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魔獣対策・討伐管理課 新人書記官アストリッド 〜公務員受付嬢が帳簿と規則で現場をねじ伏せる、異世界お役所お仕事コメディ!~  作者: 須藤
第四章:決算監査と都市防衛(クライマックス編)

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第二十二話:裏帳簿を暴く数字の糸(前編)

 ヒョオオオオ――ッ!! ズドオオオオアンッ!!

 猛烈な地吹雪が吹き荒れる北門防壁では、まさにこの世の地獄のような激闘が続いていた。

 体長四メートルを超える二頭の漆黒の二本角大鬼《トヴェホルン・ヨトゥン》が、防壁の石組みを丸太のような両腕で叩き壊そうと暴れ狂っている。

「第二班、足元へ油瓶を投げろ! 火矢で動きを鈍らせろ!」

「ダメだ、吹雪の風が強すぎて火が消えちまう!」

 凍えと恐怖に叫ぶ若い警備兵たちの前に、返り血と煤にまみれた巨大な戦斧を構えたビョルンが割り込んだ。

「弱音を吐くなッ! 頭を下げて盾の隙間を締めるんだ! 俺たちの後ろには、逃げ遅れた市民と、あの美味い大鍋があるんだぞッ!!」

 ドゴォォォンッ!!

 大鬼の振り下ろした巨木棍棒を、ビョルンが大盾で真正面から受け止めた。

 凄まじい質量と衝撃波が石畳を粉々に粉砕する。ビョルンの口から鮮血が噴き出し、頑丈な大盾にピキピキと無数の亀裂が走った。

「ぐ、がはっ……!」

 ビョルンの巨体が耐えきれずに後方へと弾き飛ばされ、雪原を転がる。

 追撃とばかりに、二頭目の大鬼が耳をつんざく咆哮を上げ、無防備になったビョルンの頭上へ棍棒を叩き落とそうと振り上げた。

「ビョルンさんッ!!」

 防壁の階段下から、アストリッドの悲鳴が響く。

(くそっ……! ここまでか……ッ!?)

 ビョルンが奥歯を噛みしめ、死を覚悟した――その刹那。


 ――カギィィィィィィンッッッ!!

 猛吹雪を切り裂き、鼓膜をつんざくような甲高い重金属の激突音が轟き渡った。

 大鬼の振り下ろした巨木棍棒が、空中でピタリと静止していた。

 棍棒を受け止めていたのは、ビョルンの大盾をさらに一回り上回る、自らの背丈ほどもある重厚な菱形の鋼鉄大盾(タワーシールド)であった。

「……な、なんだと……!?」

 雪煙の向こうに仁王立ちしていたのは、機能美を極めた重厚な鋼の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ、長身の女戦士であった。

 腰近くまで届く艶やかな鋼色(スチールシルバー)の長髪が、荒れ狂う風に美しくなびいている。

 冷涼で凛とした白磁の美貌。その涼やかな青灰色の瞳に対し、左目には歴戦の古傷を隠す黒革の眼帯が嵌められていた。

 女性としては頭一つ抜けた長身。鎧越しにも分かる無駄な贅肉の一切ない鍛え上げられた肢体で、大鬼の怪力を大盾の面で完璧に受け流し、真正面から跳ね除けていた。

「……無様だな、ビョルン。盾の重心が浮いているぞ」

 冷徹で、だが岩のように揺るぎない声が響いた。

「シ、シグリッド……!? テメエ、なんでここに……!」

 ビョルンが血を拭いながら目を見開いた。

 シグリッド・ヤールン。

 かつてスコグハイム最強の防衛クランと謳われた『鉄の盾団(ヤールンスキョルド)』の筆頭実働部隊長であり、ビョルンとは十年来の戦友である。

「クランのオーナーが談合(カルテル)を企てていたなど、我ら現場の盾兵には一片の関わりもない。……汚らわしい経営陣に三行半を突きつけ、実働部隊を引き連れて独立したまでのことだ」

