第1話 橋本部長の生徒会選挙3
「山本、これが応援演説の文章だから覚えておくように」
「橋本部長は端正な容姿の健やかに優しく麗しいお方で・・・何ですこれ?」
やたら厚い紙を渡されて、僕は冷や汗を流す。
「お前が読むんだ。暗記が無理だったら持って壇上に上がっても構わんぞ」
「いやその、それって僕が共犯者ですって言っているようなもんじゃないですか!」
「柿の種型爆弾を投げたのはお前だった気がするが、気のせいか?」
「精一杯、頑張って読まさせて頂きます!」
――――――
「なんか、珠算部の部室に使ってた図書管理室が破壊されてたって話聞いた?」
「えっ、あ、はい」
分厚い紙の音読を教室でしていると、うわさ話が好きな英ちゃんが聞きたくもない事実を告げにやってきた。
「司書の先生が転任する事になったらしいよ。確か、子供まだ小さいのに本当に大変だよな」
「へ、へー、そうなんだー」
「あとさ、珠算部の部長は全治三か月の大怪我だって」
「そ、そうらしいね。そろばんって爆発するんだね」
高級フルーツでは、罪滅ぼしに足りなかったかもしれない……。
「本当に山本は大変だよな、でも隙を見てべっこう飴作ってくれよな!」
「あ、うん。はい、頑張ります……」
――――――
爆発事故が起こったから生徒会選挙を繰り下げるとか、延期するという発想はこの学校にはなかった。
教師たちが三年生の立候補を止めるという発想も、この学校にはなかった。
「なんでこんなに適当な学校なんだよっ!! それ以前に教師たちが率先して止めろよっ!
おかしいだろ、三年生が何で立候補しているんだよっ!」
一応抗議のようなものはしてみたが、教師諸君は口をそろえてこう言った。
「「だって、関わり合いになりたくないし」」
ええ、そうですね。
関わり合いにはなりたくないですね。
でも、それって、僕という犠牲者を無視したいぢめってやつではないですか?
「僕の役目は、意味不明なお経を唱え続けるだけ。そうだよな、これは応援ではなくお経だもんな!」
来年になれば卒業する相手という合言葉を胸に、僕は渾身の思いで応援演説を練習し続けた。
――――――
そして、月曜日はやってきた。
暗黒と呼ぶにふさわしい生徒会選挙日である。
午前の二時間に、候補者の演説。そして、お昼休みまでの間に投票を済ませ、午後のホームルームにて結果発表となり、投票数の多い順に会長、副会長と決まっていく。
演説は、一候補者三分ずつ。早い時間で出番はやってきた。
選挙管理委員の言葉と共に、僕は壇上に上がった。
「―――それでは、まず。橋本橋蔵君の応援演説を、一年三組、山本はじめ君」
やる気がない拍手が終わり。山本は、部長から手渡された演説文を読み上げる。
「わたくし。山本はじめ改め山本いそろくは、科学部、改め化学推論電子演算部の部長である橋本橋蔵様を推薦します。何故なら、橋本様は、この学校にとって有能な支配者になることは間違えないからです。
彼の頭脳、端正な顔立ち、麗しい瞳、流れるような髪の毛に長く伸びた睫毛、凛々しいメガネとにこやかな微笑み、白く輝く美しい歯からこぼれる笑顔は、ついも女生徒を虜にさせます。
まるで神か匠の職人が作り上げた造形物のような神秘なる美しさを秘めた橋本様が、この学校の会長に最も相応しいと思うからです! 彼はこの学校を救う事が出来る逸材です。それは万物の理から定められている、確かなる出来事であると確信しております。
宇宙の創世から今世に至るまで、全ての生命体は彼に従うべき素材であると認識しております。
何故なら彼は生まれながらの覇王であり、選ばれし会長だからです!
