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第15話 心配される瑛子

「ふわああ……すごいっスね〜〜馬車が空飛んでるっス‼︎」


「すごい……あっという間に超えちゃいましたね……」


女子2人が呆気にとられ空飛ぶ馬車の外を眺める。

青々と森林や草原が広がりその中ほどに人が作った街道が見える。

御者の腕なんだろうか、飛んでいるというのに馬車はそれほど揺れず恐怖感もなかった。


「もうしばらく飛んだら着地しますからね。束の間の遊覧飛行をお楽しみください」


御者が手綱を握ったまま俺たちに聞こえるようにそう言った。

魔力の消費が激しいためそれほど長い時間は飛べないそうだ。



数分ほどの飛行を終えた馬車は地に着くと再び目的地に向かって走り出す。

王都に進むにつれて街道沿いに建物や民家の数が増え反比例するように自然が減っていくようだった。


「ヤヨイさん、キャリーさん、王都って栄えてるんですか?少し観光してから帰りたいのですが」


糸井さんが到着前の予習に王都の様子をヤヨイさんとキャリーちゃんに尋ねる。

せっかくこんな異世界の果てまで来たんだから観光くらいはしていきたい。


「とても人が多くて見るところは多いですよ。私たちが案内しましょう。ただ治安の悪い地域もあるので単独行動はお控えください」


「ある程度の観光コースは考えているのです!あんまり長い時間は取れないのはごめんなさいです。でも本当に街中を1人でふらふらするのは危ないのです」


そう言ってヤヨイさんとキャリーちゃんは瑛子のほうをちらっと見る。わかってるじゃん、2人とも。

しかし当の瑛子はわかってるのかわかってないのかくしゅん、とくしゃみを1つかますとキャリーちゃんに鼻紙をねだっていた。やれやれだぜ……


「王都に着いたらまずは腹ごしらえするのです。美味しい飯屋がたくさんあるのです」


目を輝かせるキャリーちゃんの小さな腹の音が聞こえてきた。





それから1時間くらいすると馬車の窓から王都の高い建物群が見えてきた。

街道を行き交う人や他の馬車も多くなる。

衛兵の集団ともすれ違った。

中世ヨーロッパ風の出で立ちや腰の剣なんかをみてやはりここは異世界なんだな、と思い知る。

と同時に帰る前に少しこの街を見て回りたいとも思い始めた。


俺たちの馬車はセタランナの出入り口の関に差し掛かった。王都だけあって先客の荷馬車や徒歩の旅人なんかも順番待ちだ。

糸井さんの肩を借りて束の間の睡眠を貪っていた瑛子が伸びをしながら目覚める。


「う、う〜〜ん……もう着いたんスか?なんかおみやげ買ってきたいっスねえ」


「その前に昼飯だ。緊張感ねえなあお前は」


「おはようございます。瑛子さん。ほら涎拭かないとみっともないですよ」


「本当だ、てへへ」


ハンカチを取り出し糸井さんは甲斐甲斐しく瑛子の面倒を見る。

しかし本当にこの世界に魔王が居なくてよかった。

勇者瑛子がキャスティングボードを握る世界なんて俺はごめんだ。



















−−約30年前 ルルーブ歴751年8の月 アノア川流域


「カリーナ軍が全滅だと⁈たしかなのか⁈」


「はっ、確かな情報です」


カリーナ軍がバーゼル軍の挑発に乗り渡河中に鉄砲水で半壊したところを襲われほぼ壊滅した、という情報が一応の総大将であるマックリー伯爵の元に伝わった。

マックリーは激昂する。


「おのれ!役立たずめ!元々ワシはあいつの腕には期待してなかったんじゃ!」


無理やり先陣を押し付けておいて勝手な言い草である。

しかしさらにマックリーは続ける。


