101話 最終日のインフラ破壊と、半熟卵とベーコンの悪魔的融合
【庶民飯コンテスト】の最終日、三日目の朝。
エピキュールの中心広場に到着した俺は、自分の屋台を見て深くため息をついた。
【ナビ:警告。屋台の熱源設備に物理的な破壊痕を検知。魔力ガスを供給するメインパイプが切断され、バーナーの火力調整バルブが完全に粉砕されています】
「……なるほど。初日の『組織票』が王女の宣伝効果で粉砕されたから、今度は物理的に『インフラ』を潰しに来たってわけか」
広場の反対側では、三ツ星商会の料理長がこちらを見て下劣な笑みを浮かべていた。
『火を使えない料理人など、戦場に丸腰で立つようなもの。これでコンテストの優勝とグランプリの出場権は我々のものだ』とでも言いたげな顔だ。
『ピロロロッ! 卑劣極まりない行為です! マスター、大会本部に抗議を……!』
シロが羽を逆立てて怒りを露わにする。
だが、俺は首を横に振った。
「抗議なんてしてる暇はない。開会式まであと十分だ。それに……料理の邪魔をするならともかく、俺の目の前で『インフラ』を壊して勝った気になっている三流どもに、設備屋の本当の恐ろしさを教えてやる」
俺はインベントリから、前世で愛用していた『プロ用・携帯型LPガスボンベ』と、火力を精密に制御するための『圧力調整器』、そして耐熱ホースを取り出した。
「備え付けのパイプが切られたなら、独立した供給ラインを組めばいいだけだ」
バルブが潰されたバーナーに直接ホースを繋ぎ込み、レギュレーターのダイヤルを回す。
カチッ、ボワァァァッ!
完璧に制御された青い炎が、16連装の純銅製今川焼き器の底を均一に、かつ力強く炙り始めた。
「復旧完了だ。さぁ、泣いても笑っても今日が最終日。三ツ星商会に完全なトドメを刺すぞ!」
『ニャハハ! その意気だニャ、ミツトメ! で、今日のメニューは何ニャ!? 甘いのか? 辛いのか?』
クロが銅板の横で尻尾を揺らして急かす。
「初日は『甘味(粒あん)』、二日目は『惣菜 (キーマカレー)』。そして最終日の今日は、その両方の欲求を完璧に満たす、今川焼きの究極の進化系だ」
俺は熱された銅板の窪みに、少し甘めに調整した生地を流し込む。
ここまでは初日と同じだ。だが、中に入れる具材が違う。
「まずは、分厚く切った『特厚ベーコン』だ!」
ジューッ!とベーコンの脂が焼ける音が響く。
そしてその上に、千切りにしたキャベツを少々。さらに――。
「真ん中に窪みを作って、そこに『新鮮な卵』を丸ごと一つ落とし込む!」
パカッ。
生地とベーコンの上に、色鮮やかな黄身を持つ卵が直接割り入れられる。
さらにその上から、酸味とコクの塊である『特製マヨネーズ』をたっぷりと絞り出し、最後に生地で蓋をして、絶妙なタイミングでひっくり返した。
「火加減が命だ。外の皮はサクッと香ばしく、中のベーコンにはしっかりと火を通し、だが『卵の黄身』だけは絶対に固めない。銅板の余熱を利用した、完璧な温度管理を見せてやる」
開会のファンファーレが鳴り響くと同時に、俺の屋台から立ち昇るベーコンの暴力的な脂の匂いと、焼けたマヨネーズの焦げた香りが、広場中の客を瞬く間に引き寄せた。
「ミツトメ様! 最終日の料理、待っていましたわ!!」
誰よりも早く一番乗りを果たしたのは、昨日すっかり今川焼きの虜になったミーニャ王女だった。
「ほらよ。特製『ベーコンエッグ&マヨネーズの今川焼き』だ。かぶりつく時は気をつけろよ」
王女は両手で熱々の今川焼きを受け取ると、我慢しきれない様子で大きな口を開け、サクッ!と皮に噛み付いた。
