第16話 虎VSチャイナ娘
ラグビー日本代表初戦勝利おめでとう
ルール知らなかったけど意外に面白いですね
俺たちは順番を待ち、村長さんが揃えてくれた書類で手続きすると漸く王都に入場できた。
眩いばかりに白い壁でできた整然と並び立った綺麗な建物群が目に飛び込んでくる。
俺はサッカーの海外遠征で外国の街並みを見ることは多かったがどれかというとやはり西欧州の街並みに近い雰囲気があった。
珍しい特徴としては色々な髪型や肌色をした多様な人種の人たちが忙しなく街を行き交っていることだ。俺たちの世界の常識からすれば珍しい。
日本の雑然とした街並みに見慣れた俺たちの目からすればここセタランナはとても美しく映えた。
「うわぁ……きれいな街ですねー……こんなところ初めてです」
「東京よりきれいっス‼︎」
女子2人は嬉しそうにセタランナの街並みを見つめる。
「約束の時間まではまだあります。先に昼ごはんを食べに行きましょうか」
「私は賛成です。そろそろお腹空いてきたのです」
ヤヨイさんの提案にキャリーちゃんが飛びつく。
俺たちはバーゼルさんがこの世界で作った会社の事務所の1つに向かうことになっていた。その会社は流通や不動産、金融などの他、ストレンジャーを支援する事業、例えば俺たちみたいなストレンジャーを元の世界に戻す手続きなんかもしているそうだ。「ジェド」という名の会社というかコンツェルンらしい。
もうすぐ帰れるとなれば名残惜しくなり少し観光していきたいと思うのが人情だ。それに今の所、俺たちの状況もこの世界の環境もそんなに悪くない。
俺たちも昼飯をとることに同意して多くの人が行き交う街の通りを歩き始めたときだった。
−−−ガッシャァァァーン‼︎
激しくガラスの割れる音が通りに響いた。
音のする方を見ると数軒先の飯屋らしい店から人間がガラス窓をぶち破って吹っ飛んでいる光景がそこにはあった。
「お前らヤクザ者に食わせるメシはねえアル!おとといきやがれアル‼︎」
女性のものらしい怒声とともに窓に空いた穴から同じようにもう1人吹っ飛ばされてきて通りの地面へと倒れこむ。2人とも折り重なるようにして目を回していた。
「テッメエェェェェェ!何しやがるこのメスガキィィィ!」
「うっせぇぇぇぇぇアル!いちゃもんつけてタダ飯喰らおうという根性がきにいらねーアル!おもてでやがれアル‼︎お前らみたいな社会のゴミはワタシが今ここで片付けてやるアル‼︎」
「上等だぁぁぁぁ!クソガキ‼︎裸にひん剥いてそこの噴水に縛り付けてやらあ!」
物騒な怒号が聞こえてきたかと思うとその店から数人の男と1人の女の子が通りに飛び出してきた。
通りの通行人も数名驚いて足を止める。
男たちの方は見るからに風体の悪い連中で堅気には見えない。先ほどのやり取りから察するにチンピラかなんかなんだろう。
女の子の方は黒髪ツインテールで赤いチャイナ服を着たおそらく俺たちくらいの歳の女の子だ。あの店の店員なんだろう。窓から男たちを放り投げたのはおそらくこの子だろうが男たちはそれぞれ武器を取り出し見構えている。流石に分が悪いんじゃないだろうか。
それに女の子相手に4人がかりは卑怯すぎる。俺は思わず喧嘩を止めようと割って入ろうとしかけたがヤヨイさんに手で遮られた。
「あれはフォンさんですね。知らない方ではありません。危なくなったら私がなんとか致しますのでクサナギさまも皆様もここでお待ちください」
凛とした声でそう言った。
そうこうしているうちに両者の闘いが始まろうとしていた。数名のギャラリーが遠巻きに両者を取り囲み見物の輪ができる。
女の子は中国拳法のような構えを見せ左前の半身になり拳を構える。男たち4人は短剣やナイフを取り出し今にも飛びかからんばかりの勢いだ。
「でもよお、危ないぜあの子。警察とかいないのかこの街には」
「街に警備兵はいますが間に合いませんね。ですが大丈夫です。フォンさんは……」
言い終わらないうちに短剣を持った男の1人が女の子に飛びかかった。
光る刃はしかし女の子の身体に届く前に男の手から地へと転がり落ちる。フォンさんの素早い蹴りによって撃ち落とされたのだった。
「ホアッ!チョー‼︎」
「グッ……!ぐあぁぁぁぁ‼︎」
フォンさんは短剣を取り落とした男の懐に飛び込むと股間に向かって素早く蹴りを放ち更に喉元へ突きを食らわせた。
男は悲鳴をあげて泡を吹き倒れこむ。
「てめっ……!ゆるさねえぞ!メスガキがぁっ‼︎」
残った3人の男が激昂し刃物を振りかざして一斉にフォンさんに襲いかかった。
「ホォーー‼︎アタァーーー‼︎」
しかし刃物は今度もフォンさんに届かない。
