傭兵夫婦
診察室へ入るとオレンジの香りが鼻につんときた。
その匂いにヴェルはむせ、小さく咳をした。
「遅刻は厳禁だと何回言わせるんだね」
声の主はソファの様な椅子に深々と座り、ヴェルとレイをジロリと一瞥した。その手には安上がりのマグカップが握られていた。
「悪かったよ、ベニー。色々手間取って...」
「ベニー?」
ヴェルの話し方をベニーは見過ごさなかった。ジロリと睨み、ヴェルを威圧する。しまった、とヴェルはゆっくりと最初からやり直した。
「ベニー先生、すみませんでした。遅れてしまって」
「よろしい。掛けなさい。レイも座りなさい」
ベニーがカップを置いた拍子にオレンジの香りがまたしてもヴェルの鼻をくすぐった。柑橘系の果物が苦手な彼の鼻は人一倍その匂いに反応した。
「普通は妊婦を先に座らせるもんでしょ」
相変わらず不機嫌なレイを先に座らせ、ようやくヴェルも隣に座った。
机の引き出しから二冊のカルテを取り出すと、ベニーは横目で二人を観察しながら何かを書いていった。
「二人とも体調は?」
「健康です」「見るもの全てがストレス」
「今は敬語で話しなさい、レイ」
ベニーの注意にレイは面倒くさそうに鼻を鳴らした。
「今は全てが苛つくんです。夫も自分も」
「ふむ。今の君の現状ではそれが普通だよ」
なによりだ、とベニーはそこで初めて小さく笑った。
机上でカチコチと規則的に音を立てる懐中時計に目をやると、ベニーはヴェルに優しい視線を送った。
「最近、誰かを殺したいという気持ちは?」
ヴェルはゆっくりと「ありません」と言った。




