102話 美食グランプリの主賓獣王ガングと、旨味を完全密閉する断熱塩釜焼き
【庶民飯コンテスト】を制覇した俺は、その数日後、エピキュール国が五年に一度だけ開催する真の頂上決戦――【美食グランプリ】の会場である王立闘技場の厨房に立っていた。
『ピロロロッ。マスター、会場の熱気が庶民飯コンテストとは桁違いです。観客席には各国の王族や大商人がズラリと並んでいます』
『ニャハハ! 偉そうな奴らがいっぱいいるニャ。でも、最後に勝つのはミツトメの飯だニャ!』
シロとクロが闘技場を見渡していると、高らかなファンファーレが鳴り響き、最も高い位置にある『主賓席』に二つの影が姿を現した。
その瞬間、会場の空気がビリビリと震え、圧倒的な覇気が広場全体を制圧する。
「おおぉぉっ! 今年の主賓は、西の獣人国家を統べる獣王ガング様と、ミーニャ王女殿下だ!」
「まさか、あの気高き獣王陛下が自ら美食グランプリの審査員長を務められるとは!」
主賓席にどっかりと腰を下ろしたその男は、筋骨隆々の巨躯に豪奢な毛皮を纏い、鋭い獅子の眼光で下界の料理人たちを睨み下ろしていた。
そしてその隣には、見覚えのあるフリルのドレスを着た少女――ミーニャの姿があった。俺の作る飯に夢中になり、国を飛び出して俺を追いかけていたはずだが……今回は父親である獣王の付き添いとして、正式な主賓の立場で招かれていたらしい。
主賓席から闘技場を見下ろしていたミーニャが、厨房に立つ俺を見つけるなり、パァッ!と顔を輝かせて隣にたたずむガングに周りに聞こえないように話す。
「ああっ! お父様、見てください! あそこにミツトメ様がいらっしゃいますわ!!」
その声に、獣王ガングが目を丸くして俺を一瞥する。
「むっ!? おおっ、あの時の格闘料理人ではないか! 我にあの『焼きそば・目玉焼き乗せ』という至高の麺を食わせた男! まさかこんな所で再会するとはな!」
どうやら以前の格闘大会と、その後に振る舞った屋台飯のことは、獣王もバッチリ覚えていたらしい。気取った宮廷料理に飽き飽きしている彼らにとって、俺の作る『現場の飯』は強烈な印象を残していたのだ。
【ナビ:マスター。グランプリの規定を確認。運営から支給された最高級食材『帝王猪』の巨大ブロック肉を使用し、制限時間内に最高のメインディッシュを完成させることが条件です】
「なるほどな。獣王への挨拶代わりだ。あの時以上の、本能にガツンと響く『野性の飯』を作ってやるよ」
周囲の三ツ星シェフたちが、肉を薄くスライスして繊細なソースを塗ったり、魔法で低温調理を始めたりする中、俺は大きなボウルに『大量の粗塩』をドサドサと流し込んでいた。
「これに『卵白』を大量に混ぜ合わせて、よく練るんだ。そうすると、塩がまるでセメントやパテみたいに粘り気を持つようになる」
俺は、ハーブとニンニク、黒コショウをたっぷりと擦り込んだ帝王猪の塊肉を鉄板に乗せ、その上から泥遊びのように、練った塩を分厚く塗りたくっていった。肉の表面が一切見えなくなるまで、完全に塩のドームで覆い尽くす。
「よし、これで下準備は完了だ。あとはこのまま、高温の石窯に放り込んで一時間半じっくりと焼き上げる」
『ニャ!? ミツトメ、あんなに大量の塩を塗りたくったら、しょっぱくて食えなくなるニャ!』
クロが心配そうに尻尾を立てるが、俺は笑って首を振った。
「心配すんな。これは味付けのためじゃない。配管工事における『断熱材』と同じだ」
【ナビ:調理法の原理を解析。塩と卵白の混合物は加熱によって強固に硬化し、完全な密閉空間を形成します。内部の水分と香りが一切外部に逃げない『究極の蒸し焼き』状態です】
「その通りだ。ガチガチに固まった塩の殻が、熱をじんわりと肉の芯まで伝えつつ、肉汁の蒸発を100%防ぐ。おまけに、浸透圧の力で『程よい塩気』だけが肉の内部へと自動的に染み込んでいく仕組みさ」
一時間半後。
審査の時間となり、俺は石窯から「巨大な白い岩」のような塊を取り出し、主賓席の獣王ガングとミーニャの御前へと運んだ。
他の料理人たちが、金箔を乗せたゼリー寄せや、宝石のように飾り付けられた薄切りの肉を提出する中、俺の皿に乗っているのは無骨な白い岩だけだ。周囲の貴族たちが「なんだあの石ころは」とざわめく。
「まぁ見てなって」
俺は木槌を構え、その白い岩――『塩釜』に向かって、躊躇なく振り下ろした。
ガコンッ!!