まずは1番先に突っ込んできた男の攻撃を躱すと頭を掴み跳び箱のように飛び越えそのまま掴んだ頭ごと別の1人に向かって投げ飛ばした。
残る1人の斬撃がフォンさんに迫るが素早く横転してそれを躱すとその勢いで足を引っ掛けて地面に男を転ばせた。
「ホアッ!」
「グホッ‼︎」
フォンさんは素早く転がりながら起き上がり転ばせた男の鳩尾にニードロップを食らわせ失神させた。
フォンさんの鮮やかな立ち回りにギャラリーからも歓声が上がり始める。
「いいぞーー!やっちまえ娘ッ子!かっこいいぞー!」
「街の害虫なんか退治しちまえー!」
能天気で無責任な掛け声である。
俺は聞いていてイラっとした。
こういう奴らは普段黙っている癖に安全な場所から小石を投げるのがお好きだ。子どもに任せてないでやりたきゃ自分でやれ。
「くそっ……!ふざけやがって!舐められたまま終われるかよ……!」
仲間を投げつけられた男がフラフラと立ち上がる。比較的ダメージが浅かったようだ。
「なんだまだやるアルか?お仲間連れて逃げてもいいアルよ?ただし今まで食った分の代金は置いてくアル!」
フォンさんが左の掌を相手に向け再び半身のフラミンゴのような構えをとる。
もはや態勢は決しただろう。強いなこの子。俺の助けなんて全然要らなかった。
「フォンさんは拳法の達人なのです。あれくらいの相手なら束になっても敵わないでしょう。ただ……あの男がこのまま逃げてくれれば良いのですが」
「相変わらずなのです。でも手荒いのです」
ヤヨイさんとキャリーちゃんがフォンさんの強さについて説明してくれる。
どうやら2人ともあの子とは顔見知りのようだ。
横を見ると瑛子と糸井さんも女の子の立ち回りに見とれていた。
「なるほど。まるで中国拳法みたいですね。カンフー映画みてるみたいでした」
「おお……なんとかリーみたいっスねえ」
なんだよなんとかリーって。適当だな。覚えとけよ。
しかし残った男が憤怒に満ちた表情で懐から巻物を取り出し呪文を唱えると巻物から激しい光の渦が発生し始めた。
野次馬たちがどよめき危険を察知したのかその大半が逃げ出した。
「あれは……なぜあんなものをあいつらが……皆さんもう少しお下がりください。危険ですので」
ヤヨイさんが俺たちに注意を喚起する。
そんなにやばいのかあれ。
「な、なにアルか⁉︎それは」
光の渦が晴れるとそこには一匹の大きな虎がいた。巻物による魔法だろうか?
虎は低い唸り声をあげ戦闘態勢に入っている。
「くっくっ……モイネロファミリーが娘1人に舐められっぱなしじゃやってらんねえんだよ!俺も大人げないと思うがなあ?こうなったら仕方無え!虎の餌にしてやるぜ!クソガキィィィィ‼︎」
男は怒りで我を忘れたような表情でフォンさんに向かって吠える。
虎をみた女の子は一瞬たじろぐが逃げようとはしなかった。
「……このっクズがっ‼︎きたねーアル!虎ごとお前もぷっ飛ばしてやるアル!」
「ふははは!威勢だけはいいな!じゃあ死ね!いけブロスタイガー!食い散らかせ!」
女の子は再び身構え虎に向き合う。
−−−無茶だ
「キャリーさん!あれを!」
「わかったのです!」
ヤヨイさんがキャリーちゃんに手を伸ばし何かを受け取ろうとしていた。
しかしそうしてる間に虎は女の子に向かって飛びかかった。
「くっ!見てられないっス!」
「おいっ!やめろエイコ!止まれ‼︎」
「瑛子さん!やめてください!」
なんと瑛子がこの騒乱に向かって駆け出した。
今の瑛子は素手だ。鎧も身につけていない。いくらなんでも無謀にみえた。糸井さんが悲鳴のような声をあげる。
「くそっ!なんであいつは無茶ばかりするんだ!」
俺は瑛子を止めようと全力で駆けるが一向に追いつけない。なんて速さだ……俺の本職サッカーなのに……
しかし瑛子と俺がそこに駆けつける前に虎はフォンさんに飛びかかりその身体を押し倒した。やはり虎相手なんて無理だったんだ……
もうダメだと思ったその時、黒い影が疾風のように俺と瑛子を一瞬で抜き去り駆け抜けた。
−−−シュラ……
黒い影は心地よい金属音のような音を立てると女の子に覆い被さった虎に飛び掛かる。
野生の本能で反応したのか虎が素早く振り向き標的を変え黒い影に向かって咆哮を発し牙を剥く。
その瞬間閃光のようなものが虎の首筋に奔りゴロンとその首が転がり落ちた。
首を失った虎はどう、と音を立てて真横に倒れこむ。
「……え、え⁉︎なにが……おれの虎が……」
「ヤヨイさん……⁉︎ヤヨイさんアルか⁉︎」
男は呆気にとられ腰を抜かし倒れた。一方の仰向けに倒れていた女の子は安心したような笑顔を浮かべる。
