104話 港町の『悪魔の触手』と、大根が導く極上の黄金タコ焼き
美食都市を後にした俺たちは、強い潮風が吹き抜ける西の巨大な港町『ポルトマーレ』へと到着していた。
「うみーっ! ミツトメ様、見てください! キラキラ光ってとっても綺麗ですわ!」
ミーニャ王女が俺の右腕にピタリと抱きつき、獅子の尻尾をブンブンと振って大はしゃぎしている。その後ろでは、お目付役として強引に旅に巻き込まれた狼の獣人騎士・ガルが、胃を押さえてげっそりとした顔をしていた。
(グランプリ主賓で来ていたのですっかり油断していた。まさか獣王とともに帰らずついてくると言い出し、それを父である獣王まで後押しした挙句、
「結婚するなら厨房の大きい離宮を用意するぞ!ガハハハッ」なんて言い出す始末。
仕方なくこっそりトイレの窓から出たのに、目の前にミーニャ王女が。
「さぁまいりましょう。新たなる味覚を求めて!」だとさ。
そして一緒に旅をしている。たまにはいいと思うが、気ままな一人旅は絶対に譲れない。とりあえずここからサバンサ傭兵王国までは一緒に旅するかぁ。)
『ピロロロッ。マスター、この町も冒険者ギルドが賑わっているようですが……何やら不穏な空気が漂っていますね』
シロの言う通り、港に併設されたギルドの掲示板の前では、屈強な漁師たちと冒険者が頭を抱えていた。
「また『デビルクラーケン』に漁網を破られたぞ!」
「あんなもん、討伐しても誰も買い取らねぇんだ! 見た目はぬめぬめして気味が悪いし、肉はゴムタイヤみたいに硬くて食えたもんじゃねぇ。完全に赤字のハズレ依頼だぜ!」
どうやらこの港では、巨大な八本の足を持つ魔物――『デビルクラーケン』が大量発生し、漁業に深刻なダメージを与えているらしい。
「なるほど。見た目が悪くて硬い、か」
俺はニヤリと笑い、ギルドのカウンターへ声をかけた。
「そのクラーケンの討伐依頼、俺たちが引き受けよう。……だがその前に、残骸でいいから触手を一本、俺に譲ってくれないか?」
「え? 構わねぇが……食うつもりならやめとけよ。顎が外れるほど硬いからな」
俺は港の隅でカセットコンロを展開し『試作』を開始した。
譲り受けたクラーケンの触手は、前世で言うところの『巨大なタコ』そのものだ。試しに一片を切り取って焼いてみたが、確かに凄まじい弾力で、噛み切るのに一苦労する。
「ただ焼くだけじゃゴムだな。だが、相手が硬いなら『科学の力』で柔らかくしてやればいいだけだ」
俺は市場で買ってきた『巨大な大根』を取り出し、皮を剥いて分厚い輪切りにした。
そして、大鍋にたっぷりの水と大根、ぶつ切りにしたタコの触手を入れて、火にかける。
【ナビ:大根に含まれるタンパク質分解酵素が、タコの強靭な筋繊維に浸透を開始。加熱の相乗効果により、繊維の結合が急速に分解されています】
「その通りだ。日本では古くから、タコを大根で叩いたり、一緒に煮込んだりして柔らかくする技術があるんだよ」
一時間ほどコトコト煮込み、竹串がスッと通るようになったタコを取り出し、小さく切り分ける。
「よし、試作品だ。食ってみろ」
『ニャムッ! ……ッ!? ミツトメ、これすごいニャ! あんなにガチガチだったのに、歯を立てただけでサクッと噛み切れるニャ! しかも、噛むたびに濃い旨味が溢れてくるニャ!』
クロが目を丸くして触手を飲み込んだ。
「よし、実証実験は完璧だ。さぁ、海の厄介者を極上の食材に変えに行くぞ!」
港の外れの岩礁地帯。
そこには、漁船を襲おうと待ち構えている十匹以上の『デビルクラーケン』がうねっていた。
「シロ、クロ! 触手に傷をつけないように頭だけを狙え!」
『ピロロロッ! 了解です! 海面への広域・麻痺の雷撃!』
『ニャアッ! 海水を凍らせて、足場ごと縫い付けてやるニャ!』
シロの雷がクラーケンたちを痺れさせ、クロの氷が巨体を岩場に固定する。
「インフラ整備はしばらくお休みだが、こいつの『質量』は戦闘でも最高だぜ!」
俺は『特大パイプレンチ』を純粋な鈍器として構え、身体強化を乗せてクラーケンの急所である眉間に次々とフルスイングを叩き込んだ。
厄介者扱いされていた海の魔物は、ものの数十分で『極上のタコの山』へと変わったのだった。
その日の夕方。
港の広場に、俺はインベントリの純銅板を叩き出して作った特注の『たこ焼き器』をセットしていた。
大根と一緒に煮込んで極限まで柔らかくしたタコを、サイコロ状に切り分ける。
「ここからが本番だ。極上の『タコ焼き』を作ってやる!」
熱した銅板の窪みに、カツオと昆布の出汁をたっぷりと効かせたシャバシャバの生地を流し込む。
そこに、柔らかいタコ、天かす、ネギ、刻んだ紅生姜(全て似たような異世界食物)をパラパラと散らした。
ジューーーーッ!!
