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第二話:その魔石、査定額が違います(中編)

 激昂したクヌートがカウンターに身を乗り出し、アストリッドの胸ぐらを掴まんとばかりに拳を振り上げた。

 その怒声に呼応するように、背後に並んでいた荒くれ冒険者たちからも、次々と不満と怒号が噴き上がった。

「そうだ! 役所の査定はいつも不透明なんだよ!」

「俺たちの命がけの獲物をピンハネする気か!」

「適当なこと言って安く買い叩いてんじゃねえぞ!」

 ドスドスと床を踏み鳴らし、騒然となるロビー。

 執務室の奥で、スヴェン主任が両手で頭を抱え、絶叫した。

「ひいぃぃぃっ! だから言ったんだぁぁ! 暴動だ、窓口暴動が起きてしまうぅぅ! 胃が、胃液が逆流して喉が焼けるぅぅ……!」

「あらあら、今朝の魔術師さんは威勢がいいわねえ」

 ヘルガは紅茶を優雅に啜りながら、「アストリッドちゃん、頑張ってね〜」と書類の陰から応援を送ってくる。

「…………っ!」

 アストリッドは背筋をピンと伸ばし、木製の算盤を強く握り直した。

 ここで怯んで不当な金貨を支払えば、公金横領に加担したとして自らの首が飛ぶ。

 だが、納得のいく根拠を示せなければ、この窓口は永遠に開かない。

 何より――この騒ぎを長引かせれば、今日の定時退社が完全に消滅してしまう!

「静粛にしてください! これより、査定額の根拠となる詳細な内訳をご説明いたします!」

 新米書記官の澄んだ凛とした声が、怒号渦巻くロビーに響き渡った。


「いいですか、皆さま! 声を荒らげても、帳簿の数字と法律の条文は一文字たりとも変わりません!」

 アストリッドはカウンターの上に、分厚い羊皮紙の綴りをドサリと叩きつけた。

 表紙には金文字で『王国公認・魔石査定基準規則および公金適正執行細則』と大書されている。

「お客さま。まず第一に、行政庁が公金を支出して買い上げる魔石の価格は、持ち主の主観や外見の美しさによって決まるものではありません。規則第三十四条第二項に基づき、【結晶格子密度】、【屈折率】、そして【残留魔力励起スペクトル】の三点による客観的測定数値のみによって厳格に等級が決定されるのです」

「うるせえ! 屁理屈を並べ立てるな!」

 クヌートは顔を真っ赤にして唾を飛ばした。

「現にこの魔石を見ろ! 傷一つなく、透き通って、青白い光を放っているだろうが! 光ってるってことは、中に膨大な魔力が詰まってる動かぬ証拠だ! この目で見て分からないバカが査定員をやってるのか!?」

「……誰がバカだと?」

 ギィィ……と重い蝶番の音を立てて、査定室の鉄扉が開いた。

 姿を現したのは、銀のピンセットとガラス製の試験管、そして数本の試薬瓶を手にしたイーヴァルだった。

 その全身から放たれる、長年鉱山と死線で培われた異様なまでの職人の威圧感に、怒鳴り散らしていたクヌートが一瞬たじろぐ。

「い、イーヴァルさん……」

「……騒がしい。アストリッド、そいつの魔石を中央の台に乗せろ」

 言われるまま、アストリッドはトレイの青白い魔石をカウンターの中央へと置いた。

 イーヴァルはルーペ越しに冷徹な視線をクヌートへと向けた。

「……魔術師。お前は魔石の性質を知らんのか。……魔石とは、魔獣の体内で高密度のマナが有機結晶化したものだ。生きた魔獣が絶命した瞬間、体内のマナは結晶核へと急激に凝縮し、内部に無数の微細な破断面と結晶の歪みを生じさせる。……ゆえに、本物の高純度魔石は、内部に光を乱反射させる複雑な干渉縞を持ち、完全な透明にはなり得ない」

「な……なんだと……?」

「……お前のこの魔石は、あまりにも透き通りすぎている。不純物がないのではない。中身が抜けているのだ」

 イーヴァルは試薬瓶のコルク栓を抜き、無色透明の液体をスポイトで吸い上げた。

「……魔石の外見を取り繕う古くからのペテンがある。死後数週間が経過し、マナが空気中に揮散して白濁・劣化した『抜け殻魔石』を、希硝酸と酢酸塩の混合液に三昼夜浸す。……すると脆くなった表面が均一に融解し、微細な傷が埋まり、まるで高級な水晶のように滑らかになる」

「な、何をでたらめを……!」

「……さらに、微量の燐光鉱石の粉末を混ぜた鉱物油を高圧で浸透させれば、外見だけは青白く発光する『疑似特級魔石』の完成だ。……だが、それはマナではない。ただの石油と燐光塗料の輝きだ」

 イーヴァルはスポイトの液体を、魔石の表面に一滴、ポトリと垂らした。

 ジュウウゥッ……!