そこには淡く鈍い輝きを放つ刀を手にしたヤヨイさんが立っていた。
……今のはヤヨイさんがやったのか⁉︎
ヤヨイさんは刀を鞘に納めるとフォンさんを介抱し助け起こす。
「大きな怪我はないようですね。足は捻挫してます。治療魔法と応急処置はしておきますが念のためにお医者には行きましょう」
「だ、大丈夫アルよ、しかし良いもんがみれたアル!相変わらずの神業アルな!」
「……反省してください。無茶はいけませんよ。すぐに逃げるべきでした」
ヤヨイさんに肩を支えられながらフォンさんがこちらに歩いてきた。
「くそっ!まてっ!まだおわっちゃねえぞクソガキ!まてえっ!うわっ⁉︎うわぁぁぁぁ‼︎」
チンピラの男があきらめ悪く立ち上がりまだ女の子に挑もうとするが首のない先ほどまで虎だった物の出来たばかりの切り口から今頃になって血液が吹き出し男に向かって滝のような勢いで血の雨が降る。斬られてから遅れて血が噴き出したらしい。
ヤヨイさんの剣筋が文字通り神業だったということだろうか。
精神的なショックで男はその場で失神してしまった。
「……ヤヨイさんげきつよメイドさんだったんスね……」
「……イタズラしちゃだめだぞエイコ」
「し、しないっスよ!センパイは私を小学生かなんかだと思ってるんスか⁉︎」
頭小学生だろうがよ。口には出さないが。
……しかしそれにしても
フォンさんに肩を貸し歩いてくるヤヨイさんには返り血1つついておらずその可憐な姿はとても今さっき虎1匹退治してきた女の子とは思えなかった。
※ヤヨイさんの刀
銘『ツナド鬼龍』
刃長二尺八寸七分(約87.1cm)反り9分(約2.7cm)
小板目がよく釣み刃紋は互いに小さく乱れる
ヤヨイの曽祖母ミユキの依頼によって名工セシル・ツナドによって鍛えられた日本刀を意匠した刀剣
太刀に分類される
龍の皮膚でさえ斬り裂き数々の悪鬼を葬ってきたと云われる
原料の鋼材はオリハルコン・ミスリル・金月龍の牙・風翔狼の牙などの合金
「生きている刃」と言われ細かい疵くらいなら自然治癒する能力がある
稀代の名工の腕と最高の素材が合わさった奇跡の一本
世界最高の刀剣の1つと言われる
◇
−−約30年前 ルルーブ歴751年8の月 アノア川流域
夕陽が照らす河原に鬨の声が響き渡る。
川面と草原を赤く染めしは夕陽かそれとも−−−
バーゼル軍とトバイケル軍がこのアノア川に向かいあってから約半日。
後の世に「アノア河畔の戦い」として名高いこの戦はトバイケルの宿将サイモンの裏切りによりその決着が着いた。
内部対立に無能な総指揮官という悪条件に追い打ちをかけるようなこの裏切りでトバイケル軍はもはや崩壊するしかなかった。
河原には杭に突き刺さった敗軍の将たちの首が並べられ周りには満足そうな兵たちの囃す声が響く。
「おい⁉︎伯爵さま⁈命令どおり敵を殲滅しましたぜ?将も山ほど討ち取ってやったぜ‼︎なあ!褒美をくれよ伯爵さまよお‼︎」
「だんまりか?高みからいい御身分ですなあ!あやかりたいものです!豚のマックリーさま‼︎」
「まったくみっともねえたらねえぜ!みたか?あの死に様を⁉︎この豚野郎が!」
とりわけ丸々と太った首に向かって兵の1人がぷっと唾を吐きかける。その首は長く遊ばれた為にあるべきパーツのところどころが欠けていた。
別の兵が憎々しげにその首を睨み付け小石を蹴り上げる。
「俺の姉はこいつに殺されたんだよ!清々したぜ‼︎クソ野郎!」
「はっは!そりゃ最高の見世物だったろう?ざまあねえな!なあマックリー伯爵さまよお‼︎」
多くの兵たちがその太った首に向かって嘲るように笑う。
総大将マックリー伯爵は戦に敗れサイモン軍の兵に囚われた後、数分にわたって嬲られその場で処刑された。貴族である彼は狂王ほどではないが領民を物のようにぞんざいに扱い数々の恨みを買っていた。自業自得である。
最後までみっともなく命乞いをする不様な最後だったという。
そうして血と死体に塗れたアノア河畔に再び何度目かの勝利の鬨の声が上がる。
緒戦の戦いは終わった。
王都に兵はもうほとんどいないだろう。敵国と戦争中の他のトバイケル軍もすぐには引き返してはこれない。
反乱軍は王都に文字通り王手をかけていた。
しかし次の相手は王都の狂王とナラーティアである。
奴らはどんな手を使ってくるかわからない。
サイモンは河原の岩に腰掛け糧食の芋を齧りラム酒を呑みながら赤い川面を眺めていた。
「サイモン殿」
幹部の1人がサイモンに近づき具申する。
「バーゼル殿が来られました」
サイモンは振り向くと歪な笑みを浮かべ立ち上がった。
「さて、ここからだな」




