105話 温泉郷の『胃もたれ』と、出汁香るふわとろ明石焼き
巨大な港町ポルトマーレで『タコ焼き』の革命を起こした俺たちは、そのまま海岸沿いの街道を下り、澄んだ湧き水と温泉で有名な姉妹街『アカシロ』へと到着していた。
「ふぁぁ〜……いいお湯でしたわ! 温泉に入って、お肌もツルツルです!」
ミーニャ王女が、湯上がりの上気した顔で獅子の尻尾を揺らしている。その後ろでは、騎士ガルが「姫様、湯冷めしますぞ」とタオルを抱えてオロオロと付き従っていた。
『ピロロロッ。マスター、このアカシロの街は、ポルトマーレとは随分と雰囲気が違いますね。全体的に静かで、湯治に訪れる年配の方が多いようです』
『ニャ! でもなんだか、街の空気がどんよりしてるニャ。飯の匂いも少ないぞ』
シロとクロの言う通り、温泉街の広場では、街の重鎮らしき老人たちが集まって深い溜め息をついていた。
「あぁ……隣街から送られてきた『処理済みのクラーケン』。あれ自体は信じられないくらい柔らかくて美味いんじゃが……」
「いかんせん、あの『タコ焼き』とかいう料理の、ドロドロに甘辛いソースとマヨネーズがな……。わしらのような年寄りの胃袋には、脂っこくて重すぎるんじゃよ」
「せっかくの新しい特産品なのに、この温泉街の『あっさりした出汁文化』には合わん……」
どうやら、俺が伝授したタコ焼きの技術と食材は早速この街にも流通し始めているようだが、濃厚なジャンクフード特有のパンチ力が、湯治客や老人たちの繊細な胃袋には合わず、敬遠されているらしい。
「……なるほどな。客層のニーズと、提供する料理のベクトルがズレているわけか」
俺は腕を組み、ニヤリと笑った。
「タコを使った丸い粉もん。その正解は、決して『濃厚なソース味』だけじゃない。むしろ、出汁を愛するこの街にこそ相応しい、タコ焼きの『上品なご先祖様』を教えてやるよ」
俺は温泉街の広場に、ポルトマーレで叩き出したのと同じ『純銅製の焼き台』をセットした。
だが、用意した生地の配合は、タコ焼きの時とは全く違う。
「小麦粉は極限まで減らす。その代わりに、たっぷりの『卵』と、澄んだ湧き水で作った『極上の合わせ出汁』、そして生地をふんわりさせるためのデンプンを大量に混ぜ合わせるんだ」
出来上がったのは、シャバシャバというより、ほとんど『出汁巻き卵の液』に近い黄金色の生地だ。
「これを熱した銅板に流し込み、柔らかく下処理したタコを入れる。……だが、こいつはタコ焼きみたいに千枚通しでガチャガチャと雑に回しちゃいけない」
ジューーッ……。
優しく焦げる卵と出汁の香りが広がる。生地が極端に柔らかいため、俺は千枚通しではなく『菜箸』を使い、赤子を撫でるように慎重に、かつ手早く生地を丸め込んでいく。
「す、凄い技術だ……あんなに柔らかい生地が、綺麗な丸い形にまとまっていくぞ……!」
集まってきた老人たちが息を呑む。
焼き上がったそれは、タコ焼きよりも一回り大きく、自重で少し潰れそうになるほどフワッフワの『黄金色の玉』だった。
俺はそれを、斜めに傾斜をつけた専用の木の板の上に綺麗に並べた。
「仕上げだ。こいつにソースなんか絶対にかけるなよ」
俺は、カツオと昆布、そしてこの街の美味しい湧き水で取った『熱々の特製お出汁』を小さなお椀に注ぎ、そこに三つ葉の代わりの香草をパラリと浮かべた。
「完成だ。特製『出汁で食べるふわとろ明石焼き』だ! 板に乗った玉を、この熱い出汁にたっぷり浸して食え!」
「ほぉ……ソースではなく、お出汁で食べるのか」
街の長老が、菜箸で崩れそうなほど柔らかい明石焼きをそっと掴み、澄んだ出汁の海へとダイブさせる。
そして、出汁と一緒にズズッと啜り込んだ。
フワッ、トロォォォッ……!!
