傭兵夫婦
ヴェルの生い立ちを書いています。
中東アジアの砂漠地帯。
偶然できた水たまりに人が集まり、集まり殖えて、そして村になった。猛烈な暑さに晒されながら人々は穏やかに暮らしていた。
そんなある日、一人の村人が遥か向こうからやって来る二つの影を砂嵐の中で見つけた。近付いてくるにつれ、それが男女である事に気付いた。
「どっから来なすった」
村人の質問に男の方は息を切らしながらギロリと睨んだ。村人は目線を逸らし後ずさった。
しかしすぐにその目は隣に立つ女の腹へと移った。
少し大きく膨らんでいる。
破れたシャツから覗くその身体は泥で汚れていた。
男も同様だった。二人とも肩に長距離用ライフルを背負っている。
少し前、西の方で紛争が始まっているという噂を村人は思い出した。
「あんた達は、西から来たのかい?」
防衛の為、手に持つ長い杖を槍の様に持ち替え、男の方へ向けた。男はそれを見ても眉ひとつ動かさなかった。
「そうだ。少しの間だけ、この村へ居させてもらいたい。子供が生まれる間妻だけでも何処かへ住まわせてやってくれ」
男の声は疲れきっていた。長い間、寝ずに歩いてここにたどり着いたのだろう。女も疲労からか顔の表情が険しい。「お願い」と一言口にしただけだった。
村人は持っていた杖を下ろした。
「村長に話してくる」
優しい村長と村人達は突如現れた二人の男女を温かく迎え、色々と世話をした。その甲斐もあり、女は無事男の子を出産する事ができた。
「名前はもう決めたのかい?」
竹籠で眠る幼子を優しく覗きつつ村人達が聞くと、女は微笑みを浮かべ首を横に振った。
「彼がまだ考えているの」
村人達は口をにやつかせ、一心に鎌を振りおろしながら地を耕す男へと視線をやった。男の腕は見事な筋肉で引き締まっていた。
結局、いつまで経っても村人達に子供の名前が明かされる事はなかった。男も女も口数が少なく、村人達とは最低限の会話しかしなかった。
そんな二人に村人達も徐々に関心を示さなくなっていった。
「世話になった。明日、妻と子供と一緒にこの村を出る」
ある日、ラクダの世話をしていた村長に男は唐突に言った。
村長は驚き、「とりあえず座んなさい」と藁の敷物に男を座らせた。
「どうしたんじゃ、急に。やっとお前達もここの生活に慣れた頃じゃろ。しかも、赤子を連れての砂漠の旅は危険すぎる。ましてや、西で起こった紛争がこちらに近付いて来ている今はあちこち動かん方がええ」
説得を試みる村長に男は黙って首を振った。
「だからなんだ、村長。俺達がここにいるといけないんだ。もっと遠くへ東へ行かないと」
男の顔は今まで村長も村人も見た事のない深刻なものだった。何かに焦っている様に村長には見えた。
村長は意を決して聞いてみた。ずっと気になっていた事だった。
「お前さん、ここへ来る前、あの娘と何をしておったんじゃ。銃を持っていた時点で儂等のような只の農民じゃないはずじゃ」
「…俺達は」
男が喋りかけた時、強い風が吹き、村長の顔に砂がかかった。村長が、再び目を開けると男は既に立ち上がっていた。
「明朝に出発する。村のみんなには礼を言えなかった。村長から伝えてくれ。本当に助かった、ありがとうってな」
村長が呼び止める前に男は早足で去って行った。
その日の深夜…
家の扉が強引に開く音で村長の眠気は一気に吹き飛んだ。その扉の前にいたのは、男と女、それに泣き叫ぶ赤子だ。
「どうしたんじゃ!」
村長が慌てて駆け寄ると男は急いで扉を閉め中から錠を掛けた。女の顔は青ざめ、我が子の顔に自分の額を押し当てた。今にも泣きそうだった。
「おや、どうしたんだい!」
村長の妻も事の事態に気付き、家の奥から飛び出して来た。そばにあった羽織で女と子を包み、女の肩に手を置いて「落ちつきなさい」となだめた。
「奴らが来た」
男の声は少し落ち着きを取り戻していた。
その目は村長を真っ直ぐに見ていた。
動揺を抑えれないのは村長の方だった。
「なんじゃ,何があった。真昼間もそうじゃったが、お前さんの話はとんと分からん。最初からちゃんと説明せんか」
ついに男に対しての苛立ちが募りに募り、村長は男にぶつけた。男は黙って村長から目を離そうとしないままだ。
「お前さん...一体何者なんじゃ」
男の目に根負けした村長は静かに聞いた。
「俺の名前はベイク。西から来た傭兵だ」
「傭兵...、この娘もか」
村長の問いかけに女は顔を上げ、頷いた。
「言うつもりは無かったの。皆を怖がらせたくなかったし。この子が産まれたらすぐに出て行くつもりだった。奴等に見つけられる前に」
「奴らとは?」
「ここへ来る前に俺とソフィアが所属していた部隊だよ。いや、そんな聞こえがいい連中でもないか」
永く生きていた村長も傭兵については知っていた。
国に雇われた殺し屋集団、というのが村長の持つ印象であった。長く一緒にいたい者達ではなかった。
それを悟ったのか、男はさっと立ち上がり女の方へ顔を向けた。
「行こう。これ以上迷惑はかけられない」
我に返った村長は侮蔑の感情を払いのけ、二人を止めようと腰を上げた。
その時、家の窓から悲鳴が聞こえた。




