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第八話 年一回の備品一斉棚卸し(前編)

「……主任。帳簿上の記載では『魔晶石・並品』が四百五十個、現物保管箱の中には……四百四十七個。三点、どうしても数が合いません」

 薄暗くひんやりとした地下保管庫の奥。

 防虫香の独特な白檀の煙が漂う空間で、新米書記官のアストリッド・リンドベリは、鉄製の台帳板に羽ペンを走らせながら、氷のように冷徹な眼差しを上司に向けた。

「ひいっ……! 三点……!? たった三点じゃないかアストリッド君! 魔石なんて小石みたいなものだし、床の隙間にでも転がり落ちたんじゃないかな……!?」

 棚の陰で懐中魔灯を握りしめ、埃まみれになって震えているのは、窓口責任者のスヴェン主任である。

 本日は清流の日(ヴァトナダグ)。

 スコグハイム地方行政庁において、一年に一度だけ全窓口の業務を半日停止して行われる悪夢の年中行事――『中間会計備品・保管財産一斉棚卸し』の当日であった。

「たかが三点ではありません、主任」

 アストリッドは革手袋の指先で、木箱の中に敷き詰められた緩衝用の木屑を丹念に払いながら言った。

「魔獣対策課の地下保管庫に収蔵されている物品は、すべて市民の税金である公金によって買い取られた『王国公有動産』、あるいは法令違反によって差し押さえられた『保管証拠物件』です。一欠片の魔石、一本の魔獣の牙といえども、帳簿の数字と実在庫が一致しなければ、来月の本庁監査で『公金横領または保管物遺失』として監査官から糾弾されます」

「うっ……! 横領なんてとんでもない! 私の胃は、不正の二文字を思い浮かべただけで激痛を発する仕様なんだよぉぉ……!」

 主任が埃っぽい作業着の胸元を押さえて蹲る。

 その隣の棚では、先輩書記官のヘルガが、毛皮の襟巻きを埃除けの布で覆い、優雅に羽ぼうきで木箱の埃を払っていた。

「主任、諦めなさいな。アストリッドちゃんは、数字が合わないと今夜のシチューの味がしなくなる子よ。……それにしても、この地下保管庫、何年放置されてたの? まるで太古の迷宮の宝物庫ね」

 ヘルガが呆れたように棚を見上げる。

 天井まで届く頑丈なオーク材の保管棚には、討伐現場から買い取られた無数の魔石の木箱、乾燥処理された魔獣の毛皮、巨大な牙や爪、そして正体不明の骨格標本が所狭しと詰め込まれていた。

「……ん」

 保管庫のさらに奥、金属製の頑丈な金庫の前から、低い呟きが聞こえた。

 分厚い牛革のエプロンをまとい、拡大鏡を目元に当てた男――素材査定官のイーヴァルである。

「イーヴァルさん、魔石の重量検査はいかがですか?」

 アストリッドが歩み寄ると、イーヴァルは手元の真鍮製精密天秤から視線を上げずに答えた。

「……並品魔石の欠損三点、判明した」

「本当ですか!?」

「……ん。先週、第二窓口(土木振興課)へ、南門修繕用ブラスト資材の魔力源として緊急公用払出し。……出納伝票の控えが、棚の裏に落ちてた」

 イーヴァルが無言で差し出したのは、埃をかぶった一枚の黄色い伝票だった。

 そこには確かに、土木課長の受領印とともに『並品魔石三点受領』と記されていた。

「……やりました! これで並品魔石の残高は完璧に一致しました!」

 アストリッドの表情がパッと明るくなった。台帳の数字に横線を引き、確認印を勢いよく押す。

「さすがイーヴァルさん! いや、イーヴァル様だよ……!」

 スヴェン主任が感涙にむせびながら手を合わせた。

「よし、これで魔石類のカウントはすべて終了だね! あとは適当に書類をまとめて――」

「主任、まだ終わりではありません」

 アストリッドは容赦なく次の台帳ページをめくった。

「次は『特殊魔獣素材および大型骨格保管区画』の棚卸しです。……物品番号B―〇八二二、『岩角羊(ロックラム)の右湾曲大角』。全重量十二・五キログラム、保管棚第三列上段……」

 アストリッドが懐中魔灯を棚の上段へ向けた。

 だが――。

 光が照らし出した棚の空間には、何一つ置かれていなかった。

「……ありません」

「え?」

「ありません、主任。巨大なはずの岩角羊の角が……跡形もなく消えています」

「ひいぃぃぃっ!?」

 スヴェン主任の悲鳴が、地下保管庫に木霊した。

「じゅ、十二キロの大角が消えたぁぁ!? あんな重くて巨大な骨、ポケットに入れて持って帰れるわけがないだろう!?」

「誰かが持ち出した形跡はありません。貸出票も存在しません」

 アストリッドは即座に周囲の棚、床、隙間をくまなく捜索し始めた。

「棚卸し終了期限の午後四時までに現物を発見できなければ、紛失事故報告書および始末書の提出、さらに紛失動産の時価評価額【銀貨二十五枚】の連帯弁済責任が発生します」

「銀貨二十五枚の自腹弁済……!? 探すんだ! 埃を吸って肺が潰れても、角を探し出すんだぁぁっ!」

 主任が猛烈な勢いで四つん這いになり、床の木箱をひっくり返し始めた。


(後編に続く)


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