第18話 迷子になったのはどっち?
ヤヨイさんがフォンさんを治療している間俺たちは雑談しながら待っていた。
通行人はちらほら居るがこの都は経済活動が活発らしくこの国の平日であるらしい今日はそれほど博物館を訪れる人は多くない。
数分くらいそうしていただろうか。
周りを見回し俺はふと重大な事に気づいてしまった。
思わず笑みが漏れる。
「フフフ……」
「……どうしました?草薙さん?」
「大丈夫ですか?顔が引きつってるのです?」
糸井さんとキャリーちゃんが怪訝そうに俺を見る。
そうだよな。さっきまでそこにいたんだもん。俺も驚いたわ。あいつは人の虚をつくのがうまい。いや天然モノだろうけど。
「エイコがいねえ……」
見えるところはぐるりと見渡してみたがあの小さいアホ毛女の姿は見当たらなかった。
エイコは気まぐれで無軌道に動き回ることがある。それとも何かに気を取られたか。
全く大した奴だ。異世界に来てもいつもと変わらず振る舞いやがる。
「大変!迷子でしょうか?あの、迷子センターはありますか?」
糸井さんがおろおろとしている。
一応あいつ高校生なんだが。
「大丈夫だ。あいつはたまにこういうことをやるが完全に迷子になったことはねえ。そこら辺探そうか」
「ごめんなさい……私が傷んだせいアルね……手分けして探すアル」
治療を終えたらしいフォンさんがヤヨイさんと一緒にベンチから立ち上がってこちらにやってきた。
「いやあいつが悪いんだ。すまないけど探すの手伝ってくれる?」
――――――――――
「ママどこっスかね?おうちはわかるっスか?」
「……わかんない」
「困ったっスねえ……」
那月瑛子はフォンの治療を待っている間ふと階段の下を見下ろし1人で泣いている女の子と目が合った。
勇者の身体能力に身を任せひょいと一階に飛び降りると女の子は驚いた顔をしていたが瑛子の元来の人懐こさに絆されたのかそのまま手を繋いではぐれた女の子の母親を一緒に探しはじめた。
それが3分ほど前のことであった。
2人はとりあえず女の子が母親と来た博物館の順路を逆に戻って歩いている。
来客は疎らに歩いているがなかなか母親は見つからなかった。
「……あっち。あっちの部屋も行ったの」
「うーん?個室っぽいけど入っても大丈夫っスかね〜?」
「あっち!ママがいそうなの!」
「わかった、わかったっス。いなかったら戻るっスよ?」
女の子が指差した先は博物館の順路から外れた廊下にある一室で何かを展示してあるとは思えなかったが早く早く、と促され瑛子は仕方なく外れの廊下を進んだ。
瑛子は部屋の前に立った時一瞬嫌な感じがしたが女の子の指差した部屋のドアノブに恐る恐る手をかける。
鍵は掛かっておらずガチャリ、とノブは周りあっさりとそのドアは開いた。
「ごめんくださーい……って誰もいませんっスよね。あれ、誰かいる?」
そこは落ち着いた造りの広い部屋であった。
見渡すと奥の方になにやら女の人らしい影が確認できた。
女は手にした楽器で小さく低い音楽を奏でているようで瑛子は引き寄せられるようにフラフラと音の方へと進んでいった。
「……すいません、この子のお母さんっスか……?」
女の子の手を引きながら後ろ向きに音楽を奏でる女の側に近づいた瑛子は恐る恐る尋ねる。
エメラルドのように碧く美しく長い髪を湛えたその女は演奏の手を止めゆっくりと振り向く。
その切れ長の目と陶磁器のように白い肌をした女は瑛子を見てにっこりとほほ笑むとその瞳を覗き込む。
この部屋に入ってきた時からだが瑛子はなんだか頭がぼうっとしてきた。
「いいえ。私はこの子の母親ではないわ」
そして後ろから女の子の声が聞こえる。
「騙してごめんなさい」
――――――――――