「ええい!サイモンに伝えよ!次はお前が行けとな!」


「御意に」


あくまでもマックリーは自ら前線に出る気はないようであった。

ブクブクと肥え太ったその容貌が怠惰さを物語る。

このような豚に自らの身を削る覚悟などあるはずがなかった。


やがてサイモンへの進撃の命令を伝えにいった伝令が戻ってくる。


「閣下、これを」


伝令はサイモンよりの返事の入った手紙をマックリーに差し出す。

書を読み進めるごとにマックリーの顔色が真っ赤な怒りの色に変わっていく。


「サイモンめ!ワシにも前進せよ、だと⁈おのれ爵位も持たぬ下賤の出が‼︎」


マックリーは怒りその手紙を破り捨てる。

サイモンの返信は2つの軍で協調してバーゼル軍を叩こう、というものだった。

至極真っ当な戦略であったが貴族であるマックリーにとっては格下からの鼻持ちならない献策であった。


「もう一回行ってこい‼︎総大将からの命令として伝えよ‼︎さっさとお前が単独で突っ込めとな!王の鞄持ちごときがワシに意見しよって!」


これはまずい、と思った伝令の兵が何とかサイモンの真っ当な案を採用させようと食い下がる。

『マックリーは言うことを聞かないだろうから頑張って説得しろ、さもないと俺たちは全滅だ。まだお前も死にたくないだろう?ん?』

彼はサイモンの言葉を反芻しながら頭を働かせた。


「しかしサイモン殿はこうも仰っていました。『この戦に敗れた場合の責任の所在を考えられよ』と。閣下!彼の言う通り戦力の逐次投入は危険です!カリーナ殿に引き続きサイモン軍が撃破されれば我らが単独でバーゼル軍と向き合うことになるのですぞ!数的優位のうちに敵をサイモン軍と挟撃すべきです!」


伝令の提言にマックリーは一瞬怒りの色を見せたが暫く考え込むと頭が冷えたのかこう言った。


「フン……狡い奴め……いいだろう。だが先行は奴だ。そう伝えよ!」


「はっ」


伝令はホッとしたようにサイモンの陣へと引き返す。

しかしすでにこの時点でトバイケル軍はサイモンの策に嵌りつつあった。



――――――――――



夏の日差しの中を足並みを揃えて騎兵と歩兵を交えた大群が行く。

サイモン軍の騎兵が大将の命令に従ってアノア河畔を先行して闊歩する。

後方にいるマックリーの重騎兵は進軍速度が遅く、また渡河には向いていない。

まずはサイモン軍が先行し渡河を避けるための迂回ルートを発見する命令を受けていた。

サイモン軍は左手に緩やかな円を描くようにしてゆっくりと行軍した。

夏の日差しはやや西に傾き始めている。


「……うまいこと嵌ったな」


軍の中ほどを行くサイモンがポツリと呟いた。

もちろん嵌ったのは−−−−


「どうかされましたか?サイモン殿?」


サイモンの周りを付き添う副官の1人が訝しげに尋ねる。

湿った夏風が青い草原を揺らせた。


「いいや。何でもない。だがお前ら反転の用意をしておけよ。そろそろ・・・・だ」


サイモンは副官の質問には答えず代わりにただ歪な笑みを浮かべ妙な指示を出した。

副官が首を捻りながら思案していると後方から悲鳴と怒号が聞こえてきた。


「何事だ⁉︎」


やがて激しい金属音や爆発音、目に見える光の明滅などが確認できた。


騒動の確認の為にサイモン軍が出した斥候が数分で情報を持ち帰ってきた。

マックリー軍がバーゼル軍の奇襲を受けて交戦中らしいとのことだった。


バーゼル軍はカリーナ軍を撃破した後、足の速い部隊をトバイケル軍の後方に密かに移動させマックリーを奇襲する機会をうかがっていたのであった。バーゼルの奇襲部隊は風の精霊の加護により発見されにくくなっていた。高度な魔法術式だ。