 シグリッドが背後を顎で指すと、吹雪の中から、彼女と同じく頑丈な鉄甲冑と大盾を構えた重装歩兵たち三十名が、一分の隙もなく整然と姿を現した。

「独立重装歩兵部隊『鉄壁(スキャルドボルグ)』、これより防衛線に参陣する! ……ビョルン、我が背後を預けるぞ」

「ハッ……! あいかわらず可愛げのねえ頑固女だぜ! だが、最高のタイミングだ!」

 ビョルンが獰猛な笑みを浮かべて跳ね起きた。


 防壁の階段を駆け上がってきたアストリッドが、手にした羊皮紙を抱きしめながら叫んだ。

「シグリッド様! ですが貴方方の部隊は、先ほどスヴェン主任が専決処分した『緊急随意契約』の名簿に含まれておりません! 事前の積算も予算枠もない状態での戦闘は、法規上は『契約外労働』になってしまいます!」

 シグリッドは右目の鋭い視線をアストリッドへ向け、ふっと不敵な笑みを漏らした。

「フン……事務屋の都合など知るか。目の前で故郷の民が踏みにじられるのを見過ごすほど、我が『鉄壁』は安くはない。金など後回しだ!」

 その言葉に、アストリッドの胸が熱く震えた。

 新米公務員は、愛用の木製算盤(アバカス)を胸に強く抱きしめ、叫び返した。

「わかりました! 本来なら重大な規則違反ですが――この街を守ってくださるなら、私が事後追認の特例申請を通して、一銅貨の狂いもなく絶対に正規の公金から報酬を勝ち取ってみせます!」

「……くくっ、話のわかる小娘だ。先日の大規模入札で、数字の偽装を暴いてみせた度胸は伊達ではないな」

 シグリッドはブロードソードの切っ先を天へ掲げ、咆哮した。

「全隊、盾を組めッ! 『鉄壁』の真髄を見せてやれェッ!!」

 ガシャン! ガシャン! ガシャンッ!!

 三十枚の巨大鋼鉄盾が瞬時に噛み合い、石畳の上にそびえ立つ鋼鉄の防壁――『重装盾壁(ファランクス)』が完成した。

 ドガアアアアンッ!!

 突進してきた二頭の大鬼の猛攻を、シグリッド率いる盾壁が真正面からガッチリと受け止め、微動だにせず押し返した!

「押せェッ!! 我らが街の中には一歩も通すなァッ!!」

「うおおおおおおおおッッ!!」

 防壁が奇跡的な鉄壁の安定を取り戻した。

 その光景を見届けたアストリッドは、スヴェン主任とヘルガに向き直った。

「主任、ヘルガ先輩! 北門は持ちこたえます! ……残るは、この混乱に乗じて街の資産を持ち逃げしようとしている黒幕たちです!」

「ああ! 南門の裏通りへ急ぐぞ!」

 三人は雪煙を蹴立て、もう一つの戦場へと駆け出した。


 北門から市街地へと抜ける大通り。

 吹雪と警報が鳴り響く中、防壁の崩れた防護柵の隙間からすり抜け、市街地へとなだれ込んできた数匹の小鬼(ゴブリン)が、逃げ遅れた母子に向かって涎を垂らし飛びかかろうとしていた。