「……みつかんねえ。あのバカほんとどこいったんだ」
あれから来た道を引き返し探しているが瑛子は見つからない。かれこれ10分程は探し回っている。
すぐ見つかるだろうとタカを括っていたがそろそろ俺は焦り始めていた。
「どうしましょう?まさか誘拐でもされたんじゃ……」
糸井さんがおろおろとし始めた。
確かにやばいな。ここは日本じゃなく剣と魔法がある異世界だということを忘れていた。
時間が経つごとに不安は増すばかりだった。
「キャリーさん、基本的に禁則ですが緊急事態ですしナツキさまの私物を引き出して追跡する方法をとりませんか」
ヤヨイさんが追跡方針の転換を訴えた。
よくわからねえけど。
「……そうですね。クサナギさん、イトイさん、私は今からナツキさんの私物の1つをカードから取り出します。犬に匂いを覚えさせて追跡する為です。ご了承いただけますか?」
否応もなかった。
どうやら本人の許可なく預かってる荷物のカードを物質化し触れることは禁則らしいが選択の余地はない。
なんだか嫌な予感もしていた。
「では、マテリアライズ!そして犬召喚!」
キャリーちゃんは早速カードを一枚取り出しアイテム化すると巻物を開き犬も召喚した。
訓練された犬らしい。
キャリーちゃんが白い布を手にして犬の鼻先に差し出した。
……よりによってあのレオタードかよ
他の選択肢はなかったんですかね⁉︎
「さあポチ!匂いを嗅いでナツキさんを追跡するのです!」
ポチも思い切り嗅いでるし。
瑛子が見たら地面に転がりながら暴れそうな光景だ。あれで妙にデリケートなとこあるからなあいつ。
こんな状況だが俺は思わずため息をつき頭を抱える。
「ワン‼︎」
「よし!ポチが駆け出したのです。追うのです!」
俺たちはポチの駆ける方へと着いていく。
「迷いなく走るなポチは。一安心かな」
「ナツキさんの匂いを捕捉したことは間違いないのです。ポチは賢いので……おっとこんな通路あったのですね。行きますよみなさん」
ポチが順路を外れる廊下を曲がり人気の無い道を進んでいく。
来た時には気づかなかった。
俺たちが追いつくとポチが奥にある部屋のドアをガリガリとやっていた。
ここに瑛子がいるってことか。
「全く何を遊んでやがるんだあいつは?見つけたらちょっと強めに言ってやらないとな」
「……私も一言言いたいです」
糸井さんも安心したと同時に忸怩たる表情をしている。
うん、気持ちは分かる。同意見だ。
あのアホ毛女には少し教育が必要だ。
「まあまあ、皆さん。とりあえずドアを開けてみるのです」
そう言ってキャリーちゃんはドアを開けて中へと歩みを進めた。
「すいませーん……失礼しまーす」
キャリーちゃんは礼儀正しく挨拶する。
俺と糸井さんも続いて入室するが返事はない。薄暗く採光の悪い部屋だった。
返事は無かったが耳をすませると小さな音の音楽が聞こえてきて部屋の奥に目をやると演奏している人影がうっすらと見えた。
俺は虚をつかれ驚いた。
不気味な光景だ。
「……ちょっと怖かったです」
俺もだよ、糸井さん。
なんだろうあの人。
しかしキャリーちゃんは構わず奥の方に進んでいった。俺たちも恐る恐る後をついていく。
見た目の割に度胸あるなあこの子。この世界では普通のことなのか?
「あのう、すいません……きゃっ⁈」
音楽を奏でているのがどうやら女の人らしいとわかったころ、不意に前を歩いていたキャリーちゃんが小さな悲鳴をあげ後ろ向きに倒れこむ。
俺はキャリーちゃんが床に着く前に受け止めた。
みるとキャリーちゃんは目を回したように気を失っていた。
「おい!キャリーちゃん!どうした?大丈夫か⁉︎」
「キャァァァァ‼︎キャリーちゃん!大丈夫ですか⁈」
糸井さんが悲鳴をあげる。
−−−一体なにがあったんだ?
