第九話:新米パーティの独立登録申請(前編)
「おい受付嬢! 俺たち『暁の銀狼』パーティの独立登録証を発行してくれ! 今日から俺たちは、王都を目指すプロの冒険者だ!」
スコグハイム地方行政庁・第七窓口のカウンターに、ピカピカに磨かれた真新しい青銅の剣がドンと置かれた。
声を張り上げているのは、まだ頬に幼さの残る十七、八歳の少年戦士だ。革鎧は傷ひとつなく、肩当ての金具は眩しいほどに輝いている。
その後ろには、仕立てたばかりの初心者用ローブを誇らしげにまとった小柄な少女魔術師と、小奇麗なトネリコの短弓を背負った少年狩人が、胸を張って並んでいる。
三人とも、冒険者学校を修了したばかりか、あるいは近隣の開拓村から一攫千金の夢を抱いてスコグハイムへ出てきたばかりの、完全な『駆け出しルーキー』だった。
「おはようございます。魔獣害対策課・冒険者対応窓口へようこそ」
新米書記官のアストリッド・リンドベリは、仕立ての良い公務員制服の襟元を正し、完璧な営業用スマイルを浮かべた。
「『個人事業主登録(冒険者鑑札)』の新規交付申請ですね。所定の申請書類一式と、本人確認用の市民台帳謄本、および初期登録手数料【銀貨三枚】のご用意をお願いいたします」
「おう、銀貨三枚くらい軽い軽い! ほらよ!」
少年リーダーが、革財布からピカピカの銀貨三枚を弾くようにカウンターへ置いた。
「なんたって俺たちは、いずれドラゴンをぶっ倒して金貨百枚、千枚と稼ぎ出す英雄パーティだからな! 登録さえ済ませりゃ、すぐにでも大型討伐の指名競争入札に名乗りを上げてやるぜ!」
「……まあまあ、威勢のいいヒヨコちゃんたちね〜」
隣の席で優雅に紅茶をすすっていたヘルガが、悪戯っぽく目を細めて微笑んだ。
「アストリッドちゃん、最初の関門『現実直視ガイダンス』のお時間よ〜」
「はい、承知しております」
アストリッドは木製の算盤をコトンと机の中央に置き、分厚い羊皮紙のファイル――『王国税法および個人事業主義務手引書』を開いた。
「暁の銀狼の皆様。まず前提として、行政庁の鑑札を受け取った瞬間から、皆様は『自由な冒険活劇の英雄』ではなく、税法上の【独立自営請負事業者】となります」
「……じ、じえい……うけおい……?」
少年戦士の眉がピクリと動いた。
「ええ。したがって、年間を通じて発生する全売上、経費、および納税義務を自己責任で管理していただきます。……これより、皆様が提出された『初年度事業計画書(収支予想表)』のヒアリング査定を行います」
アストリッドの指先が、少年が意気揚々と提出してきた用紙の『予想収入』欄をトントンと叩いた。
「……月間討伐報酬予想:【金貨十枚(銀貨千枚)】。年間総収入予想:【金貨百二十枚】。……ずいぶんと夢の膨らんだ数字ですね」
「へへっ、当然だろ! 冒険者ってのは命を張って一攫千金の夢を掴む商売だからな!」
「では、現実の数字を算盤に載せてみましょう」
パチ、パチパチパチ……!
アストリッドの指先が、流麗に算盤の珠を弾き始めた。
「まず、駆け出しの登録一年目のパーティが受託可能な案件は、規定により危険度ランクDの【少額随意契約(害獣駆除・採取)】に制限されます。平均成約単価は一案件につき銀貨五枚。月間稼働日数を二十日、北方の厳しい天候不良による不稼働率を二〇%と試算した場合、月間の現実的売上高は【銀貨八十枚】が上限です」
「えっ……? は、八十銀貨……!?」
千銀貨を夢見ていた少年戦士の目が泳ぎ始めた。
「ここから必要経費を控除いたします。三人分の安宿代と一日三食の食費、一月あたり【銀貨四十五枚】。武器の研ぎ直し、矢の補充、防具の補修用油脂などの装備維持費、月間【銀貨十五枚】。不慮の怪我に備える下級傷薬・解毒薬の常備費用、月間【銀貨十枚】」
パチパチパチ……!
「八十から、四十五、十五、十を引きます。残余の月間営業利益は……【銀貨十枚】。これを三人で頭割りいたしますと、一人あたりの月間配分額は……【銀貨三枚と銅貨三十三枚】となります」
「さ、三銀貨……!?」
少年戦士の顎がガクンと落ち、背後の魔術師少女と狩人少年が顔を見合わせた。
「嘘だろ!? 俺の親父が村の畑で大根作ってる稼ぎと変わらねえじゃねえか!」
「まだ終わりではありません」
アストリッドの冷徹な声が追い打ちをかけた。
「ここから、王国地方所得税(一〇%の三十三銅貨)、および冒険者公認互助会費(月額五十銅貨)が自動的に源泉徴収されます。控除額は合計八十三銅貨。したがって、最終的な手残り現金は……一人あたり【銀貨二枚と五十銅貨】です」
「ぎ、銀貨二枚……!?」
少年戦士はその場に崩れ落ちそうになった。
「命がけで魔物と戦って……残るのが月に二銀貨と半分……!? そんなの、酒場でエールを三杯飲んだらスッカラカンだぞ……!」
「さらに申し上げるなら」
アストリッドは容赦なく、カウンターの青銅剣に冷徹な視線を落とした。
「その立派な青銅剣や初心者用ローブ、武器屋の月賦払いで購入されたのではありませんか? もし月々の分割返済金が一人あたり一銀貨あるとすれば……最終的な皆様の自由可処分所得は、一日あたり【銅貨五枚】――硬い黒パン一個分となります」
「ひ、ひぃぃぃ……っ!」
少年たちは青ざめ、肩を寄せ合って生まれたての子鹿のように震え上がった。
(後編に続く)
お読みいただきありがとうございます!
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
下部にある【ブックマーク登録】や【いいね】、ページ下部の【★★★★★】評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!
次回もよろしくお願いします。