愚かなる生徒である我々は、今まで彼の真の実力に触れようとはしませんでした。
しかしながらそれは間違えだったと今日は気が付かれる事でしょう。彼はこの学校の救世主なのです、選ばれるべき運命の星に生まれた存在なのです! どのような指導も、どのような統治も、彼を超える事は決してないでしょう。人間という物は指導して頂かないと形を保てない、弱い小さな存在なのです。
彼の統治と科学力があれば、第三中学の未来は薔薇色に染まります! そうです、間違いありません!
彼を信じてくださいっ! 彼を愛してください! 彼を信望してください!
この一票を橋本橋蔵に投じる事で、皆さんの今後の学校生活は劇的な変化を遂げる事になるのです!
彼を信じましょう、彼を認めましょう、彼の全てに愛を捧げましょう。
もう悩む事はないのです、悔やむ事もないのです、時代は全て橋本橋蔵で回る事によって救いの道を辿り続けるのです。
何も無いとバカにされ、やる気が無い中学と言われ続けてきた第三中学。それは全て橋本橋蔵による統治が行きわたってなかったことによる損害であり、損害は橋本橋蔵に投票する事によって解消される問題です。
救われたいという気持ちがある方、この学校を変えたいと思う方、その場のノリでいいから何でもいいからまた爆発事故とかそんな被害が起きたりして大変な事とかあると僕は困るし僕に被害が来るのはイヤだし、てゆか会長にさえなれば僕の負担は減るような気がするし、何かそんな感じでガンガン皆さんが部長に投票してもらえれば調子づいて事故とか事件が起こらなくて済むし、僕は安定した学校生活を送れるし、教師の皆さんも小さな犠牲で大きな被害が防げるし、バンバン万歳で超解決できるわけだからそれはもうたまらないくらいに簡単な行動で事故を未然に防げるわけですよ。
ちょっと投票用紙にサラサラっと名前を書いてもらって、なんか会長職に付かせて仕事を色々と押し付ければ、ヤツはもう受験生で手も足も出ないところまで行って、この学校のおさらばするんですから、会長選挙何て、三月にやり直せば済む話なわけですよ!
ま、面倒だとか、大変だとか、色々な意見があるかもしれのませんけど、僕としては些細な犠牲で大事件を回避できるのであれば部長の内申書に会長職経験とか書かれてイラってする程度のお遊び事はラクラクらくちんな教師の事務処理作業で済む話ですよ!
いやもう、これはお買い得ですし完璧です。さ、投票しましょう、すぐに投票しましょう、サクッと投票しましょう! まあなんかそんな感じで、僕を助けると思って投票してください!!
以上、応援演説は一年三組の山本はじめがお届けしました。ご清聴ありがとうございました!」
乾いた拍手が鳴り響く。
脅迫としか思えないお経は全て読み終えた。三分以内で。
「よし、よくやったぞ山本。多少アドリブと本音が入っていたが、まあ今日の所は誉めてやろう」
「あ、ありがとうございます」
「これで我々の勝利は決まったようなものだ、だが緩むべきは今ではない。私の華麗なる演説を生徒諸君に聞かせて現実を知らせてやろう!」
「は、はい。頑張ってください、とかそんな感じで」
「―――続きまして。えー、候補者の橋本君の演説です」
やる気のない選挙管理委員による演説の合図が整った。
いよいよ、部長の出番である。
「やあ、麗しきもか弱き迷える生徒の諸君!
私は三年五組の橋本橋蔵様である、この名前をよく覚えておきたまえ。
君たちの真の指導者となる清く正しき美しい名前なのだから、覚えておかないような生徒はこの間の珠算部部長のように天に打ち上げられても文句は言えないぞ。
確かに君たちのような低能な知性に欠ける生徒たちにとって、私のような高貴な存在は畏怖すべき対象なのかもしれない。だが恐れる事は何もない、君たちが成すべきことは信仰心の向上であり私にひれ伏すという行為であり、私を崇めなくてはいけない。
私に許しを請わなくてはいけない、私を尊く思わなくてはいけない、私に絶対の忠誠を誓わなくてはいけない。かつて私に刃向った生徒たちも数名は居た、だが彼らも人格を形成され私の手足として動く実験動物としての生涯を全うしている。
君たちはそうはなりたくないだろう? 明るい学生生活を送りたいだろう?
