103話 三ツ星シェフの闇討ちと、暴力的なまでのチキン南蛮・特製タルタルソース
美食グランプリを『帝王猪の断熱ローストポーク』で圧倒的な勝利のもとに終えたその日の夜。
エピキュール国の郊外にある人気のない街道を、俺たちは静かに歩いていた。
『ニャア……ミツトメ、腹が減ったニャ。昼間の塩釜焼き、我はもっと食いたかったのに、獣王のオッサンがほとんど食っちまったニャ』
『ピロロロッ。クロ、あなたはそれでも王女殿下の分まで横取りしようとしていたではありませんか。少しは自重してください』
肩に乗るシロと、足元を歩くクロがいつものように小競り合いをしていると。
【ナビ:警告。前方および左右の茂みに、複数の熱源と殺気を検知。魔力の急速な収束を確認しました】
「……やっぱりな。大舞台の後には、こういう後始末が付き物だ」
俺が足を止めると同時に、月明かりを遮るように数人の黒装束の男たちが飛び出してきた。
そしてその後ろから、昼間の闘技場で俺を睨みつけていたどこかの国の三ツ星シェフが、顔を真っ赤にして姿を現した。
「忌まわしき野良の料理人め……! よくも私の芸術的なゼリー寄せを、あんな下品な塩の塊でコケにしてくれたな!」
シェフがギリッと歯ぎしりをする。
「あのお方が審査員長だったから運良く勝てただけの分際で! 貴様さえいなければ、私がグランプリの覇者となり、美食国家の利権を全て手に入れていたのだ! ここで塵一つ残さず消し炭にしてくれる!」
シェフが杖を振りかざすと、黒装束の傭兵たちも一斉に魔力を練り上げ、俺たちを取り囲むように巨大な『炎の魔法』を展開した。
「死ねぇっ! 究極の業火!!」
四方八方から、辺りを昼間のように照らす灼熱の炎の球が放たれる。
「チッ、シロ、クロ! 飛べ!」
俺たちは間一髪で後方へと跳躍し、炎の直撃を躱した。
ズドォォォォォンッ!!
魔法の炎は俺たちがいた地面に直撃し、凄まじい爆発を引き起こした。
魔力で構成された炎そのものは直撃と共に霧散したが、その圧倒的な熱量は周囲の枯れ草や木々、古い木柵を一瞬にして発火させた。
「ゲホッ……!」
瞬く間に街道は『普通の火事』へと発展し、逃げ場を失った俺たちは猛烈な炎と黒煙に包まれ、文字通り燻される状態になってしまった。
「はーっはっはっは! 直撃は避けたようだが無駄だ! 周囲は火の海! 貴様らはそこで、豚のようにこんがりとローストされるがいい!」
炎の向こう側で、シェフが狂ったように笑っている。
「……バカが。料理人が自ら食材を焦がしてどうする」
俺は煙の中で咳き込みながらも、不敵に笑ってインベントリを開いた。
「魔力で燃える魔法の炎そのものを防ぐ手段は、ただの設備屋である俺にはない。だがな……地面の草木に燃え移った時点で、そいつは酸素と可燃物で燃える『普通の火』に成り下がるんだよ」
俺が取り出したのは、前世の現場で常に点検していた赤い円筒形の器具――『特大・二酸化炭素消火器』だ。
「いいか。普通の火が燃え続けるには『可燃物・温度・酸素』の三要素が絶対に必要だ。逆に言えば、このうちの『酸素』を奪っちまえ(窒息効果)ば、どんなに燃え広がっていようが絶対に鎮火する!」
俺は安全ピンを引き抜き、レバーを強く握り込んで、周囲の炎に向かって二酸化炭素(CO2)の白いガスを全開で噴射した。
プシュゥゥゥゥゥゥッ!!
