100話 美食の追跡者『ミーニャ王女』と、スパイス香るキーマカレー回転焼き
【庶民飯コンテスト】の二日目。
美食都市エピキュールの中心広場は、初日を遥かに凌ぐ熱気と、どこか異様な空気に包まれていた。
【ナビ:広場内の動線データを解析。三ツ星商会の屋台に向かう偽装客の数が、昨日の2.5倍に増員されています。彼らは完全に組織化された動きで、一般客を物理的に弾き出しています】
「なりふり構わなくなってきたな。金に物を言わせて、本物の客の列ごと飲み込むつもりか」
俺は腕を組み、広場の向こうで長蛇の列を作っている三ツ星商会の屋台を睨みつけた。
『ピロロロッ。マスター、あちらの屋台の客たち……顔色が良くありません。昨日の「極上飛竜霜降りトリュフの串焼き」と同じような、脂の強い高級肉を今日も連発しているようです。毎日では胃袋に重すぎるのでは?』
シロの鋭い分析に、俺はニヤリと笑った。
「その通りだ。高級食材ってのは、一口目は美味いが、連食すると脂と塩の強さで確実に『胃もたれ』を起こす。だからこそ、今日の俺たちのメニューが最高にぶっ刺さるんだよ」
俺は、特注の16連装・回転焼き器を熱し、生地を流し込み始めた。
二日目のメニューは、甘味ではない。ガッツリ系の惣菜回転焼きだ。
「昨日の夜から、大量の玉ねぎと挽き肉を炒め、数種類の香辛料で極限まで煮込んで水分を飛ばしておいた。特製『スパイシー・キーマカレー』だ!」
生地の上に、香り高いキーマカレーをたっぷりと乗せ、さらにその上から『加熱用シュレッドチーズ』を一掴みドサリと乗せる。
ジューーーーッ!!
生地が焼ける香ばしい匂いに、クミンやコリアンダーといったスパイスの刺激的な香りが爆発的に混ざり合う。食欲の落ちた胃袋を強制的に叩き起こす、最強の誘惑だ。
『ニャアアアッ! ミツトメ! カレーとチーズの匂いが凶悪すぎるニャ! 早く一つ寄越すニャ!』
クロが我慢の限界とばかりに飛び跳ねる。
ちょうどその時だった。
広場の入り口が俄かに騒がしくなり、重武装の近衛騎士たちに守られながら、一台の豪奢な馬車が乗り込んできたのだ。
「な、なんだ!? 貴族のお出ましだぞ!」
「あ、あの紋章……まさか、サバンサ傭兵王国!?」
群衆がざわめき、道を空ける。
馬車の中から降りてきたのは、フリルのついた豪華なドレスに身を包み、美しい獅子の耳と尻尾を持った少女――かつて別の国で俺の料理に惚れ込み、ずっと追いかけてきていた『ミーニャ王女』だった。
「やっと……やっと見つけましたわ! 私の理想の料理人、ミツトメ様!」
ミーニャ王女は護衛の制止を振り切り、ドレスの裾を翻して一直線に俺の屋台へと突進してきた。
「おいおい、なんでこんな所に……」
「貴方様を追って、この美食都市まで遥々やって来たのです! さぁ、今日も私に、その奇跡のような御業(料理)を見せてくださいませ!」
王女の登場に、広場中の視線が俺の屋台に釘付けになる。三ツ星商会の料理長も「なぜ王族があんなみすぼらしい屋台に!?」と目をひん剥いていた。
「……ちょうどいい、焼き立てだ。火傷に気をつけて食え」
俺は紙に包んだ熱々の『キーマカレー&チーズ回転焼き』を、ミーニャ王女に手渡した。
「まぁ、なんて愛らしい丸いお菓子。では、遠慮なく……」
ミーニャ王女が、上品に小さな口を開け、サクッ……と皮をかじった。
その瞬間。
「――――っっっ!!!!」
ミーニャ王女の瞳孔が限界まで開き、全身を雷に打たれたようにビクンッ!と震わせた。
