96話
森の林業の町を後にした俺たちは、山脈を迂回しこの国の南の高原都市『ソル・メサ』へとやってきた。
温暖な気候で農業が盛んな町だが、冒険者ギルドの空気は、ここでもやはりどんよりと沈んでいた。
「また南の畑が『暴君苦瓜』に占領されたぞ!」
「あんなもん、近づけば種を弾丸みたいに撃ってくるし、ツルは罠みたいに絡みつくし……何より、どんなに煮ても焼いても、舌がひん曲がるほど苦くて家畜すら食わねぇんだ! 討伐するだけ赤字だぜ!」
農家と冒険者たちが、ギルドの掲示板の前で頭を抱えている。
『暴君苦瓜』。それは、表面にイボイボを持つ緑色の巨大な瓜の魔物らしい。異常な繁殖力で畑を覆い尽くし、強烈な苦味のせいで「完全な不燃ゴミ」として忌み嫌われている。
「……なるほど。今度の厄介者は『苦味』か」
俺は腕を組み、ギルドのカウンターに声をかけた。
「その暴君苦瓜の討伐依頼、俺たちが引き受ける。……だがその前に、討伐の残骸でいいから、小さな欠片を一つ譲ってくれないか?」
「えっ? 構いませんが……絶対に食べない方がいいですよ? 三日はご飯の味がわからなくなるほど苦いですから」
「心配するな。敵の弱点を知るための『試作』だ」
俺は町の広場の隅にカセットコンロを展開し、譲り受けた暴君苦瓜の欠片をまな板に乗せた。
試しに一片だけ切り取り、そのまま口に入れてみる。
「……ッッッ!! 苦っっっ!!!」
強烈な青臭さと、脳天を突き抜けるような暴力的な苦味が口の中で爆発し、思わず顔が梅干しのようにシワシワになった。
『ニャハハ! ミツトメが悶絶してるニャ! だから言ったのにニャ!』
「バカ言え、この強烈な苦味……下処理さえ完璧にやれば、絶対に化けるぞ」
俺は涙目になりながらも、まな板の上の暴君苦瓜を縦半分に叩き割った。
「いいか。こういう瓜系の苦味は、真ん中の『フワフワしたワタの部分』に一番多く潜んでる、なんてデマが伝わっていたな。結局、口当たりが悪いからとるんだが。まずはスプーンで、このワタを徹底的に削り落とす!」
ワタを綺麗に取り除いた後、実を2ミリほどの薄切りにする。
「ここからが『苦味抜き』の魔法だ。薄切りにした苦瓜に、たっぷりの『塩』と、少しの『砂糖』を揉み込むんだ」
塩の浸透圧で苦瓜から水分と一緒に苦味成分が外へ絞り出され、砂糖がさらに繊維を柔らかくして苦味を和らげる。
数分放置して、緑色の苦い汁がたっぷりと出たところを、水でサッと洗い流し、両手でギュッと力強く水気を絞った。
俺は、下処理を終えたその一切れを口に放り込む。
「……よし!」
思わずガッツポーズが出た。
「シロ、クロ。食ってみろ」
『ピロロロッ……。……あれ? 最初の刺すような苦味がすっかり消えて、爽やかな風味とシャキシャキ感だけが残っています!』
『ニャ! ほんのりとした苦味が、逆に食欲をそそるアクセントになってるニャ!』
「実証実験は完璧だ。さぁ、食材の乱獲に行くぞ!」
南の畑。
そこは、大人の背丈ほどもある巨大な緑色のイボイボ瓜――『暴君苦瓜』たちが、無数のツルをうねらせて暴れ回る魔境と化していた。
「ププププッ!!」
俺たちに気づいた苦瓜たちが、機関銃のように硬い種を連射してくる。
「シロ、クロ! 畑を傷つけないように、ツルと種だけを正確に撃ち落とせ!」
『ピロロロッ! 雷撃網、起動します!』
『ニャハハ! 邪魔なツルは全部燃やしてやるニャ!』
シロの雷が飛来する種を空中で弾き落とし、クロの炎がツルを焼き払う。
丸裸になった巨大な暴君苦瓜の本体に、俺は身体強化を乗せた特大パイプレンチをフルスイングで叩き込んだ。
バキィィィィッ!!