これはエルフ兵を味方につけたバーゼル軍だからこそ可能となった作戦であった。


斥候から次々と送られてくる情報によればどうやら奇襲を受けたマックリー軍は形勢不利らしい。


「サイモン殿!すぐに救援に向かいましょう!大将が討たれればこの戦は終わりです!」


副官の1人が後方を指差し必死にサイモンに訴えかける。

サイモンは騎上でそっと目を閉じる。


−−−軍議では巧みな話術でマックリーとカリーナを仲違いさせ協調して敵を叩く戦術を放棄させた


−−−純朴そうな伝令兵を焚き付けマックリーを移動させることにも成功した


−−−罠に嵌ったマックリー軍が今大混乱に陥っている


この戦、ここまでほぼ全てサイモンの筋書き通りであった。

そう、全ては狂王を除くための前段階にしか過ぎないが……


やがてサイモンは目を開け腰の剣を抜刀する。

白刃が夏の強い日差しに鋭く照り返す。

サイモンは刃を後方のマックリーの陣に向けた。


「いいか、お前ら聴け!俺たちは今からマックリー伯爵の軍に突っ込む!今から奴の陣に突っ込めばバーゼル軍との挟み討ちの形になり奴らは崩壊する!それだけじゃない、あの豚の首を手土産にバーゼルと共に王都ヴェトコンに攻め入るのだ!」


一瞬の空白の後、サイモン軍の幹部たちを始め兵たちが騒めき始めた。

言っていることが理解できない者、俄かに信じがたい者、拒絶する者、そして歓喜する者。

反応は様々であったが副官の1人がサイモンに対し激しい勢いで抗議を始めた。


「何を言っておるのです⁉︎あなたは長年エドワード王の護衛を務めてこられた方ではないですか?そんなあなたが王を討つと言われるのか⁉︎あたまがおかしくなら−−」


言い終わらない内にその副官の首が空に跳ね上がった。

頭を失った首からはびゅう、と激しく赤黒い血が噴き出しやがて残された身体は落馬した。


サイモンが剣に着いた血を拭う。


「マジーノ君か。君はいい奴だったが真面目過ぎた。聞こえないか?帝国の崩壊の足音が」


返り血を浴びながらサイモンはすっかり静まり返った部下たちの方を向く。

その顔には歪な笑みが浮かんでいた。


「いいか⁉︎もう一度言う!我々の敵は目の前のクソ豚野郎マックリーだ‼︎思い出せ!王都の貴族どもの腐敗を!狂王の暴虐を‼︎俺はもう豚の臭さには耐えられん!狂王の作る地獄をもう見たくはない‼︎お前ら、考えてもみろ?勝ったとしてもまたあの王都の豚どもとの生活が待ってるんだぞ⁉︎逆にあいつらを狩ればその領土や財産はお前らのものだ‼︎俺が欲しいのは狂王の首だけ!他は全てお前らにやる!トバイケルを滅ぼすんだよ‼︎」


部下たちが顔を見合わせる。

先ほどの怯えた目とは違いその目には野心の光が宿っていた。


「いくぞ!バーゼルとはすでに話はついている。ついてきたくない奴は来なくていい!だが豚どもと狂王を血祭りに上げたい奴は俺についてこい!歴史の変わる瞬間を見せてやる!」


そう言ってサイモンは単騎で後方のマックリー軍へと駆けて行った。

取り残された兵は呆気にとられるがやがて慌ててその後を追う。

ほとんどの兵がサイモンの後を従った。

それはサイモンの演説に乗せられたのもあるが普段からの貴族への恨みと狂王への不満がこの場で形となって現れたのだった。


「待ってくださいサイモン殿‼︎」


「豚どもを殺せ!殺すんだ‼︎」


「狂王を殺せ!亡き者にしろ‼︎」


サイモンは振り向き、歪な笑みでにやりと嗤う。


「よし行くぞ!敵はマックリー伯爵!民から重税を搾取し平民の美女をみれば片っ端から攫ってくる心底からのクソ野郎だ!取り敢えずあの豚を捕らえて嬲り殺すぞ‼︎」


兵たちからは威勢の良い怒号のような返事が返ってきた。


−−−この瞬間、『アノア河畔の戦い』の趨勢は決した

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