「お、おおぉぉぉぉぉっ!? な、なんですかこれはぁぁっ!!」
王女の口から、およそ王族らしからぬ野太い歓喜の叫びが迸る。
「サクサクの皮を突き破った瞬間、口の中で弾け飛ぶのは数十種類のスパイスが織りなす情熱のパレード! 挽き肉の強烈な旨味を、スパイスの刺激が限界まで引き上げ、重たくなった胃袋に稲妻のような活力を叩き込んできますわ! そして何より……この、とろぉりぃぃと伸びる濃厚なチーズっ!!」
王女が興奮のあまり、両手で回転焼きを割り開く。
中から、黄金色に溶けた熱々のチーズが、スパイシーなカレーと共に滝のように溢れ出し、凶悪なまでの香りを広場中に撒き散らした。
「強烈なスパイスの刺激を、このチーズのまろやかなコクが優しく、かつ暴力的に包み込んでいる! あぁっ……宮廷の専属料理人が何日もかけて煮込んだシチューすら、この丸い黄金の円盤の前では霞んでしまいますわ!! 奇跡! これはまさに、美食を求める私を悦楽の絶頂へと導く、至高の芸術品ですわぁぁぁっ!!」
ミーニャ王女は涙を流しながら回転焼きを貪り食い、最後は恍惚の表情でその場にへたり込んでしまった。
「し、信じられない……! あの美食家で知られるミーニャ王女殿下が、あそこまで絶賛するなんて!」
「ス、スパイスの匂いがたまらねぇ! 肉の脂で胃がムカムカしてたんだ、俺もそのカレーのやつを一つくれ!」
「私にも! 王女様が食べる味を、一票で味わえるなら!」
ミーニャ王女の『大げさすぎる超絶賛食レポ』と、食欲を直撃するカレーの香りは、広場の空気を完全に支配した。
三ツ星商会に並んでいた一般客はおろか、金を貰って並んでいたはずのサクラたちまでもが、次々と列を抜け出し、俺の屋台へと雪崩れ込んできたのだ。
「ば、馬鹿な!? 戻れ! お前たちには金を払っているんだぞ!」
三ツ星商会の料理長が絶叫するが、もはや『本物の食欲』を前にした群衆の耳には届かない。
『ニャハハハ! 王女の舌は確かだったニャ! さぁミツトメ、どんどん焼くニャ!』
『ピロロロッ! 凄まじい集客力です! マスター、銅板の温度管理サポートを最大出力に引き上げます!』
俺は両手に千枚通しを構え、押し寄せる群衆を前に不敵に笑った。
「よっしゃ来い! 四十代の設備屋が本気で焼く『おかず回転焼き』の威力、たっぷりと味わわせてやるぜ!」
その日の夕方。
二日目の投票結果が掲示板に貼り出された瞬間、広場は大きなどよめきに包まれた。
1位:ミツトメの屋台(回転焼き・キーマカレーチーズ) - 1,250票
2位:三ツ星商会(極上霜降り黄金角鹿肉の串焼き) - 480票
組織票を粉砕し、圧倒的な大差での逆転一位。
ミーニャ王女という最強のインフルエンサーを味方につけた俺の回転焼きは、美食都市の歴史にその名を深く刻み込むこととなった。
「さて、三ツ星商会の連中はこれで後がなくなったな。明日の最終日、必ず何か汚い手を使ってくるはずだ」
俺は空になった銅板を磨きながら、明日の最終決戦に向けた『最後のメニュー』の構想を練るのだった。
【第100話:完】
収穫: 王女との再会、二日目第1位獲得による圧倒的リード。
知識更新: 脂っこい食事に飽きた胃袋には、スパイスの刺激とチーズのコクが劇的に効く。そして、身分の高い者の本気の食レポは、どんな組織票も打ち砕く最強の広告である。
現在の気分:( 大台の100話にふさわしい、)熱狂的な現場だった。さぁ、泣いても笑っても明日が最終日だ。




