーは横の女に満足そうに笑いかける。


「……さあ、レインよ。一緒に歌を作ろうではないか」


「はい、陛下」


「ここでは陛下と呼ばずともよい。ヘンリーと呼べ」


「わかりました、ヘンリー様」


彼は幼い頃より帝位に就き、ほぼ政務らしきことは行わずこうして毎日お気に入りの侍女と詩歌や絵画を楽しみ遊んでいた。

その実態はいわゆるお飾りの皇帝というものであった。


しばらく琴で遊んでいたところ、伝令を届けに侍従がヘンリーの元に近づいてきた。

ヘンリー王に跪き侍従は伝言を届ける。


「……お休みのところ申し訳ありません。陛下。先ほどバーゼル殿が登城され、これより重大な事案について会議を開かれるそうです。陛下にも御臨席賜りたいとのことですのでどうかご容赦を」


恭しく用件を伝える侍従にヘンリーは眉をひそめる。

この場合の「御臨席」とはまさにその場に座っているだけ、という意味だ。

いかに重要案件であってもヘンリーの一存で決まった案件は過去一度もなく、ほぼ彼に発言の機会などない。

ヘンリーにとって政務、ましてや会議など退屈極まりない鬱陶しい雑事そのものであった。

当然いい顔など出来ようはずがない。


「……常々言っておろう。そのような議案は方針や方策が完成してから余の元にもってこい、とな。発言の機が無い余が会議に出席する意味などないわ」


心底嫌そうにヘンリーは侍従を睨む。

目の前の男が悪い訳ではないと分かっていながらもやはりこうして当たってしまう。

それほどにヘンリーは政務や会議というものに嫌気がさしていた。


侍従は更に深々と頭を下げ願うように頼み込む。


「……お気持ちは察します。ですが、今回の議題は『魔軍』に関する議題で国防に関する緊急の裁可が必要になることから陛下の御臨席を賜りたい、と全ての高官たちが言っておりました。どうか、どうかお聞き届けくださいませ……」


侍従のその必死な様子を見てヘンリーはため息をつく。

このまま手ぶらで返せばこの男は大目玉を食らうのだろう。


ヘンリーは心底嫌そうに頭を振りながら、覚悟を決めたように立ち上がる。


「すまないな、レイン。今日はここまでだ。明日は絵でも描こう」


「やはりヘンリー様はお優しいですわ。楽しみに待っております」


レインの柔らかい笑みに見送られヘンリー王はその庭を後にする。











「本日はお休みのところ、御臨席賜り誠に感謝致します」


「おお、陛下。御身健やかならんことを」


案内された重臣たちが集っているという会議室に到着したヘンリーに臣たちは異口同音に恭しく挨拶を述べてくる。

政務の場に滅多に姿を現さないヘンリーを久々に目にした者もいる。


苛立ちを隠しながらヘンリーは1番奥の高い席に座ると第一声を発した。


「では始めよ。議題は魔軍への防衛対策と聞いておる。揉めることなく粛々と進めよ」


はっ、と一同から短く確かな返事がくる。


この円形のテーブルに出席している重臣は5名。

まずはヘンリーの1番近くに座る鷲鼻の初老の男はリンデン・オールディー宰相。

もはや数少ない公爵家の権威でこの中では1番格式が高いと言える。


次にヘンリーの左に座るのはブライアン・バーゼル。

ストレンジャーのリーダーであり、革命を成し遂げた男。

「ジェド」という組織を創設し私兵まで持っていることからその発言力は宰相並みに強い。


そして頬に大きな切り傷をもつメイナード・レッサー統合幕僚長。

数々の戦場を生き延びた生ける伝説と呼ばれるこの男はトバイケル軍の軍務・軍政の全てを束ねる。


ロイド・ウッドホール内務大臣。

風見鶏と呼ばれる中肉中背の壮年のこの男は饒舌で力の流れを読むことに長ける。


ネイサン・キャンベル秘書長官。

物静かな長髪のこの男は政務書記の管理を手がける。


……全員が全員、ヘンリーの苦手な男たちばかりであった。


「陛下のお心遣い感謝します。では会議を始めさせていただきます」


ネイサン・キャンベルの言葉でヘンリーにとって長く退屈なその会議は始まった。

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