極低温のCO2ガスが周囲の酸素濃度を一瞬で低下させ、俺たちを燻していた猛烈な炎はあっという間に酸素を失い「シュンッ……」と音を立てて消滅してしまった。
「な、なんだと!? 木々に燃え移った業火が、白い煙で一瞬にして……!?」
煙が晴れ、無傷で立っている俺たちを見て、驚愕するシェフと傭兵たち。
「シロ、クロ! 仕上げだ!」
『ピロロロッ! 了解です! 広域・麻痺の雷撃!』
『ニャアッ! 全員、足から首まで氷漬けにしてやるニャ!』
炎と煙の目眩ましを失い、呆然としていた暗殺者たちは、シロの雷で痺れたところをクロの魔法で地面ごと凍りつかせられ、ものの数秒で全員が戦闘不能となった。
「さて、と」
氷漬けになってガチガチと震える三ツ星シェフの荷物から、俺は木箱を引っ張り出した。
中には、彼らが夜食にするつもりだったのか、美しいサシが入った『極上の鶏もも肉』が大量に入っていた。
「上等な鶏肉じゃないか。いい機会だ、三流のあんたに『本当に美味い鶏肉の食い方』を教えてやる」
俺は簡易コンロと鍋を展開し、鶏もも肉に塩コショウと酒を揉み込んだ。
「料理ってのは、見た目にこだわる前に、脂と酸味の『完璧な調和』を考えるべきなんだ」
鶏肉に小麦粉をはたき、溶き卵をたっぷりと潜らせてから、高温の油へとダイブさせる。
ジュワァァァァァッ!!
衣が黄金色に揚がっていく強烈な音と匂い。
揚がった熱々の鶏肉を、醤油、酢、砂糖を煮詰めた『特製の甘酢ダレ』にジュワッ!と漬け込む。
これで終わりではない。この料理の真の主役は『ソース』だ。
「茹で卵を粗く潰し、たっぷりの玉ねぎのみじん切り、ピクルスの代わりの酸味のある香草を混ぜる。そこに、大量の『特製マヨネーズ』と少量のレモン汁を加えて、よく和える!」
南蛮ダレを吸って照り照りに光る鶏肉を皿に盛り、その上から、卵とマヨネーズの暴力的な塊である『特製タルタルソース』を、これでもかというほど分厚く乗せた。
「完成だ。特製『チキン南蛮・山盛りタルタルソースがけ』だ!」
立ち昇る甘酢の香りと、マヨネーズのコク深い匂い。
『ニャアアアッ! 白くて濃厚なソースが鶏肉を毛布みたいに覆ってるニャ!』
クロがたまらず、一切れに噛み付く。
『ニャムッ! ……ッッ!? ザクッ、ジュワァァァッ! 甘酸っぱいタレを吸った衣の中から、鶏肉の肉汁が爆発するニャ! そこに、この卵たっぷりのタルタルソースが絡みついて……酸味と旨味と脂のコクが、口の中で完璧なパレードを起こしてるニャァァ!』
『ピロロロッ! 素晴らしいです! 甘酢の酸っぱさをタルタルソースがまろやかに包み込み、決してクドくならない無限のループを生み出しています! ご飯が何杯あっても足りませんね!』
俺も、タルタルソースをたっぷりと乗せたチキン南蛮を頬張り、その圧倒的なジャンクの旨味に深く息を吐いた。
「……うんまァァァッ!」
そして俺は、氷漬けにされたままヨダレを垂らしている三ツ星シェフの口に、無理やりチキン南蛮を一つ放り込んだ。
「……っっ!?」
シェフが目をひん剥き、咀嚼を始める。
「な、なんという……! 揚げ物の脂っこさを、甘酢とレモンの酸味が完璧にコントロールしている! そしてこのソース……卵の濃厚なコクが、肉の旨味を何倍にも引き上げているじゃないか……! 私の作っていた、ただ見た目が美しいだけの冷たい料理とは違う……これは、食べる者の心と胃袋を直接殴りつけるような、圧倒的な『命の味』……ッ!」
シェフの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「私……私は……間違っていた。料理の真髄は、小手先の魔法や見た目などではない……食べる者を狂わせるほどの、根源的な『美味さの調和』だったのだ……!」
氷漬けのまま号泣し、己の傲慢さを悔いる三ツ星シェフ。
彼が改心して、いつか本当に美味い飯を作れるようになることを少しだけ期待しつつ、俺たちはその場に彼らを放置したまま、チキン南蛮を片手に夜の街道を歩き出すのだった。
【第103話:完】
収穫: 刺客の返り討ち、極上の鶏もも肉。
知識更新: 魔法の炎は防げなくても、周囲に燃え移った「普通の火」は消火器で酸素を奪えば一瞬で鎮火できる。そしてチキン南蛮のタルタルソースは、絶対にケチってはいけない。
現在の気分: 揚げ物にマヨネーズという背徳感。夜中に食うチキン南蛮は、胃袋への暴力だが最高に美味い。




