第21話 勇者伝説
私はそのお爺さんをじっと見つめ観察する。
白いローブに年相応に肉の落ちた身体。
左腕は無く顔には大きな切り傷も見える。
険のあるようにもみえる表情だが出来る限り柔和であろうとしていることも伝わる。
私の誘拐を計画したらしい人。
いったいどういう人なんだろう?
「はじめまして、だな。私はサイモンと言う。そこの3人の娘の義父でありあなたをここへ連れてくるよう指示した者だ。まだ納得いってないだろう?私からも状況を説明させてもらおう」
そう言ってサイモンと名乗ったそのお爺さんは私の正面に腰を下ろす。
私はその異様な雰囲気に若干呆気に取られ何も言うことが思い浮かばなかった。
「まずは断っておくがここに居る私は『精神体』と言われる本体とは別のいわば分身だ。本体はとても歩き回れる身体ではないのでな。まあこの精神体は座る必要も人間らしく振舞う必要もないんだが貴女が落ち着きやすいよう人間らしいリアクションをとらせてもらう。では話をはじめようか」
どうやらお爺さんの本体ってやつは別のところに居て目の前のお爺さんは精神体という分身であるらしい。いよいよ神秘じみてる。
一応はここまでの説明に納得した私は黙って頷き話の先を促す。
「ふむ、良い子だ……では少し長くなるぞ。良いな」
それからそのサイモンと名乗るお爺さんの語る昔話は私の予想以上にスケールの大きいものだった。
──約2000年前、ここユグドラルでは今と同じように人族やエルフ、獣人族、オーク、ドワーフなど多くの種族が小さな国家を創りそれぞれの地域で穏やかに暮らしていた。
しかしある日、天から巨大な龍の姿をした魔王が降り立つ。
魔王は大いに荒れ狂いこのユグドラルの代表的な2つの大陸に住んでいた者を思いのままに虐殺した。
魔王は100と6の月日の間暴れまわり数億に上る者がその犠牲になったという。
仲が良いとは言えなかった人類や他の種族もこの時ばかりは手を取り合い魔王に立ち向かったが魔王の力は強大で何度も人類側の軍は敗れ敗走を重ねた。
もはや人類に為す術なしと思われた、その時だった。
天から神々しい光と共に赤い金色に光り輝く鎧を纏った勇壮なる戦士が降り立ち魔王の前に立ちはだかると手にした剣で一刀両断にし、それを沈めたという……
「……それがユグドラルの『勇者伝説』の始まりだ。ここまではいいかね?」
わかりやすい話だ。ここまでは私にも理解できる。
コクリと頷き先を促す。
「では先を進めようか」
──こうして恐怖の魔王を退け多くの傷を残したがユグドラルには平和が訪れた。
しかし勇者が燃やし溶かしつくした筈の魔王の残骸である頚椎とみられる骨の一部が魔王を神として信奉する者、あるいは研究者の手によって持ち去られ行方が分からなくなっていた。
不気味ではあるが狂信者のやる事など放っておいてもいい。多くの人はそう考え放置していた。
……しかしそう思っていたのは間違いだった。
魔王を勇者が滅してから約1000年後、密かに魔王の頚椎を隠し持ち研究を続ける者たちの手によって魔王が復活する。
ユグドラルは再び恐怖のどん底に叩き落とされた。
再び暴れまわった魔王は今度はひと月で1億ほどの弑虐を行った。
しかし、今度もユグドラルの女神は人類を見放さなかった。
再び2人目の勇者をここユグドラルに遣わし初代勇者の末裔と共に魔王を葬り去ったという。
これが勇者伝説第2章である──
「じゃ、じゃあ……」
呆気に取られ話を聞いていた私は気がつくと冷や汗をかいていた。
「そうだ。ユグドラルの女神はこの地に魔王という危機が訪れる度に勇者という奇跡を遣わされる。今回もそうだ。3人目の勇者、それがあなた……『ナツキエイコ』なのだ」
そう言ってお爺さんは私の目を見据える。
壮大で圧倒的なスケールのお話だった。
少しの沈黙の後、私は息を吸い込み精一杯叫ぶ。
「ムリ‼︎ムリっス‼︎私が龍退治の勇者なわけがないっス‼︎無理‼︎む〜り〜‼︎」
立ち上がって叫んだ私の咆哮は夜の森へと木霊した。
◇
−−約30年前 ルルーブ歴751年8の月 王都ヴェトコン 儀礼の広間
「くらえっ!サンダーブレイク!」
ハリーが呪文の詠唱を終え、両手に持った二本のコンバットナイフを交差させると今や邪竜と化したエドワードに向かって雷で出来た魔力の刃を飛ばす。
「ガアアアアアアアア!」