出汁の焦げる香ばしい匂いが、潮風に乗って港中に広がっていく。
俺は専用の千枚通しを両手に構え、生地の縁が焼けてきた絶妙なタイミングで、手首のスナップを利かせてクルリ、クルリと鮮やかにひっくり返していった。
「す、すげぇ……! 丸い鉄板の中で、生地が綺麗なボールの形になっていくぞ!」
漁師たちが、俺の無駄のない動きに釘付けになる。
表面がカリッと黄金色に焼き上がったところで、舟形の皿に盛り付ける。
味の決め手は、以前の国で作った『自家製ヤキソバソース』を改良した甘辛い特製ソースと、たっぷりのマヨネーズ。そして、青のりと踊る鰹節だ。
「完成だ! 特製『黄金のタコ焼き』だ!」
「ミツトメ様! 私が一番にいただきますわ!」
ミーニャ王女が舟皿を受け取り、熱々のタコ焼きを一つ、ハフハフと息を吹きかけながら口に放り込んだ。
サクッ、トロォォッ……!
「――――っっっ!!!! ふぁぁぁぁっ!?」
ミーニャ王女が、両手で頬を押さえて天を仰いだ。
「な、なんという奇跡の食感! 表面は香ばしくてサクサクなのに、皮を破った瞬間に、出汁の効いた生地がトロットロの熱いスープのように口の中に溢れ出してきますわ! そしてこの……タコ!」
王女が感動の涙を浮かべる。
「ゴムのように硬かったはずの悪魔の肉が、嘘のように柔らかく、ぷりっとした弾力と共に強烈な海の旨味を弾けさせています! 甘辛いソースとマヨネーズのコクが、すべての味を一つにまとめ上げる……まさに、港町の魂を丸く焼き上げた究極のストリートフードですわぁぁっ!!」
『ニャアアアッ! 火傷しそうなくらい熱いのに、美味すぎて食べるのが止まらないニャ!』
クロもハフハフと転げ回りながらタコ焼きを貪り食う。
「姫様……私にも一つ……う、美味ぁぁぁいっ! この濃厚なタレとマヨネーズ、無限に酒が飲める味ですぞぉぉっ!」
過労気味の騎士ガルも、一口食べた瞬間に号泣しながらこちらをチラ見してきたので、エールを渡すとためらった。
「クロとシロがいて俺もいる。王女になにかあるなんてありえない。一杯くらいじゃ鈍らんだろう?」
そういうと、フッといきを漏らし、一気にエールをあおった。きっとなにか溜まっているものがあるのだろう。
王女の絶叫と、暴力的なソースの匂いに釣られ、広場にいた漁師や町民たちが怒涛の勢いで屋台に押し寄せてきた。
「俺にもくれ! その丸いのをを食わせてくれ!」
「あんな気味の悪い魔物が、こんなに美味い飯に化けるなんて!」
俺は千枚通しを鮮やかに操りながら、次々とタコ焼きを量産していく。
「……旅のあんた! いや、師匠!」
港のギルドマスターが、口の周りをソースだらけにして俺の手を握りしめた。
「この『大根で煮込む』技術と、この丸い焼き台の作り方……どうか、港に教えてくれないか!? これがあれば、あの憎きデビルクラーケンが、うちの港の最強の特産品になる!」
「もちろんそのつもりだ。このタコ焼き器とレシピは置いていく。ポルトマーレの新しい名物にしてくれ」
俺は満足げに笑った。
「次に俺がこの町を訪れる時、あんたたちがこのタコ焼きをどんな風に進化させているか……楽しみにしてるぜ」
かくして、漁網を破る海の厄介者は、大根の酵素と設備屋のDIYのたこ焼き器によって、港町に莫大な富をもたらす黄金のソウルフードへと生まれ変わった。
潮風の吹く港の夜は、ソースの焦げる香ばしい匂いと、タコ焼きの熱さに悶絶する人々の笑顔と共に更けていくのだった。
【第104話:完】
収穫: 港町の漁場回復、極上のタコの確保。
知識更新: 硬いタコは大根と一緒に煮込むことで、酵素の力で劇的に柔らかくなる。そして、たこ焼きをクルクル回す作業は、なぜか男の職人魂を異常に刺激する。
現在の気分: 外カリッ、中トロッのたこ焼きで口の中を軽く火傷するまでが、お約束のエンターテインメントだ。ビールが止まらん。




