傭兵夫婦
「もう大嫌い!あのジジイ。約束の15分前には着いとけってルール、何とかならないの」
ぶつぶつと文句を言いながら、レイはマタニティジーンズを履き、高さ控え目のパンプスを足に装着。
ただでさえ機嫌がキレやすい今、ヴェルは割れかけたガラスコップを扱う様にレイに接していた。しかし、どうやらその努力も無駄になってしまったようだ。
ひとつだけ、今のレイに同調できる事がある。
それはヴェルもベニーが嫌いという事だ。
「ヴェル、レイ。30分遅刻とは進歩してるわ」
受付の看護師チェルは齢50の中年女だが、その微笑みは天使の様だった。
「着いた途端に嫌味?これ以上私の血圧を上げないでちょうだい」
問診票に記入するレイの字は殴り書きだ。
「あら、ほんとに褒めているのよ。以前は予約時間より半日遅れてくるのが普通だったのに」
「そんな昔の事なんか忘れたわ」
ぶっきらぼうなレイの態度にもチェルは余裕ある笑みで静かに問診票を受け取った。
「まだ診察中なの。もう少しだけ待ってて」
「悪いな、チェル。さっき思い出したんだ」
ヴェルはレイの不躾な態度の事も含めて謝った。
気にしないで、と言ってチェルは隣の診察室へと歩いていった。
ベニーの診療所は、街の中心部にある古びたビルの三階にあった。狭い診療所だった。
「喉渇いたわ。水筒ちょうだい」
「お茶の方?それとも、水?」
水よ、とレイはヴェルの手から鞄を奪う様に取り中を探って水筒を取り出した。
少し前のヴェルなら、レイの頰に平手の一発を食らわしていた。しかし、今はやっと怒りの感情を自分でコントロールできるようになり、小さな舌打ちでその場をしのいだ。
「ヴェル、レイ。中へどうぞ」
受付から顔だけ出し、チェルは診察室を指で指した。
「行くぞ、レイ」