その瞬間。
「――――っっっ!!!! ふぁぁぁぁっ!?」
王女の口元から、黄金色に輝く『半熟の黄身』が、まるでマグマのようにトロォォォリと溢れ出した。
「な、なんという……! サクサクの甘い皮を突き破った先に待っていたのは、スモーキーで分厚いベーコンの強烈な塩気! そこへ、この……完璧な半熟に仕上がった濃厚な卵の黄身が、すべての味をまろやかに包み込んで、暴力的な旨味の洪水を引き起こしていますわ!!」
王女の瞳に感動の涙が浮かぶ。
「さらに、熱でとろけたマヨネーズの酸味が、ベーコンの脂っこさを完璧に中和し、シャキシャキのキャベツが食感のアクセントに……っ! 甘味、塩味、酸味、そして旨味! 全ての味覚を一つの円盤の中に閉じ込めた、これはまさに『完全食』ですわぁぁぁっ!!」
『ニャアアアッ! 黄身がこぼれるニャ! 早く啜るニャ! 卵とベーコンとマヨネーズ……美味くないわけが絶対ない反則級の組み合わせニャァァ!』
『ピロロロッ! 銅板による完璧な熱伝導と、マスターの卓越した時間管理が生み出した奇跡の半熟具合です!』
「と、とろける黄身とベーコンだと!? 俺にも一つくれ!」
「こっちには五つだ! 早くしないと売り切れちまうぞ!」
王女の絶叫と、視覚にダイレクトに訴えかける『黄金の半熟卵』の威力は絶大だった。
インフラ破壊によって俺の自滅を確信していた三ツ星商会の料理長は、完璧な火力で次々と焼き上げられていく今川焼きと、広場を埋め尽くす大行列を前に、完全に膝から崩れ落ちたのだった。
その日の夕方。
三日間の総得票数が、ファンファーレと共に巨大な掲示板に発表された。
【庶民飯コンテスト 総合優勝】
ミツトメ(今川焼き・回転焼き・大判焼き) - 圧倒的1位
「うおおおおおっ!! 丸いお菓子の屋台が優勝だぁぁっ!」
広場が割れんばかりの歓声に包まれる中、俺の元に大会本部から『優勝の証』と、賞金、そして五年の一度の【美食グランプリ】への出場権を示す黄金のチケットが手渡された。
なお、三ツ星商会はサクラを使った不正な動線操作と、他店舗への器物破損の証拠がナビのデータによって完全に立証され、商業ギルドから永久追放の処分を受けた。
「……ふぅ。三日間、狭い屋台で焼き続けるのも結構な重労働だったな」
俺は熱を失った銅板をタオルで拭き上げながら、心地よい疲労感と共に大きく背伸びをした。
「おめでとうございます、ミツトメ様! この調子で、美食グランプリでも優勝をかっさらってしまいましょう!」
ミーニャ王女が目をキラキラさせて祝福してくる。
「グランプリか……まぁ、気が向いたらな。今はとりあえず、自分が焼いたんじゃない美味い飯と、キンキンに冷えた酒が飲みたい気分だ」
かくして、美食都市国家エピキュールの熱狂の三日間は幕を閉じた。
変幻自在の『今川焼き』で強敵と不正を打ち破った四十代のおっさんは、次なる頂上決戦の切符をポケットに突っ込み、二柱の神様と一人の押しかけ王女と共に、祝勝会の酒場へと向かって歩き出すのだった。
【第101話:完】
収穫: 庶民飯コンテスト優勝、美食グランプリ出場権、ミーニャ王女。
知識更新: パイプが切られたらレギュレーターで独立回線を組めばいい。そして、ベーコン、半熟卵、マヨネーズの組み合わせは、人類を服従させる最強の兵器である。
現在の気分: 甘い皮と塩っぱい具材のループは無限に食える。今川焼き(回転焼き・大判焼き)は、本当にポテンシャルの塊みたいな食べ物だ。