甲高い音と共に、硬化した塩の殻が真っ二つに割れる。
その瞬間。
ボワァァァァァァッ!!
「なっ……!?」
獣王ガングの獅子の目が、驚愕に見開かれた。
割れた塩釜の中から、一時間半もの間、一切逃げ場を失い極限まで濃縮されていた『帝王猪の暴力的なまでの肉の香りと、ハーブの清涼感』が、高圧蒸気となって一気に爆発したのだ。闘技場全体が、一瞬にして極上の匂いに支配される。
「特製『帝王猪の断熱ローストポーク』だ。切り分けるから、食ってみな」
塩釜を取り除くと、そこには肉汁をパンパンに湛え、ほんのりと桜色に染まった極厚のローストポークが姿を現した。俺はそれを分厚くスライスし、ガングとミーニャの皿に乗せる。
ガングは震える手でフォークを突き刺し、巨大な口へと放り込んだ。ミーニャもたまらず肉を頬張る。
「――――ッッ!!」
獣王の全身の筋肉が隆起し、ビキィッ!と玉座の肘掛けが粉砕された。
「お、おおおぉぉぉぉっ!! なんだこの圧倒的なまでの『肉の暴力』はぁぁっ!!」
獣王ガングが、闘技場を揺るがすような大咆哮を上げた。
「あの時の焼きそばの旨さも鮮烈だったが、これは次元が違う! これほど分厚い肉でありながら、舌と上顎で押し潰すだけで、止めどなく溢れ出す極上の肉汁! 香草の香りが肉の細胞一つ一つにまで染み渡り、そしてこの……決して塩辛くない、肉の甘みを限界まで引き出す『完璧な塩加減』!!」
「あぁぁっ……ミツトメ様のお料理はやはり世界一ですわぁぁっ!!」
ミーニャもドレスが汚れるのも構わず、恍惚の表情で肉を貪り食っている。
「気取ったソースなど不要! 肉が持つポテンシャルを、ただひたすらに、限界まで引き上げるためだけに特化した調理法! これぞ我が求めていた、真の『王の肉』だぁぁっ!!」
『ニャアアアッ! 我も食うニャ! ミツトメ、肉汁が滝のように溢れてるニャァァ!』
獣王ガングとミーニャの大絶賛と、狂ったように肉を貪る姿を見た他の審査員たちも、我先にと塩釜焼きに群がった。結果は言うまでもない。満場一致、圧倒的得票数での【美食グランプリ優勝】である。
「ミツトメ! 貴様のその腕、今度こそ我が国で振るう気はないか!? 専属料理長として、城を一つくれてやるぞ!」
口の周りを肉汁だらけにした獣王ガングが、豪快に笑いながら肩を組んでくる。
「お父様! ミツトメ様はお城の厨房に縛られるようなお方ではありませんわ! 私がこれからも、この方の背中を追いかけますの!」
「悪いが、ミーニャの言う通りだ。俺はしがない旅の設備屋でね。それに……一つの厨房に収まるには、この世界は広すぎる」
俺は、熱狂に包まれた闘技場を背にして歩き出した。
美食の頂点を極めた塩釜のローストポーク。
その噂と、現場職人の規格外の調理法は、獣王ガングの咆哮と共に、大陸中へと轟くことになるのだった。
【第102話:完】
収穫: 美食グランプリ優勝、獣王ガングの絶大な後ろ盾の再確認。
知識更新: 塩釜焼きは、熱と水分を完全に閉じ込める『最高の断熱材』である。塩加減も浸透圧で自動的に完璧になる。
現在の気分: 塩釜を叩き割る瞬間のエンタメ性は異常。バーベキューでやると絶対に盛り上がるやつだ。