「大丈夫ですか⁈どうしました?」
悲鳴を聞いて俺たちの後方を歩いていたヤヨイさんとフォンさんが部屋に駆け込んできた。
ヤヨイさんが部屋の奥の女に気を払いながらキャリーちゃんの脈をとる。
「キャリーさんは眠らされているようです……迂闊でした。既に何者かに罠を張られていたようですね。貴方方はキャリーさんを連れてこの部屋からお逃げください。ごめんなさい。私の責任です……!」
ヤヨイさんはいつもの落ち着いた声でそう言ったが口調からどこか心の揺れは感じられた。
この状況にこの子なりに責任を感じているのだろうか。
しかし俺は簡単に引き下がる訳にはいかない。
3人で帰るんだ。元の世界に。
「エイコがいるはずなんだ……この部屋に」
俺が訴えるとヤヨイさんは奥の女にじっと強い視線をやる。
「彼女が何か知っているはずです。首筋の吹き矢は抜いておきました。ではキャリーさんはお任せしますよ」
「あ、ああ」
俺の返事を聞くとヤヨイさんは部屋の奥に歩みを進め女に近づいていく。
その間も女は演奏を止めなかった。
「貴方は何者です?こんなところで何をしているのですか?」
ヤヨイさんがあと数歩の距離まで近づくと女は演奏の手を止め、くるりと振り向いた。
その振り向いた顔は美しく碧色の長い髪は艶やかに揺れ穏やかな笑顔は状況に似つかわしいものではなかった。
「……ごめんなさいね。どうしても貴方の『鬼龍』を封じる必要があったの。だって貴方とってもお強いんですもの」
ヤヨイさんはピタリと歩みを止める。
−−−やはり計画性のある犯行だ
「ねえ、そうでしょ?『虎殺し』のヤヨイさん?」
女がそう言うと同時に部屋の何処かからヒュンと風切り音が鳴った。
◇
−−約30年前 ルルーブ歴751年8の月 王都ヴェトコン 儀礼の広間
後世の歴史書にはブライアン・バーゼルたちと狂王との闘いの詳細は記されていない。
ただ6名の戦士の名と「狂王と魔術師を討った」という事実が記録されているのみである。
なぜならこの闘いに目撃者はおらず、生き残った戦士も多くは語らなかったからである−−−−
狂王の咆哮が辺りに響き禍々しい魔力のオーラがその身体から迸る。
空間に歪んだように亀裂がはいるとそこから勢いよくわらわらと毒々しい形の生物が飛び出してきた。
それらの姿は一様でなく、骨ばかりでできたもの、角の生えたもの、筋骨隆々としたもの、大きなものから小さなものまで様々であった。
化け物は6人の戦士たちに向かって一斉に襲いかかる。
しかしスッと前に歩み出た2人の騎士が次々と手にした剣で化け物たちを薙ぎ払っていく。
彼らはミユキの息子たちであり勇者の血を引く者たちでもあった。
銀色の閃光が音もなく飛び交い数秒ほどで100匹近くはいた化け物たちが細切れの肉塊となりやがて白い煙となって雲散霧消した。
光の属性攻撃は魔を滅ぼす性質がある。
「……ほう、小手調べのつもりだったが思ったよりやりよるわ。だが下級悪魔の寄せ集めを倒しただけでいい気になるなよ?」
狂王が歪な笑みを浮かべながら楽しそうに嗤う。
『黒の書』の禁呪を覚え、贄を捧げ続けた彼は低級の悪魔なら自在に呼び出し操ることができた。
−−−その姿はまるで
「ふふふふふ……食いでがありそうですわ。奴らの絶望の顔を見るのが楽しみです……」
まるで豪華な皿を目の前にしたかのように傍のナラーティアが物欲しげにゴクリと喉を鳴らす。
「フハハハハ!生け捕りにせよ!ナラーティア!じっくりといたぶってくれようぞ!」
そして彼らは身に纏う魔のオーラを更に強める。
「フン!舐めんじゃないよ、気狂いどもが。テツ!ギン!あんたらはハリーと組んでナラーティアを殺りな!ブライアン!サイモン!私らは狂王を殺るよ!いいね⁉︎」
ミユキが刀を握る手に魔力のオーラを込めその刀身の光が淡く迸る。
「ご武運を。母上」
「5分で終わらせます」
「フン。こんなとこでくたばるんじゃないよ」
2人の兄弟はテツタロウとギンジロウという。
彼らは数々の魔族や魔物を葬ってきた手練れの戦士であった。
6人の戦士たちはそれぞれミユキの指示に従い二手に分かれ敵と向き合った。
「よし行くか。即席チームだがやるしかねえ。サイモン!長年付き従ったお前にしか分からない王の隙というものがあるだろう。お前は不意打ちを狙え」
「了解しました」
相談が終了せぬ間に黒いオーラを纏った狂王がブライアンとサイモンの間に疾風のように突っ込んできた。
2人は床を転がりその攻撃を躱すが避けた場所の石床が轟音を立てめり込んだ。
「ヒュー!間一髪だぜ!やはりなりかかっているな狂王!人間であるうちに殺してやるぜ」
戦士たちの懐に一瞬で飛び込み魔力を込めた蹴りで石畳を破壊した。
もはやエドワードは初老の男とは思えぬほどの膂力と魔力を手にしていた。
その形相は凄まじく怒りとも愉悦とも取れぬ様相を呈していた。
「グルゥ……!殺してやるぞ……!サイモン!ブライアン・バーゼル!余に刃向かったことを死ぬまで死ぬほど後悔させてくれる……!」
瓦礫と化した石畳の上に立つ狂王は掌を2人に向け黒い魔弾を放つ。
ブライアンはすかさず白い光弾で狂王の攻撃を相殺した。
−−−キィィィィン!