面白いように苦瓜が畑から弾き飛ばされ、収穫されていく。
邪魔な魔物を一掃し、たった数十分で、畑の横には山のような「新鮮な暴君苦瓜」が積み上げられた。
その日の夕方。
町の広場で、俺は農家たちと一緒に大量の暴君苦瓜の『ワタ取りと塩揉み』を行っていた。
「さぁて、こいつの爽やかな苦味を、極上のごちそうに昇華させる最強の相棒を紹介するぜ」
俺は特大の鉄鍋を熱し、インベントリから大量の『豚肉』と『加熱用シュレッドチーズ』を取り出した。
「まずは豚肉を強火で炒め、脂をたっぷりと引き出す。そこに、水気を絞った苦瓜を一気に投入だ!」
ジュワァァァァァッ!!!
豚の甘い脂が、苦瓜の繊維に染み込んでいく。そこに、解いた卵を投入。さっと火を通す。
味付けは醤油、酒、そして出汁の素。全体に火が通ったところで、俺は鍋の上に大量の『加熱用チーズ』をドサッと乗せ、蓋をして数十秒蒸し焼きにした。
「……旅のあんた。なんで普通の塊チーズじゃなくて、そんな細切れのチーズを使うんだ?」
農家の男が不思議そうに尋ねてくる。
「良い質問だ。普通のチーズをそのまま高温で炒めると、タンパク質と水分が分離して、ボソボソになったり油っぽくなっちまうんだ。だが、この『加熱用チーズ』は、熱を加えた時に一番美しくとろけて、食材に滑らかに絡むように成分が調整されてるんだよ」
パカッ。
蓋を開けた瞬間、焦げた醤油と豚肉の香ばしさ、そして……ドロリと黄金色に溶けたチーズの暴力的な香りが広場に爆発した。
「完成だ! 特製『暴君苦瓜と豚肉の特濃チーズチャンプルー』だ!」
「お、おう……!」
農家の一人が、糸を引くチーズと一緒に苦瓜と豚肉を掬い上げ、ハフハフと口に放り込む。
「……っっっ!! なんだこりゃぁぁぁっ!!」
男は目をひん剥き、大声で叫んだ。
「苦くない! いや、少しだけ残った爽やかな苦味が、豚肉の重たい脂をスッと洗い流してくれるんだ! そこにこの……熱々でトロットロのチーズが信じられないくらい滑らかに絡みついてきて、まろやかなコクで全部の味を包み込みやがる!」
『ニャアアアッ! チーズがどこまでも伸びるニャ! 豚肉の旨味を吸った苦瓜が、最高の野菜に化けてるニャ!』
『ピロロロッ! 苦味、旨味、塩気、そして乳脂肪のコク……計算し尽くされた味の掛け算です! ご飯もいいですが、これは最高のお酒のつまみになりますね!』
俺も、熱々のチーズチャンプルーを頬張る。
「……うんまァァァッ!」
塩揉みで完璧に下処理された苦瓜のシャキシャキ感。加熱用チーズだからこそ実現できた、分離しない完璧なトロトロ感。これらが一体となり、無限に箸が進む魔性の一皿が完成していた。
広場にいる人々は、かつて不燃ゴミと呼んで忌み嫌っていた魔物を、皿まで舐めるような勢いで平らげていく。
「……師匠!」
町のギルドマスターが、口の周りをチーズだらけにして俺の手を握りしめた。
「この『ワタ取りと塩揉み』の技術、そして熱で滑らかに溶けるチーズの組み合わせ……どうか、町に教えてくれないか!? これがあれば、あの暴君苦瓜がうちの町の最強の特産品になる!」
「もちろんそのつもりだ。このレシピを、ソル・メサの町の新しい名物にしてくれ」
俺は満足げに笑った。
「次に俺がこの町を訪れる時、あんたたちがこの苦味抜きの技術を使って、どんな新しい料理を生み出しているか……楽しみにしてるぜ」
「おうっ! 任せとけ! 町を挙げて苦瓜を育てまくって、世界中を驚かせる名物を作ってみせるぜ!」
かくして、畑を荒らす青臭い厄介者は、俺が伝授した『苦味抜き』と『加熱用チーズの知識』によって、町に大熱狂をもたらす極上の食材へと生まれ変わった。
神様からの裏依頼である「食文化の底上げ」は、また一つ大きな革命を起こし、俺たちは次なる未知の食材を求めて、新たな町へと歩みを進めるのだった。
【第96話:完】
収穫: 高原都市の平穏、苦味抜きの知識の伝授。
知識更新: 瓜の苦味は、塩と砂糖で揉むことで抜ける。そして、加熱用チーズは高温でも分離せず、苦味をまろやかに包み込む最強のコーティング剤である。
現在の気分: 苦味を完全に消すのではなく、あえて「爽やかなアクセント」として残すのが、大人の味ってやつだ。