だったらどうすればいいのかは分かってくれていると思うんだ。うむ、賢い人間は私は大好きだよ。
そうだ、私に一票投じるのだ!
何という事はない、投票用紙に橋本橋蔵と記入して投票箱に投じるだけで全ての事態は解決するのだ!
思えばこの第三中学は腐敗しきった政治が執り行われてきたと思う。指導者の力量を伴わない生徒会活動、堕落しきった生徒たち、やる気のない教師諸君。部活動と言えば注目されるのは文化部ばかりで、運動部と言えば都大会にすら出られないような怠けきった筋肉の持ち主ばかりが集まっている。
もちろん、勉学の面でも成績優秀で全国模試でも上位を保つのは私ただ一人だ。わかるかね、君たちは能力のないサルだ。能力のない物は知性のある者に指導されなければいけない!
さて、私の公約は怠けきった運動部員に筋肉増加チップを取り付けて中体連を全国制覇させ頭脳強化ベルトで生徒諸君の学力を向上させるという素晴らしい物だ。
今のような腐った現状を打破させるにはふさわしい、完璧なる改造手術を私は約束したいと思う。
人としての在り方、人としての過ごし方がどんなに大切かを思い知らされるような素晴らしい未来がこの第三中学に約束されるのだ! 喜びたまえ、私は君たちの賢き指導者である!
うむ、素敵な学生生活が想像できて喜んでくれていると思う。どんどん喜びたまえ、笑いたまえ、泣き叫びたまえ。私は君たちの将来を保証してあげよう! さあ、君たちの未来はこれで明るい物になると約束された。恐れる事はない、悩む事はない、救いの道はただ一つ、私に投票する事だ! わかるな? 私に投票するのだ!
おやおや、何を悩んでいるというのだ。
選択はもう決まっているのだから、一つの道を歩んでいくだけの話でしかない。人間に悩みは必要だ、道を誤る事も有るかも知れない、だが最終的な道はもう決まっている。
行くべき指標はただ一つしかない、橋本会長と過ごす豊かな第三中学の未来のビジョンだ!!
いいか、か弱き子羊生徒達よ!! 今の世界を変えたかったら私に票を入れたまえ!!
いいや、入れるんだ。これは命令だ!!」
最後のほうでは、軍歌まで歌い始めた。いったい、彼は何時代の人なのだろうか?
生徒、職員、すべての人間が頭を悩ませた。
――――――
そして、午後のホームルームが訪れた。
予想通りと言うべきか、もっともな結果がスピーカーから流される。
もちろん、生徒会長に選出されたのは、同情票を集めた入院中の珠算部部長。
幸いな事に傷は浅かったみたいで、来週末には松葉杖ついて登校できるらしく、リハビリもかなり頑張っているみたいで、人望のある人はやっぱり違いますね。
そして放送部が結果を言い終えた辺りで、部長が放送室に乗り込み、
「わ、わ、私が落選だと! 不正だ、不正が執り行われたのだ」
と、喚き倒したが、当然先生につまみ出されてお説教となったようである。
会長から書記まで、すべて部長以外の人間が納まり、トップとの差は数百票。
それもそのはず、二票ずつ生徒が入れられるにもかかわらず、部長の票は山本と部長本人の四票しかなかったのであり、受け狙いで票を入れるものもいなかった。
何がいけなかったんだとつぶやく部長に「月月火水木金金よりも、ラバウル小唄歌った方が良かったんじゃないですか」と言うと、そうか。と納得してくれた。案外単純である。
部長は文化祭実行委員長を目指し、日夜努力を続けるそうだ。
また、九月ぐらいに騒ぐのかと、僕は救心を飲み始めた。




