コストカットかもね
「なんかさ、ここに使ってある釘、大きさ、同じ気がする」
香が言えば、白露も天井に金細工の装飾に顔を寄せる。
「っぽい。色違いじゃん」
しかし、断定できない。長さまで同じかどうかは、抜かなければ調べられないから。
「1個外してみたいけど。って、ダメだよね」
装飾の金具はしっかり取り付けられている。雨天の今日は分からないが、天気のいい日は、光が反射して眩しいほどキラキラ輝くのだろう。
下から「あった?!」と洛の声。次の瞬間。
「うわっ」
声と一緒に、どすんという音が聞こえた。洛が床の上に尻餅をついている。
「何してんの。大丈夫?」
白露が声をかけ、足場の台から飛び降りる。
──うっそ!
天井近くに顔があった香は、遥か下の床を見て、背丈よりもずっと高い場所から飛び降りた白露に驚く。
「立ち上がるときにバランス崩した」
一方、洛は、床に丸くなっている。
洛が腰掛けていた足場は即席のものだったらしく、材木の切れ端に板が横たえられているだけだった。立ち上がるとき、不安定でうっかりバランスを崩したらしい。そして、彼が丸くなっているのは、その拍子にひっくり返った木箱から散らばったものを見ていたからだった。
それは釘。
「あれ、これって、一緒かも」
洛は、散らばった釘をそのままに、懐から、香が乾清宮で拾った釘を出す。
──その前に、釘を拾ってよ。
香は、洛の皇子っぷりに呆れた。
「一緒。見て見て見て。一緒」
と洛がはしゃいぐ。
香は、注意深く、高い足場から梯子を使って降りて行った。そして、洛の左手と右手にある2つの釘を見た。
「一緒だ」
「まったく一緒」
香と白露は驚く。香はまず、散らばった釘を拾う。白露は床に落ちた板を元通りにする。2人の姿を見て、洛はやっと自分も釘を拾い始めた。
床に散らばった釘は全て同じサイズ。普通の鉄釘。鉄肌。いったい、どこにその釘が使われているのか。香はきょろきょろと周りを見渡す。床は方磚。宝座はまだ。宝座が置かれるだろう辺りを調べる。一段高くなっている台には木釘、後ろの壁は嵌め込まれている木製で釘なし。看板のように掲げられている「坤元貞位」という額の辺りを調べたが、支える留め具に使われていたのは、もっと大きな釘だった。
釘が入っていた箱の大きさから推定できる使われただろう釘の量は、頭上の天井を煌めかせる金具の量に匹敵するのではないか。
──でも、金色じゃない。
天井にある釘は、金の装飾金具を留めるに相応しい、金色に輝いている。
「もう1回見る」
香は、諦めの悪いタイプだった。幸い、まだ恋愛面には発揮されていない。
洛から、乾清宮で拾った釘を預かり、高い足場の台に上る。そして、釘の頭の部分の大きさが同じかどうかを調べようと、すでに打ち込んである釘と持っていた鉄釘の頭同士を重ねた。頭の大きさは一致する。
── 一緒。
「んー」と眉根を寄せながら、鉄釘を金色の釘から離す。
「ん?」
手に持っていた鉄釘の方に、金色の欠片が付いている。
──いえいえいえ。つくわけないって。反射? 疲れ目?
香は天井にある方の釘を見る。針の先ほど僅かに、鉄肌が見えている。
──まさか。
香は天井の釘に爪先を近づけて、、、やめた。金箔が剥がれるのは確実だと判断したからだった。
床におりて、見解を述べる。
「えーっと。残念なお知らせ。別に、このままでもいいっちゃーいいんだけど。この天井の金色の釘、長持ちしないかも」
単刀直入が常である香だが、同業者を悪く言いたくはない。良くない方法ではあるが、間違っているわけでも、不正をしているわけでもないのだから。
「どゆこと?」
白露が首を傾げた。
「金色の金具を取り付けてあるんだけどさ、いっぱい」
「見た」「オレにも見えてる」
「あーゆーのつけるときって、普通は金色の釘を使うの。けど、それ、コストが高いの。だから、ふつーの鉄釘を使ってる。で、てっぺんの鉄って見えるとこに、金箔貼ってる」」
「ズルじゃん」と言う白露を、香は否定。
「そーゆー方法もあるの。ただ、鉄は錆びやすいし、今日みたいに湿気が高いとさ、接着剤がゆる〜ってなって、剥がれやすいから、家具みたいによく触るものには、あんまり使わないかな」
洛は細かいことを気にしなかった。
「天井は普段、誰も触らないし、ちょっとくらい剥がれても、天井高いから気づかないもんな」
そして、香は結論を出す。
「乾清宮に忍び込んだ不審者は職人か、職人になりすましてた。この天井を造る匠グループに関係があるかも。ただ、ここを通りかかっただけって可能性もあるけど」
それには白露が答えた。
「通りかかったとしたら、やっぱ職人だよ。後宮にいるのは宦官くらい。宦官は、坤寧宮や交泰殿の外で見張るもん。中は邪魔になるから。ふあぁぁぁ」
最後に特大のあくびつき。
──白露、お疲れだよね。遊びに誘うのはムリかな。
残念だけれど、香は、一緒に遊びに出かけることを諦めた。
解散するとき、香と白露は「落とし物皇子」の落とし物がないかを念入りに確認。そして、白露は、そのまま「自分の部屋で寝る」と、宮廷の奥へ消えた。
香は洛に、宮廷の門まで送られる。最後、洛はまたやってくれた。
「すみませーん。桶」
洛は、傘を立てた桶を門の脇に放置して、そのまま去ろうとしていた。
せっかくの休みが半日潰れてしまった。しかし、洛はさすが皇子。心づけをくれたのだ。高額チップである。
香は、とりあえず美味しいものをゆっくり食べることにした。
普段は贅沢してもテイクアウトか屋台の前の椅子で食べる。この日は、飯屋の中へ入った。羊の肉、野菜炒め、饅頭、栗。美味しい。けれど、白露や墨竹、おっさんと一緒の食事の方が楽しい。足元にはもれなくチンギス。それから、母代わりの師匠の妻を思い出した。次の休みには、北京の城壁の外にある師匠の家に帰ろうと決めたのだった。
食事の後は、下着と本を買って風呂屋へ行った。
貴重品をフロントに預け、パーティッションで区切られたスペースで汚れを洗い流す。仕上げに蒸し風呂。体の芯から温まる。
──おっさんも、お風呂、入りたいだろーなー。
ふと、香は、おっさんを思い出した。
洛の力が及ぶのは、せいぜい彼が住む景陽宮。宦官なら自分の近くで匿えるとのこと。それには去勢が伴う。なので、現在、おっさんに話すことも含め保留中である。
風呂屋には、広い待合室がある。家族や男女がそこで待ち合わせをする。風呂を沸かした熱で温かく、秋冬の人気スポット。香はそこで、うつらうつらまどろみながら恋愛小説を読んだ。
すぐ隣の席では、人足集団と思われる男達が、運河の通行の袖の下が値上がりしたと怒っていた。
「なんでもかんでも値上がりかよ」
「食いもんだけじゃなく賄賂まで」
「風呂屋のサブスクも上がったしな」
──へー。ここのお風呂屋さん、サブスクやってんだ。