「――――っっっ!!!! ふぉぉぉぉぉっ!?」
長老が、カッ!と目を見開いて天を仰いだ。
「な、なんという優しさじゃ! 舌に触れた瞬間に、卵の甘みと極上の出汁が口の中で一体となってトロけて消えていく! そして、そのふわふわの海の中から現れる、プリッとしたタコの強烈な旨味!」
長老の目から、感動の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「ソースの重たさは一切ない! むしろ、この香り高い熱々のお出汁が、温泉で温まった身体の芯にまで染み渡り、胃袋を優しく撫で回してくれよる……! これぞ、これぞワシらが求めていた究極の『癒やしの味』じゃぁぁぁっ!!」
『ニャアアアッ! 卵が! 卵が美味すぎるニャ! 飲み物みたいにスルスル喉の奥に消えていくニャ!』
『ピロロロッ! 圧倒的な卵の比率と、出汁の掛け算! 焼き立ての熱と、つけ出汁の熱が交わることで、香りが爆発的に拡張されています!』
ミーニャ王女も、お椀を両手で持ちながら恍惚の表情を浮かべていた。
「はふぅっ……心が洗われるようなお味ですわ。これなら、いくらでも食べられてしまいます……!」
だが、俺の狙いはこれだけではない。
「……さて。あっさりした明石焼きを満喫したところで、昨日の『残り物』の出番だ」
俺はインベントリから、ポルトマーレで作った『ソースとマヨネーズたっぷりのタコ焼き』を保温した状態で取り出し、ドンッとテーブルに置いた。
「姫様、クロ。出汁の後に、そのタコ焼きを食ってみろ」
「えっ? さすがにもうお腹が……ニャムッ!」
クロが濃厚なタコ焼きを一口かじる。
『……ッ!? う、美味いニャ! さっきまであっさりした卵を食べてたから、ソースのガツンとした塩気とジャンクな脂が、強烈なパンチになって胃袋を叩き起こしてくるニャ!』
「だろ? そして、ソースの味が口に濃く残った状態で、もう一度、明石焼きの出汁をすするんだ」
言われた通り、ミーニャ王女が明石焼きを出汁と一緒に啜り込む。
「ああっ……! タコ焼きの濃厚なソースの余韻を、明石焼きの上品なお出汁が綺麗に洗い流してくれますわ! お出汁の香りがさらに鮮明に感じられて……これでは、これでは……!」
【ナビ:味覚の無限ループ(相乗効果)を確認。ジャンクな『ソース(タコ焼き)』と、繊細な『出汁(明石焼き)』を交互に摂取することで、脳の満腹中枢が麻痺し、食欲が無限にリセットされる現象が発生しています】
「その通り! これが粉もんの『相乗効果』だ! 濃厚なソースを食えば、あっさりした出汁が欲しくなる! 出汁で口がさっぱりすれば、また濃厚なソースが食いたくなる!」
「お、恐ろしい! ポルトマーレのタコ焼きを食べた観光客が、癒やしを求めてアカシロの明石焼きを食べに来る! そしてまたタコ焼きが食べたくなって隣街へ戻る……無限の観光ルート(経済効果)の完成じゃぁぁっ!!」
長老や街の人々は、大歓声を上げながらタコ焼きと明石焼きを交互に貪り食い始めた。騎士のガルも「胃薬がいりませんぞぉぉっ!」と号泣しながら出汁を飲み干している。
かくして、タコ焼きの重たさに悩んでいた温泉街は、俺が伝授した『明石焼き』によって救われ、隣街との最強のシナジー(相乗効果)を生み出すこととなった。
「さて、無限ループを満喫したことだし、俺たちも温泉に入り直すか」
出汁の香りに包まれた温泉街の夜は、無限に食べ続ける人々の熱狂と共に、ゆったりと更けていくのだった。
【第105話:完】
収穫: 温泉街との強力なシナジー形成、タコと卵の消費拡大。
知識更新: 「ソースのタコ焼き」と「出汁の明石焼き」を交互に食べると、味覚がリセットされて無限に食い続けられる。これは合法的な食のバグである。
現在の気分: 熱い出汁に浸したフワフワの卵。二日酔いの朝や、温泉上がりの胃袋には、これ以上の正解はない。