「きゃあああっ! 誰か、助けてぇっ!」

「市民の皆様、慌てないで! 荷物は捨てて、行政庁の地下避難所へ走ってください!」

 雪煙を突き破り、必死の叫び声を上げて割り込んだのは、仕立てたばかりの初心者用ローブを翻した少女魔術師――マイヤであった。

 マイヤは震える手で樫の木杖を掲げ、ありったけの魔力を込めて叫んだ。

「風よ、砂を巻き上げろ――風塵目眩(ブラインド・ガイル)!」

 突風が巻き起こした雪の礫が小鬼たちの目を奪う。

「ギャアッ!?」

 視界を奪われ怯んだ小鬼の膝へ、ヒュンッ! と鋭い風切り音とともに一本の矢が深々と突き刺さった。

「ギャブッ!」

「マイヤ、ナイス目くらまし! 矢の回収は後回しだ、出し惜しみなしで撃ち尽くすぞ!」

 屋根の軒下に陣取った少年狩人ヨナスが、トネリコの短弓から次々と矢を番え、正確無比な牽制射撃で小鬼たちの足を奪っていく。

 そして――。

「ここは絶対に通さねえぞ、化け物どもッ!! 俺たち『暁の銀狼』が相手だァッ!!」

 月賦払いの青銅剣を高々と掲げ、青銅のバックラー盾を構えた少年戦士ルーカスが、雄叫びを上げて小鬼の群れの前へと立ちはだかった。

 ガガアンッ! と小鬼の錆びた短剣を盾で弾き返し、鋭い踏み込みから渾身の突きを叩き込む!

「グギャアアッ!」

「市民の誘導、完了しました! ルーカス、右からもう一匹来るわ!」

「おう、任せろ! 畑の草むしりと小鬼退治で鍛えた俺たちの連携、舐めるなよッ!!」

 かつて第七窓口で「一日黒パン一個分」の現実に打ちのめされていた新米冒険者三人組が、背中を預け合い、命がけで街の退路を守り抜いていた。

「暁の銀狼の皆さん……!」

 通りを駆け抜けてきたアストリッドが息を呑んだ。

 ルーカスが振り返り、煤と雪に汚れた顔でニッと白い歯を見せた。

「アストリッドさん! 裏通りの撃ち漏らしは、俺たち三人で絶対に食い止めます! ……行ってください、大切な公金を取り戻しに!」

「……はい! どうか、ご無事で!」

 アストリッドは胸の算盤を強く抱きしめ、ヘルガ、スヴェン主任とともに南門の裏通りへと疾走していった。


 ――その頃。

 市街地の南門へと通じる、人通りの途絶えた裏通り。

 猛吹雪で視界が閉ざされる中、巨大な幌馬車が四台、重々しい車輪の軋み音を立てて雪道を急いでいた。

 馬車の周囲を固めているのは、北門の防衛線を敵前放棄して逃げ戻ってきた、商工連合の専属クラン『黒曜石の誓約(スヴァルトエイド)』の武装兵たちである。

 馬車の荷台からは、ぎっしりと詰め込まれた分厚い鉄製の金庫と、かすかに魔力を放つ大型の木箱が覗いていた。

「急げ! 北門が魔獣に食い破られる前に、南門の緊急通用口から王都街道へ脱出するのだ!」

 馬車の中から顔を出し、苛立たしげに護衛の傭兵を急き立てているのは、ノルデン商工連合の最高幹部――クローグ理事長であった。

「あんな貧乏役所と野良冒険者ども、魔獣の餌にしておけば時間を稼げるわ! この馬車に積まれた数千枚の金貨と、過去数年間に買い集めた『特級魔石』の備蓄さえ持ち出せば、王都でいくらでも新しい商会を立ち上げられるのだ!」

 クローグが醜悪な笑みを浮かべた――その時。


「――そこまでです、クローグ理事長」

 吹きすさぶ雪煙の向こうから、凛と澄み渡った静かな声が響いた。

「誰だッ!?」

 馬車の御者が手綱を引き、車列が急停止する。

 雪の舞う裏通りのど真ん中に立ち塞がっていたのは、黒い事務用腕カバーをはめ、愛用の木製算盤(アバカス)と分厚い台帳の束を小脇に抱えたアストリッド、スヴェン主任、そしてヘルガであった。

「第七窓口の雑魚役人どもだと……? 貴様ら、何の真似だ!」

 クローグが馬車から身を乗り出し、下卑た嘲笑を浴びせた。

「我々は王都への緊急商用出張だ! 積載物は商工連合の正当な私有財産である! 一介の地方窓口風情に、民間商人の通行を止める法的権限などあるはずがなかろう!」

「いいえ、あります」

 アストリッドは一歩踏み出し、冷たい北風の中で書類の束を高々と掲げた。

「その馬車に積まれている財産は、商工連合のものではありません。過去数年間にわたり、スコグハイム行政庁から組織的に詐取・横領された『公金および公的防衛備蓄資材』でございます!」


(後編に続く)

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