鈍い金属音が室内に鳴り響く。
狂王の背後に回り込んだミユキの斬撃が首筋に達する直前に虚空に現れた灰色の腕によって防がれたのである。
狂王は素早く振り返り魔力を込めた突きを放つが既にミユキの姿はそこに無い。
「ちょこまかと鬱陶しい……!気に入らぬ……!気に入らぬぞ!羽虫ども‼︎」
更に漆黒の色を強め狂王の纏うオーラが禍々しくなる。
狂王の一撃を難なく躱したミユキは2人に合流すると埃のついた膝をポンポンと払う。
「『鬼龍』でも斬れないとは厄介だね、あの腕は。ブライアン、私とあんたで飽和攻撃を仕掛けるよ。サイモン!狂王の隙を見つけたらアレを躊躇せず叩き込みな!」
ミユキの愛刀『鬼龍』には破邪の属性も込められている。
ミユキは鬼龍とともにこれまでに龍だけでなく強力な魔族も討ち滅ぼしてきた。
ミユキにしても目の前の狂王は今までになく強力な魔力を持つ相手であった。
「仕方無えな。出力を上げて正面から撃ち合うぜ!」
ブライアンの特殊甲冑の胸の辺りにはめられた鉱石が光る。
この甲冑はブライアンの精神に感応して出力が上がる。
「わかっております。エドワードは私が……」
サイモンが何かを言いかけた時狂王が咆哮を上げ黒い魔弾を放つ。
「何をこそこそやっておるかぁ!下郎ども!こっちを見よ!」
3人は魔弾を躱しそれぞれ違う方向へと飛び退る。
「うるせぇっ‼︎くらえっ!エドワードォォォォ‼︎」
ブライアンが正面から狂王に突っ込み魔力を込めた突きと蹴りを次々と狂王に浴びせる。
攻撃の一部はあの灰色の腕や狂王自身の防御によって防がれるが何発かは狂王の身体に突き刺さる。
このバトルスーツとも言える甲冑を着たブライアンの攻撃は鉄筋すらも一撃でへし折る。
「ヌッ……!ぐぬう……!おのれぇぇぇぇ!下郎ごときが……!」
「狂王!くたばりなっ‼︎」
ブライアンのラッシュに合わせミユキも狂王の死角から次々と斬撃を放つ。
しかしミユキの斬撃は虚空に現れた灰色の腕によってことごとく防がれ再び金属音が響く。
「おのれぇぇぇぇ‼︎謀反人どもぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎余の高貴な身体を傷つけおってぇぇぇぇ!」
狂王を護る灰色の腕は2本。
いくら防御能力が優秀だと言っても2人の飽和攻撃を防御するには限界があった−−−
ーーースパァァァァァァン!
心地の良い音を立てて憤怒に満ちた狂王の首が胴から分かたれ虚空へと踊るように舞い上がる。
首を失った胴から赤黒い血が噴き出した。
「エドワード……お前さんに稽古を付けてやったのは俺だったな」
床に転がり落ちた首が鮮血に染まる剣を持つ男の顔をギロリと睨みつける。
「おのれ……!おのれ‼︎サイモン……!」
10月中は忙しく月末まで創作活動が出来そうにありません。
一区切りついたらまた再開しますのでどうか気長にお待ちください。
捕捉説明として細かい設定や世界観の説明などは書くかもしれません。
読んでくださってる方いつもありがとうございます。




