99話
美食都市国家エピキュールの中心広場に、開幕を告げる高らかなファンファーレが鳴り響いた。
【庶民飯コンテスト】の初日。広場には何百という屋台がひしめき合い、立ち昇る湯気とスパイスの香りが、押し寄せる群衆の熱気と混ざり合って異様な熱を帯びていた。
「さぁ、いよいよ開幕だ。俺たちの屋台の初陣を飾るぞ!」
俺は特注の『16連装・純銅製大判焼き器』の下にバーナーをセットし、完璧な温度になるまで火力を調整した。
周囲の屋台からは、派手な炎や魔法を使った調理のパフォーマンスが繰り広げられている。
特に目を引くのは、広場の一番良い場所陣取っている『三ツ星商会』の巨大な屋台だ。
「さぁさぁ! 最高級の飛竜の肉と、トリュフをふんだんに使った『極上飛竜霜降りトリュフの串焼き』だよ! 庶民の皆さんも、今日だけは本物の味を知りなさい!」
コックコートを着た料理長がふんぞり返り、高級食材の暴力的な匂いを撒き散らしている。その前には、すでに長蛇の列ができていた。
『ピロロロッ。マスター、あちらの屋台、高級食材を使っている割には価格が不自然なほど安く設定されています。それに……』
シロが首を傾げながら、三ツ星商会の列を見つめている。
【ナビ:列を構成している群衆の『動線』に異常を検知。彼らは購入後、食事を楽しむことなく最短距離で投票所へ直行し、すぐにまた広場の外へ消えていきます。統計的に極めて不自然な行動パターンです】
「……なるほどな。いわゆる『サクラ』を使った組織票ってやつか」
現場の設備屋として長年『人の流れ(動線)』を見てきた俺には、その列がいかに人工的で歪なものか一目でわかった。
料理を味わうための列ではなく、ただ票を運ぶためのベルトコンベアだ。
『ニャアッ! ミツトメ、あんなインチキ野郎どものことより、早くこっちを焼くニャ! 我はもう限界ニャ!』
クロがヨダレを垂らしながら銅板をバンバンと叩く。
「わかってるよ。インチキには、真っ向からの『品質』で勝負だ」
俺はボウルに用意した、ほんのりとハチミツとみりんを効かせた特製の生地を、熱した銅板の丸い窪みへと流し込んだ。
ジューーーーッ!
銅板の圧倒的な熱伝導率が、生地の表面を一瞬で焼き固めていく。
甘く香ばしい、小麦粉とハチミツが焦げる匂いが、周囲のスパイスや肉の匂いを切り裂いてフワリと広がった。
「生地の表面にプツプツと穴が空いてきたら、昨日じっくりと炊き上げた『特製・粒あん』の出番だ」
俺は、アイスクリーム用のディッシャーを使い、ツヤツヤに輝く重たい粒あんを、生地の上に山盛りに乗せていく。
さらに、別の窪みで焼いておいた『皮のみの生地』を、あんこの上にパカッと被せ、専用の千枚通しでクルリとひっくり返して上下の縁を完全に圧着させる。
「よし、焼き上がりだ。熱いうちに食ってくれ!」
「お、おいしそうな匂いにつられて来ちゃったわ。それ、一つちょうだい」
最初にやってきたのは、買い物籠を下げた街の主婦だった。
俺は紙に包んだ熱々の大判焼きを渡す。
主婦が、湯気を立てる大判焼きをパクリと一口かじった。
サクッ……。
「……えっ?」
主婦の目が、驚きに大きく見開かれた。
「なにこれ……皮の表面がサクサクなのに、中はケーキみたいにフワッフワ! それに……」
中から溢れ出したのは、熱々でトロトロの粒あんだ。
「あんこが、お豆の味がすっごく濃い! なのに全然クドくなくて、皮の優しい甘さと一緒に口の中で溶けていくわ……っ! すっごく美味しい!!」
『ピロロロッ! 当然です! 銅板で均一に熱を加えることで、外はカリッと、中はしっとりとした理想の構造を実現しています!』
『ニャハハ! 手間暇かけて砂糖を染み込ませた小豆は、高級肉なんかよりずっと心に響く甘さなんだニャ!』
その主婦の歓喜の声と、大判焼きが焼ける暴力的に甘い匂いは、瞬く間に周囲の客を引き寄せた。
「おい、あそこの丸いお菓子、すげぇ美味そうだぞ!」
「一つくれ! こっちには三つだ!」
気がつけば、俺の屋台の前にはサクラではない、純粋に味を求める『本物の大行列』ができあがっていた。
その日の夕方。
初日の投票結果が広場の巨大な掲示板に貼り出された。
1位:三ツ星商会(極上飛竜霜降りトリュフの串焼き) - 450票
2位:不明な旅人の屋台(大判焼き・粒あん) - 380票
「チッ……あの得体の知れない丸い菓子、初日だけでここまで票を伸ばしたというのか」
三ツ星商会の料理長が、掲示板を見上げて忌々しそうに舌打ちをしている。
「だが、所詮は二位。明日はさらにサクラの数を増やす。優勝は揺るがない」
一方、俺たちは宿の裏庭で、売れ残りという名のクロが食べるためにわざと残させた大判焼きを頬張っていた。
『ニャムッ! うみゃい! 悔しいニャ、ミツトメ! あんなインチキ串焼きに負けるなんて!』
「気にするな。相手は事前に何百人ものサクラを仕込んでたんだ。むしろ、純粋な『美味かった』という一般客の票だけで肉薄できたのは、大判焼きのポテンシャルの証明だ」
【ナビ:マスター。三ツ星商会の本日の動線データから、明日はさらに大規模な組織票が投入されると予測されます。単一の甘味メニューでは、集客の絶対数に限界が来る確率が89%です】
「わかってる。だからこそ、レギュレーションの『三日間、毎日違うメニュー』ってルールが活きてくるんだ」
俺は、大判焼きの銅板を丁寧に磨きながらニヤリと笑った。
「初日の『甘味』で、この屋台の味への信頼は十分に勝ち取った。なら、明日の二日目は……高級食材の脂に胃もたれしている連中の胃袋を鷲掴みにする、ガッツリ系の『惣菜』で勝負をかけるぞ」
大判焼きの真骨頂は、その中身の自由度にある。
組織票の壁を『純粋な熱狂』で打ち破るため、四十代の設備屋は二日目に向けた新たな仕込みに取り掛かるのだった。
【第99話:完】
収穫: 初日第2位の好成績、大判焼きの絶大な集客力。
知識更新: 人の流れを見れば、その行列が本物か偽物かは一目でわかる。そして銅板で焼く大判焼きの皮は、外サク・中フワの黄金比を生み出す。
現在の気分: 王道の粒あんは完璧だった。だが、大判焼きの器のデカさはこんなもんじゃない。明日は変わり種で攻めるぞ。




