第四話:その追加注文は契約外です(前編)
「いいか小娘! 商売ってのはな、現場の『融通』と『心意気』で成り立ってんだよ! ついでに頼んだ些細な雑用に対して、いちいち契約がどうの追加料金がどうのと喚き立てるなんて、冒険者の風上にも置けねえ守銭奴の乞食どもだ!」
スコグハイム地方行政庁・第七窓口のロビー中に、耳障りな金切り声が甲高く響き渡った。
怒声を張り上げているのは、仕立ての良い豪奢な黒狐の毛皮コートを羽織った小太りの男だ。油で撫で付けた髪の下で、脂ぎった顔を真っ赤に紅潮させている。
その胸元には、天秤とコインを模した豪奢な黄金細工のブローチ――地方都市スコグハイムの物流と商業を一手に牛耳る大組織『ノルデン商工連合』の直属正規幹部バッジが、外光を反射してギラギラと自己主張していた。
豪商の名はオットー。開拓林周辺の薬草や木材の買い付けを取り仕切る、この街でも有数の実力者である。
そしてそのカウンターの向かい側には、泥と木の葉まみれになった粗末な革鎧をまとい、疲弊しきった顔をした三人の若い冒険者たちが、悔し涙を滲ませながら拳を固く握りしめていた。
「ふ、ふざけるな……! あんたが役所を通して出した依頼書には、『北方林における月光草二十株の安全採取』としか書いてなかったはずだ!」
パーティのリーダーを務める青年戦士が、泥のついた革手袋でカウンターを叩いた。
「俺たちは薬草の群生地まで護衛と案内をして、指示通り二十株を綺麗に根こそぎ掘り出した! なのに現地に着いてみたら、あんたは何て言った!? 『群生地のさらに奥にある洞窟に魔狼の群れが棲み着いていて邪魔だから、ついでに巣ごと皆殺しにしてこい』だの、『帰りの荷車が重いから、伐採した建材用の大丸太を街道まで担いで運べ』だの……無茶苦茶な追加仕事を押し付けてきただろうが!」
「そうだ! 俺たちは薬草採りの軽装備しかしてなかったんだぞ! 鋭い牙を持った魔狼五頭に囲まれて、仲間の一人は太ももを噛まれて大怪我したんだ! 命がけで戦って群れを全滅させたのに……契約通りの薬草採取代【銀貨五枚】だけで済むわけがないだろ!」
「うるさい、黙れ! 契約書に書いてあるのは『月光草の採取作業一式』だ! 一式ってことは、薬草を採るために現場で生じた障害を排除するのも当然含まれてるんだよ! 魔狼を倒したのも丸太を運んだのも、お前らが薬草を無事に持ち帰るために勝手にやった自己責任だ! びた一文、追加の金など払うものか!」
オットーは唾を飛ばしながらカウンターに身を乗り出し、机の上の書類をバシバシと叩いた。
執務室の奥では、窓口主任のスヴェンが「ひいっ……! 商工連合の幹部だ……! 有力貴族のパトロンもついてる大物だ……!」と机の下に潜り込み、両耳を塞いで小さく震えている。
「アストリッド君……い、言われた通りに銀貨五枚で受領印を押して、穏便に帰ってもらおうよ……! 商工連合に睨まれたら、うちの課の来季予算が領主府の議会で全額否決されかねないんだ……!」
「主任、机の下から出てきてください」
カウンターの中央から、氷のように透き通った冷徹な声が響いた。
新米書記官のアストリッド・リンドベリが、几帳面に整えられた制服の襟元を正し、愛用の木製算盤を机の上にコトンと置いた。
「公金を預かり、市民と冒険者の正当な契約を仲介する行政官が、民間商人の理不尽な恫喝に屈して法規を曲げるなど、絶対にあってはなりません。……双方、そこまでにしてください」
アストリッドの凛としたヘーゼルブルーの瞳に射すくめられ、怒鳴り散らしていたオットーが一瞬口ごもる。
「……何だね、小娘。新米の受付風情が、商工連合の商人に意見する気か?」
「意見ではありません。事実と契約内容の確認です」
アストリッドは事務用キャビネットの引き出しから、行政庁が仲介・保管している公認契約書の原本を素早く取り出し、カウンターの上に広げた。
「受託番号〇三四八、『役務委託契約書原本』。発注者:ノルデン商工連合加盟商人、オットー様。受注者:登録冒険者パーティ『蒼い風』様。業務内容:北方林指定区画における指定薬草(月光草)二十株の採取および運搬。契約金額:銀貨五枚。……契約書の仕様書欄を確認いたしました。ここには『魔獣の駆除』に関する記載は一切存在いたしません」
「だから言っただろうが! 契約書に書いてない以上、追加の報酬など発生せん! 契約書通りに五銀貨を支払って、さっさと完了印を押せ!」
「オットー様。契約書に書かれていないからこそ、問題なのです」
アストリッドは静かに、だが確固たる響きで告げた。
「薬草の採取業務と、肉食性の中型魔獣である魔狼の群れの駆除業務は、王国の危険度分類基準において【ランクD(軽作業)】と【ランクB(生命の危機を伴う戦闘任務)】という、全く異なるカテゴリーに属します。後者を前者の『ついで』として無償で労働させる行為は、契約の範疇を超えた重大な『仕様変更』――すなわち、契約外労働の不当な強制に該当いたします」
「な、なにを小生意気な……! 商売のイロハも知らん若造が!」
オットーの顔が怒りで紫色に染まった。
「現場で起きたことに現場で対応するのがプロの冒険者だろうが! 商工連合の力があれば、お前らみたいな田舎役人の首などいつでも飛ばせるんだぞ!?」
「お言葉ですが、商売のイロハならよく存じております」
アストリッドはピクリとも表情を崩さず、真っ直ぐに商人を見据えた。
「私の生家は、南方の国境街道で三代続く乾物と香辛料の商家です。『契約外の追加仕事を無償で押し付ける発注者は、二度目の取引で必ず夜逃げするか手形を不渡りにする』――それが、商人の町で子供の頃から叩き込まれた商売の鉄則です」
「なっ……!?」
「そして現在の私は、行政庁の法規と帳簿を守る公務員です。公正な契約の執行を担保できないのであれば、この窓口が存在する意味がありません。……これより、約款に基づく正式な追加費用の査定を行います」
アストリッドの冷ややかな宣告に、カウンターの空気が張り詰めた。
(後編に続く)