しかし邪竜の3つの目はその攻撃を見逃さず、口からの豪炎でそれをかき消す。
その隙に魔王の死角へと回り込んだ兄弟剣士が自らの刀へと全力の魔力を込め息を合わせて邪竜へと飛び込む。
「ウオオオオ!いくぞ!ギン!」
「兄上!私が合わせます!」
双方がそれぞれ違う方向から邪竜エドワードへの死角へと斬り込む。
「「襲龍双撃閃!」」
「ギリャアアアアアアアア!」
兄弟剣士は目にも止まらぬ速度で十字に交差するように飛び交う。
魔力の奔流で迸る兄弟の刃が邪竜の右後ろ足を吹き飛ばした。
バランスを崩した邪竜は地を転がりながら豪炎を吐き散らし石畳の床を破壊していく。
邪竜の反撃をかわした兄弟と入れ替わるように愛刀・鬼龍を握ったミユキが崩れた石畳を飛び交い、地を這う邪竜の喉元へと秘剣の一太刀を浴びせるべく歩みを進める。
「ゴオオオオオオオ!」
邪竜が転がりミユキを押しつぶすべく体当たりのように突進してきた。
しかしミユキは邪竜の体当たりを独特の巧みな歩法で躱し更に敵との距離を縮める。
──そして低い姿勢で下段からの一閃が放たれた
「氷の型……凍響!」
逆袈裟に斬り上げられたその斬撃は蒼白い一閃となり邪竜の皮膚を斬り裂き竜の悲鳴が轟く。
「ギャアアアアアアアアアアア⁉︎ガオオオオン……!」
鬼龍が邪竜の喉元を切り裂き赤黒い血が噴き出す。やがて噴き出た血液が凍りつき出来た傷口から邪竜の喉元が凍っていった。
それだけではない、凍った部分は傷口から次々と広がっていき邪竜の口部へと到達、その口を塞ぐと吐く炎を封じた。
「今だ!叩き込みな!まだかい⁉︎サイモン!」
ミユキの号令と共にブライアンが両手から邪竜に向けて全力の白い光弾を放ち、サイモンの足元に輝く魔法陣が展開される。
「もう少しです……!あと30……いや20秒ほどください……!」
サイモンがそう答えながら右手に掴んだ剣を顔の前に掲げ目を閉じる。
「ちっ……手間のかかる術式だね……!チャンスだってのに……」
魔王の実力は本来ならこんなものではない。
依代であるエドワードが深層意識で邪竜であることを拒んでいることと戸惑いのため未だ戦闘態勢に入っていないこと、おまけに不完全な形での復活であったために戦士たちは隙をつき攻撃を次々と仕掛けることができた。
今もブライアンの光弾、ハリーの雷の刃の嵐が邪竜に向かって吹き荒れその間隙をついて兄弟剣士の斬撃が今や邪竜と化した魔王エドワードを襲っている。
誰の目にも魔王討伐は目前と思われた。
──その時だった
「ぐっ!ぐあっ⁉︎」
「兄上!」
邪竜へと斬り込んでいたテツタロウの右腕が血風と共に宙へと吹き飛んだ。
「ぐはぁっ⁉︎」
「ギンッ‼︎」
そして同じく攻撃を仕掛けていたギンジロウが部屋の端の壁へとめり込む勢いで吹き飛ばされる。
「うああああああああああ‼︎」
「ハリー‼︎くそっ‼︎」
戦士たちが驚く暇もなく次はハリーの右足が吹き飛び床へと倒れこむ。
「何事だっ⁈おまけに邪竜がいない?くそっ‼︎どこへ消えた?」
戦士たちは急に闘っていたはずの敵の姿を見失っていた。
砂埃に蠢いていた邪竜の姿が見えないのだ。
敵から受けた反撃は丁度敵影を見失ってからだ。
──あれほど大きな質量の化物がどこへ消えたのだろうか
「くそぉっ‼︎出てきやがれ、魔王エドワードォォ!俺が相手してやるぜ!」
「ここだ……!」
ブライアンが怒りの咆哮を上げた瞬間、背後から狂王の声が聞こえた……
彼が振り向いた瞬間、腹に鋭い衝撃を受けたかと思うと高速でブライアンの身体が吹っ飛ぶ。
──チュドーーーーン‼︎
轟音を立てブライアンが衝突した部分の壁が崩れ辺りには砂埃が舞い上がった。
先ほどまでブライアンが立っていた場所に居たのは……
「くそっ……!邪竜の力と意識を我が物としたか……狂王め……!」
赤黒い皮膚と筋骨隆々とした身体を得て黒い魔力を放つ三つ目の怪物が二本の足で立っていた。
魔王エドワードのサイズは人間大にまで縮小しているが放つオーラはより禍々しく強力なものとなっていた。
より厄介なのは狂王の知性と狡猾さを取り戻したことであった。
凶々しい笑みを浮かべ魔王エドワードは戦士たちに人差し指を向ける。
「……ふう、慣れるといいものじゃなあ……魔王の身体というのも……さあ、どうした?愚か者ども。余を殺したいのだろう?相手をしてやるからかかってくるがよい!」




