第十六話:査定担当イーヴァルのストライキ(前編)
「――断じて認めん! こんなガラクタの玩具で、魔石の命が測れるものかッ!」
地鳴りのような怒号が、スコグハイム地方行政庁の地下通路にビリビリと反響した。
頑丈な鉄扉の前で、額に多重焦点ルーペを乗せた痩せ型の男――地下鑑定室の主任査定官イーヴァルが、全身の毛を逆立てた山猫のように激昂していた。
足元には、黒塗りの木箱に入った見慣れない魔導具が転がっている。
金文字で『商工連合推奨・全自動魔石簡易測定秤』と刻印された、最新型の査定器械であった。
その対面に立ち、仕立てのいい高級スーツの胸元を正しながら冷笑を浮かべているのは、ロルフ次長である。
「聞き分けのない男だな、イーヴァル殿。時代は変わったのだよ。君のような頑固で偏屈な職人が、時間をかけて石を撫で回す時代は終わったのだ。この最新魔導具に魔石を乗せれば、魔導回路が石の重さと光の屈折率を瞬時に読み取り、等級を自動判定してくれる。これぞ、我が庁舎が進める『査定業務の近代化・効率化』の第一歩だ」
「ふざけるなッ! 魔石の価値は、重さや見た目の輝きだけで決まるものじゃない! 魔力結晶の純度、内部の魔力回路の密度、目に見えぬほどの微細な亀裂――それらを五感と経験のすべてを研ぎ澄まして見極めてこそ、公正な査定と言えるのだ! こんな適当な測定秤を導入してみろ、粗悪な石を掴まされるか、あるいは本物の宝を二束三文で買い叩かれるのがオチだ!」
「能書きは結構。これは庁舎上層部と商工連合との包括連携協定に基づく決定事項だ」
ロルフ次長が冷たく言い放った。
「来週より、窓口での魔石査定はこのマニュアルと測定秤を用いて、平の書記官たちに代行させる。君の無駄に高い専門職手当も、来期より見直し対象だ。……職人気取りの時代遅れは、大人しく引き下がりたまえ」
「…………」
イーヴァルの細い目が、すっと据わった。
職人が長年かけて培ってきた誇りを土足で踏みにじられた男の、底知れぬ怒りの沈黙。
「……そうか。ならば、勝手にしろ」
バタンッ!!
轟音とともに、地下鑑定室の分厚い防護鉄扉が内側から乱暴に閉ざされた。
ガチャン! ドスン! と、三重の極太の鉄製閂が差し込まれる重々しい金属音が響く。
「お、おい! イーヴァル! 開けなさい!」
ロルフ次長が扉を叩くが、中からは冷え切ったイーヴァルの声がくぐもって返ってくるだけだった。
「――無期限ストライキだ。鑑定室の備蓄魔石、および公金出納の金庫室への通路は、この鉄扉の奥にある。俺の目が黒い内は、指一本触れさせん。……貴様らの薄汚いマニュアルとやらで、好きなだけ窓口を回すがいい!」
「なっ……! き、貴様! 公務員としての職務放棄だぞ! 懲戒免職にしてやる!」
ロルフ次長が真っ赤になって鉄扉を蹴りつけるが、防護鉄扉は魔獣の突進すら防ぐ特注品だ。ビクともしない。
そして――この前代未聞の立てこもり事件の余波は、即座に地上の第七窓口を直撃した。
「ひいぃぃっ……! イーヴァルさんが立てこもったぁぁ……!? 査定が、冒険者の報酬支払いが完全に止まってしまうぅぅ……!」
第七窓口の執務室で、スヴェン主任が頭を抱えて激しくのたうち回っていた。
すでに窓口の外には、魔物を討伐して魔石を換金しにきた冒険者たちが「おい! どうなってんだ!」「早く査定して金を払え!」と詰めかけ、殺気配を漂わせ始めている。
「ロルフ次長が持ち込んできた新マニュアルで、とりあえず私たちで査定することはできないのかしら?」
ヘルガが眉をひそめながら、カウンターの上に置かれた『商工連合版・魔石簡易査定マニュアル』をパラパラとめくった。
「……いいえ、ヘルガ先輩。絶対に駄目です」
アストリッドが、愛用の木製算盤を机の上にピシッと置き、極めて厳しい表情でマニュアルを指差した。
「このマニュアルと測定秤の判定基準、あまりにも意図的な抜け穴が仕組まれています」
「抜け穴……?」
スヴェン主任が涙目で顔を上げた。
「はい。このマニュアルでは、魔石の買い取り等級を【外殻の色調】と【重量】の二軸だけで四段階に分類しています。ですが、魔石の真の価値である『魔力純度』の検査項目が完全に抜け落ちています」
アストリッドが算盤の珠をパチパチと弾き、冷徹な数字を提示した。
「例えば、内部に濁りが多く魔力含有率が三十%しかない『粗悪な大粒魔石』であっても、外見が綺麗で重ささえあれば、この器械は無条件で【特級(金貨五枚)】と判定してしまいます。逆もまた然りです。極小サイズでありながら魔力純度九十五%を超える『超高純度魔石』は、重量不足として一律に【並品(銀貨一枚)】と誤認されます」
「……あっ!」
ヘルガがハッと目を見開いた。
「それって、行政の窓口に粗悪なゴミ魔石を高値で買い取らせて公金を吸い上げ、逆に冒険者が命がけで持ち帰った本物の高純度魔石を二束三文で買い叩いて、裏で横流しするための……!」
「その通りです」
アストリッドは拳をギュッと握りしめた。
「イーヴァルさんの怒りは完全に正当です。このマニュアルを導入すれば、窓口の公金は食い荒らされ、冒険者との信頼関係は完全に破綻します! ……ですが、このまま鑑定室が閉鎖されていれば、窓口業務が立ち行かず、次長に『それ見たことか、公務員は無能だ』と民営化の口実を与えてしまいます!」
「ど、どうすればいいんだぁ……!? イーヴァルさんは頑固一徹、一度ヘソを曲げたらテコでも動かないことで有名な職人なんだぞぉ……!」
絶望に暮れるスヴェン主任。
だが、アストリッドはふと、窓口の前に立つある人影に目を留めた。
そこには――大きな風呂敷包みを抱え、おずおずと窓口を覗き込んでいる、おさげ髪の少女の姿があった。
(後編に続く)




