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第十八話:消えた高純度魔石の伝票(前編)

 スコグハイム地方行政庁・地下第一公金保管金庫室。

 分厚い石壁に囲まれた冷涼な空間には、無数の頑丈な鉄製保管棚が立ち並び、厳重な封印魔導具が青白い光を放っていた。

 本日は、王都財務監察総局による一週間に及ぶ全面集中査察の最終日。

 過去三年間に第七窓口で買い取られ、行政の防衛備蓄として保管されている全魔石(マナステイン)の「現物棚卸し照合」が執行されていた。

 立ち会うのは、冷酷な眼光を放つ特命査察官エリクソン。

 その背後には第七窓口のスヴェン主任、有給休暇から復帰したヘルガ、そして愛用の木製算盤(アバカス)を抱えたアストリッド。

 さらに、鑑定の証人として主任査定官のイーヴァル、そしてなぜか落ち着かない様子で立会人を務めるロルフ次長である。

「――棚番四〇二、大猪(ワイルドボア)の三級魔石、帳簿記載六十点、現物六十点。照合完了」

 アストリッドが澄んだ声で読み上げ、出納台帳にチェック印を押す。

 イーヴァルが多重焦点ルーペで魔石の純度を確認し、エリクソン査察官が手帳に無言で筆を走らせる。

 三日間に及ぶ棚卸しは、アストリッドの完璧な付箋管理と幾重もの照合記録により、一点の狂いもなく順調に最終盤を迎えていた。

 だが――。

「次、棚番五〇一の最上段を開錠」

 エリクソンが指示した。

 そこは、通常の魔石とは別に、金貨数十枚以上の価値を持つ最高ランクの魔石だけを保管する『特級魔石専用金庫』であった。

 カチャリ、と重々しい鍵が回され、厚さ三十センチの防護扉が開かれる。

「台帳記載、案件番号『北街―三〇九』。北方街道防衛事業の事前調査において討伐された大鬼(オーガ)の特級魔石、一個。公定評価額【金貨三十枚】。……現物を取り出しなさい」

「はい」

 アストリッドが手袋をはめた手で、ベルベットが敷かれた指定の銀トレイを引き出した。

 しかし――。

「……え?」

 アストリッドの動きが止まった。

 トレイの上には、白い敷布が虚しく広がっているだけだった。

 本来そこにあるはずの、拳大の深紅に輝く高純度魔石が――影も形も存在しなかったのだ。

「なっ……!?」

 スヴェン主任の顔から、一瞬で血の気が引いた。

「な、ない……!? 特級魔石がないぃぃぃ……!?」

「ほう……」

 エリクソン査察官の眉がピクリと跳ね上がった。

 銀縁眼鏡の奥から、氷点下の眼光が突き刺さる。

「出納台帳には、第七窓口の受領印とともに『保管中』と明確に記帳されている。だが、現物トレイは空だ。……金貨三十枚に相当する国家防衛用特級魔石の、現物亡失だな」

「ひいぃぃっ……! そ、そんなはずは……! 私の胃が……心臓が止まるぅぅ……!」

 スヴェン主任が泡を吹いて卒倒しかけた、その時――。

「――見ろ! やはりそうだったか!」

 突如として、背後から狂喜を押し殺したような鋭い怒号が響いた。

 ロルフ次長が、鬼の首を取ったように前に進み出てきたのだ。

「エリクソン殿! これこそ私が危惧していた事態です!」

 ロルフ次長は真っ赤な顔で唾を飛ばし、アストリッドとスヴェン主任を指弾した。

「第七窓口は、日頃から規則だ法規だと生意気な口を利きながら、その実態は杜撰極まる管理体制だったのだ! 金貨三十枚もの特級魔石を紛失するなど、管理過失の域を遥かに超えている! ……あるいは、窓口職員による意図的な【公金・公物横領】だ!」

「お、横領なんて滅相もない! 身に覚えがありません!」

 スヴェン主任が必死に叫ぶが、ロルフ次長は聞く耳を持たない。

「言い訳は見苦しいぞ、スヴェン主任! 査察官殿、地方公務員懲戒令に基づき、スヴェン主任および担当書記官アストリッド・リンドベリの両名を、即刻職務停止とし、警備隊へ引き渡すべきです! そして、このような不正と腐敗の温床である第七窓口は本日をもって業務停止とし、直ちに『ノルデン商工連合』への包括民間委託を緊急執行すべきです!」

 ロルフ次長の瞳に、醜い勝利の欲望がギラギラと渦巻いていた。

 この瞬間を、最初から待ち構えていたかのような見事な追撃であった。

「……リンドベリ書記官」

 エリクソンが、感情の伺えない冷徹な声でアストリッドを見下ろした。

「公金物品の受領記帳を行いながら、保管庫の現物を亡失させた事実は重い。地方財政法および王国刑法上、弁解の余地はないが……貴殿に申し開きはあるか?」

「…………」

 金庫室の空気が、息もできないほど重く張り詰める。

 スヴェン主任はお腹を抑えながら震え、ロルフ次長は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 だが――。

 カチャリ。

 静かな金属音とともに、アストリッドは愛用の木製算盤(アバカス)を両手でしっかりと構え直した。

 青碧の瞳には、怯えも動揺も微塵もなかった。

 ただ、研ぎ澄まされた刃のような、透徹した理性の光だけが宿っていた。

「弁解など、一つもございません」

 アストリッドは凛とした声で、真っ直ぐに言い放った。

「私はただ、客観的な事実と、正確無比な数字の記録をご報告申し上げるだけです。……第七窓口の受領記録に、一銀貨の誤りもございません。特級魔石は紛失したのではなく――ロルフ次長、あなたご自身の決裁印によって【不当に出庫】され、商工連合の密輸ルートへ横流しされたのです」

「な、なにをぉぉぉっ!?」

 ロルフ次長の顔面が、一瞬で引きつった。


(後編に続く)


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