 鋭い化学反応の音とともに、ツンと鼻を突く酸の刺激臭と、油の焦げる煙が立ち上った。

 カウンター越しに息を呑んで見つめていた冒険者たちから、「うわっ……!?」とどよめきが上がる。

 液体の垂らされた箇所から、みるみるうちに美しい透明感が失われていく。

 表面の艶やかなコーティングが剥がれ落ち、露わになったのは――ひび割れだらけで白く濁り、まるで道路に転がっている石灰岩のように色褪せた、無残な鉱物の残骸だった。

「なっ……!? あ、ああっ……!?」

 クヌートが悲鳴を上げて頭を抱えた。

「……ほら見ろ。メッキが剥がれたぞ」

 イーヴァルは無表情のまま告げた。

「……内部マナ残存量、一二%。街灯の燃料にすらならん。それどころか、浸透させた粗悪鉱物油と酢酸塩は有害指定物質だ。放置すれば揮発して悪臭を放ち、土壌や井戸水を汚染する。……公金を一銅貨たりとも支払う価値のない、ただの有害危険ゴミだ。買い取り拒否だと言ったはずだぞ」

「…………っ!」

 周囲に並んでいた冒険者たちの視線が、一瞬にして怒りから冷徹な軽蔑へと変わった。

「なんだよ、ペテン品かよ!」「大鬼の特級品どころか、森で拾った死骸を薬品で誤魔化した危険物じゃねえか!」「みっともねえ真似して窓口を止めるんじゃねえ! さっさと失せろ!」

 今度はクヌートへ向けて、一斉に罵声が浴びせられた。

 青年魔術師は青ざめ、ガタガタと震えながら後ずさりを始めた。

「ち、違うんだ……! 俺は……俺が作ったんじゃない! 俺は開拓林の酒場で、ある商人から『大鬼の極上魔石を安く譲る。役所に持ち込めば金貨一枚になるから、差額で大儲けできる』って言われて……! 手持ちの銀貨五十枚を全部注ぎ込んで買ったんだ……!」

「商人から……?」

 アストリッドはその言葉に眉をひそめた。

 だが、今は窓口業務を完結させることが先決だ。アストリッドは冷徹な手つきで出納帳を開き、算盤の珠をパチリと弾いた。

「クヌート様。動機が何であれ、行政庁に対して偽装された物品を持ち込み、公金の不当支出を要求した事実は動きません。王国刑法第百十二条『公金詐欺未遂罪』、および行政規則『虚偽申告に伴う個人事業主ライセンスの一時停止処分』、さらには特定有害物質の不法持ち込みに該当いたします」

「ひ、ひぃぃっ……! 頼む、それだけは勘弁してくれ! ライセンスを剥奪されたり投獄されたら、俺は冒険者として生きていけなくなる……! 借金も返せないんだ……!」

 クヌートはカウンターに膝をつき、両手を合わせて必死に許しを請うた。

 アストリッドはため息をつき、スヴェン主任の方をチラリと見た。

 主任は「うう……前科者を出して憲兵隊沙汰の大騒ぎにするのは勘弁してほしい……」と目で必死に懇願している。

「……分かりました。あなた自身も悪質なブローカーに騙された被害者である点、および初犯であることを考慮し、主任の行政裁量により、今回は【厳重注意】に留め、憲兵隊への身柄引き渡しは見送って差し上げます」

「ほ、本当か……!? 助かった……!」

 クヌートが胸を撫で下ろして立ち上がろうとした、その瞬間。

「――ただし」

 アストリッドの冷徹な声が、カウンターの空気を凍りつかせた。

「この有害物質が塗布された偽装魔石を、そのまま街中へ持ち帰らせるわけにはまいりません。裏山や小川に不法投棄されては、周辺住民に深刻な公害が及びます。したがって、本魔石はその場で直ちに所有権を行政庁へ放棄していただき、専用の魔導焼却炉にて安全に無害化処理を行います」

「あ、ああ、そんな石ならいくらでも処分してくれ! じゃあ俺はこれで――」

「お待ちください。まだ終わっていません」

 アストリッドは机の引き出しから、赤い公印の捺された一枚の納付通知書をスッと差し出した。

「『行政庁指定・特定有害物質適正処理規程』第四条に基づき、処分にかかる特殊薬剤費および焼却炉稼働燃料費として――廃棄処分手数料【銀貨一枚】を納付していただきます」

「……は?」

 クヌートの表情が完全にフリーズした。

「ぎ、銀貨一枚……!? ちょっと待て! 金貨をもらいに来たのに、なんで俺が金を払わなきゃならないんだ!?」

「当然です。行政庁はボランティアのゴミ処理場ではありません」

 アストリッドは眉一つ動かさずに告げた。

「公金を騙し取ろうとして持ち込まれた有害廃棄物を、市民の税金でタダで処分して差し上げるほど、我が部署はお人好しではありませんから。……それとも、処分手数料の納付を拒否され、憲兵隊の留置場へ行かれますか?」

「な……っ!?」

 アストリッドのヘーゼルブルーの瞳から放たれる絶対零度の光に射すくめられ、クヌートはガタガタと震え上がった。

「は、払います! 払えばいいんだろ、払えばぁぁ……!」

 クヌートは泣き出しそうな顔で腰の革袋をまさぐり、なけなしの銀貨一枚を震える手でカウンターに差し出した。

「毎度ありがとうございます。受領証を発行いたしました。以後、怪しい儲け話には十分ご注意ください」

 アストリッドが素早く領収印を押した用紙を渡すと、青年魔術師は手ぶらのまま、這々の体でロビーの出口へと逃げ去っていった。

「ぎゃはははは!」

「一攫千金を狙って役所に乗り込んだ挙句、銀貨一枚巻き上げられて逃げ帰りやがった!」

「新人の受付嬢ちゃん、見た目はおとなしそうなのに容赦ねえな! でも最高にスカッとしたぜ!」

 待合ロビーの冒険者たちから、ドッと爆笑と喝采が沸き起こった。

 窓口の空気は一変し、秩序を取り戻した。

 奥で胸を撫で下ろしたスヴェン主任が、涙目で駆け寄ってくる。

「アストリッド君、イーヴァル君……! ありがとう、本当にありがとう! 暴動にならずに済んだよ……! 今月の胃薬代が浮いた気分だ!」

「ふふ、さすがアストリッドちゃん。悪徳商人顔負けの鮮やかな取り立てと落としどころだったわね」

 ヘルガも楽しそうに笑いながら、新しい書類の束を整理し始めた。


(後編に続く)



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