第1話 橋本部長の生徒会選挙2
「山本が我が部に入学してから3か月少々が経過したが、間もなく夏休みも近づいている」
「そ、そうですね」
何故かクーラーが備え付けている理科室で、今日も部長の演説が始まる。
ここは都内にある第三中学の理科室。もとい、科学部部室。
ごく普通に小学校を卒業して第三中学に入学し、何となく部活に科学部を選んでしまった僕。山本はじめは、不幸にも、軍国主義者で科学者気取りの橋本部長の有能なる太鼓持ちに就任してしまった次第である。
僕と言えば、特に秀でた能力も何もない非力な一年生。だからして、部長がどのような悪辣非道の実験を行おうが止める体力も気力も根気もない。そして、我が部に入りたいと思うような奇特な人物もいないので、僕はいつも一人で被害者に呪いの言葉を受け続けて神経をすり減らしていた。
「そして、時期的には少々早いが生徒会交代の季節でもある」
「あ、はい。そうですよね」
「で、第三中学を担う人材と言えば誰だと思う山本?」
「それはもう、科学部の部長たる橋本先輩以外どなたも適役は居ません。てゆかそんな感じです」
僕はこの三か月間で、おべんちゃらという特殊なスキルを取得した。
三か月の特殊な訓練の間で僕が学んだことは、命は大事だという一点のみである。
「うむ、ならば立候補してやらなくてはなるまいな!」
「り、立候補? よりにもよって三年生が?」
常識という物は、存在しないのだろうか。
誰か一般常識に詳しい方が居れば、頭を押さえつけて説教して頂きたいものだ。
「先ほど選挙管理室とやらで説法を呟いたら、何故か立候補用紙が送られてきてな」
いや、それは普通に脅迫です部長。
小さく選挙管理委員ドンマイと呟いて、僕はスルーを決める事にした。
「それは凄い事ですね。部長の才能に惚れ込んだという事でしょう。てゆか、間違いないみたいな感じです」
「うむ、私も高校受験を控える身で大変多忙なのだが、どうしてもと言われては仕方がない」
「きっと卒業する部長に最後の華を持たせたいと言う後輩たちの優しさですね。頑張ってください、じゃ僕は法事があるんで」
「うむ、よきにはからえ!」
「い、いやだーー、ぼ、僕は無関係なんだ! ち ょ! 僕 を部室から外へ引きずり出さないで下さいぃ! 僕 はちょっぴりセンチで人見知りするから外には出るなって、戦争に行ったおじいさんから厳しく言われてて・・・」
考え付く余裕もなく、僕は部室の外へと連れて行かれた。
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「あのぅ、何ゆえ選挙で珠算部の部室に伺う必要が……?」
珠算部では、数人の生徒達が必死にそろばんをはじいていた。
なんでも、もうすぐ検定試験だとかで、部員の意気込みも違うのだろう。
「山本、よく見てみろ。珠算部部長のあの腕を。きっと、自分は会計も出来る会長になれます。とでも演説するはずだ」
「そうかな……」
奧に座る珠算部の部長は、珠算の腕だけでなく、去年行われた弁論大会関東地区大会にも出場し、審査員の覚えも良かったと評判になったと英ちゃんが話していた。
成績もかなりのもので、上位に名前を連ねているが生徒会よりも、自分の試験のほうが大事ならしく。一生懸命はじいている姿が僕には良くわかった。
「ふむ、事は万全を喫したいのでな。山本にはこれが何かわかるか?」
「何って、柿の種ですよねどう見ても……」
部長は、胸ポケットから小さな柿の種を取り出す。
ピーナッツとかといっしょに入っているお菓子だが、ここでわざわざ取り出す意味が全く分からない。
「実は昨晩、自宅で指を突き指してな……。代わりにあそこで偉そうにしている対抗馬の珠算部部長に、この柿の種を投げてはくれないか?」
「柿の種をぶつけるだなんて、そんな子供じゃないんだから」
「―――スマンが本当に突き指をして指が痛いのだ……、代わりに投げつけて、憂さ晴らしをしてはくれないか?」
「分かりましたよ、投げるくらいなら構いませんから。…………えーい、投げましたけど、これがどうかしたんですか?」
ズドドドド゛ドドドドドーーーーン!!!!!!!!!
「しゅ、しゅ、珠算部の部室がぁぁぁ!!」
「はーーーーーーーっはっはっはーー!! 邪魔な対抗馬は部下である山本が葬ってくれたようだな!
目の上のたんこぶさえいなくなれば、生徒会選挙に勝利は間違いなし!」
「悪気はなかったんです! 柿の種だと思ってたんですっ!! ああぁっ、珠算部の皆さん死なないで下さい生きていてくださいぃ!!」
「よくやったぞ山本! 次は広報活動だ!」
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校舎前のバスケットコート、運動部たちが自主練習に励む姿が心地よく流れていく。そして彼らは、決して僕たち二人に目を合わせないように必死に部活動を頑張っている。……頑張っている。
「えー、全校生徒の皆様橋本がお願いにまいりました! 三日後の選挙に是非橋本橋蔵とご記入ください。っていうか、入れてください!」
( あ、はい、止めるなんて無理だって事は分かってましたよ・・・・。)
遠くでサイレンの音が鳴っているような気もしたが、きっとそれは幻聴だろう。
何も聞かなかったことにして、僕たちは校庭で選挙活動を続けることにした。
「第三中学の明るい未来のために、どうかこの橋本橋蔵を男にしてやってください。三日後の選挙で投票用紙には、橋本橋蔵、橋本橋蔵とご記入頂きます様お願いいたします。というか、記入しなかったらどうなるか、分かっているんだろうなお前ら! 」
「―――珠算部の部長は、入院したそうよ」
「何でも、生徒会長候補の最有力だったんですって」
「じゃあ犯人は、また五組の橋本さん?」
「あ、見て。また山本君が橋本さんの太鼓持ちにさせられているわ……」
「しっ、可哀想だけど気が付かない振りをしないと、四組の田中さんのように橋本さんに改造されるわよ」
「よ、四組の田中さんって誰だよ……。た、田中さんって、もちろん生きてるよな。理科準備室に新しく入ったホルマリンが何なのか激しく不安だったんだけど、アレの、中身じゃないよな……。ちゃんと通学してるんだよな……」
「ふっふっふっ、田中君だったモノがその後どうなったのか知りたいか? 」
「い、いえ大丈夫ですあ、ほら、選挙の広報活動を頑張りましょう」
後日。珠算部部長のお見舞いには、たくさんの友人がかけつけたらしい。
僕は、ごめんなさいの言葉と共に、お年玉貯金から高級フルーツの詰め合わせを贈った。




