95話
湖畔の漁村に「黄金の蟹玉丼」のレシピを残し、俺たちはさらに街道を進んで、鬱蒼とした森に囲まれた林業の町『シルヴァ』へと到着した。
だが、豊かなはずの森の町は、どこか重苦しい空気に包まれていた。
冒険者ギルドの依頼掲示板の前で、木こりや冒険者たちが頭を抱えている。
「また西の街道が『鋼鉄筍』に突き破られたぞ!」
「あんなもん、成長が早い上に硬すぎて、伐採するだけで斧がボロボロになっちまう。おまけに何にも加工できねぇんだから、タチの悪い厄介者だぜ……」
話を聞いてみると、この森には魔力を含んで異常な速度で成長する『鋼鉄筍』という巨大なタケノコが自生しているらしい。
放っておくと一晩で数メートルも伸び、石畳の街道や家の床すら突き破ってしまう。さらに、皮を剥いて中の白い身を煮て食おうとしても、強烈な『エグミ』と『渋み』があり、一口食べただけで舌が痺れて腹痛を起こすというのだ。
「なるほど。硬くて成長が早くて、おまけに不味い。絵に描いたような厄介者だな」
俺は腕を組み、ギルドのカウンターに声をかけた。
「その鋼鉄筍の伐採依頼、俺たちが引き受けよう。……だがその前に、試しに掘り出したばかりの小さいやつを一本、俺に譲ってくれないか?」
受付嬢が首を傾げる。
「譲るのは構いませんが……絶対に食べないでくださいね? 舌が丸一日痺れて使い物にならなくなりますから」
「安心しろ。そのまま食うつもりはない。まずは『試作』の時間だ」
俺は町の酒場の裏手を借りて、もらった鋼鉄筍の皮を剥いた。
試しに一片だけ切り取り、そのまま火で炙って口に入れてみる。
「……ッペ! こりゃひどいな」
舌の水分を根こそぎ奪われるような強烈な渋みと、ビリビリとしたアクのエグミが口の中を支配する。町の人々が「食えない」と投げ出すのも無理はない。
「だが、ただのアクがシュウ酸やホモゲンチジン酸なら、アルカリ性で中和してやれば抜けるはずだ」
俺はインベントリ……ではなく、酒場の裏にある『かまど』から、燃え残った『綺麗な木灰』を両手いっぱいにすくい取った。
さらに、町の市場で買ってきた『赤唐辛子』を数本用意する。
「いいかシロ、クロ。俺の故郷、日本の先人たちが生み出した、植物の毒を抜く最強の技術『アク抜き』を見せてやる」
特大の鍋に水を張り、半分に切った鋼鉄筍、たっぷりの木灰、そして赤唐辛子を丸ごと放り込んで火にかける。
「灰のアルカリ成分が、タケノコのエグミ成分を分解して外に溶かし出してくれる。唐辛子を入れるのは、灰臭さを消すのと、防腐効果を高めるためだ」
コトコトと一時間ほど煮込み、竹串がスッと通るようになったら火を止める。
「ここからが一番重要だ。お湯を捨てずに、このまま『完全に冷めるまで』放置する。冷めていく過程で、タケノコの中からアクが抜け切るんだ」
数時間後。
灰汁を含んで濁った水を捨て、鋼鉄筍を綺麗な水でしっかりと洗い流す。
薄くスライスしたそれを、俺は何もつけずに口に放り込んだ。
「……うん!」
思わず笑みがこぼれる。
『ニャ? ミツトメ、舌は痺れてないのかニャ?』
『ピロロロッ。毒見なら私が治癒魔法を準備していますが……』
「治癒魔法は必要ないぞ。ほら、食ってみろ」
俺が差し出したスライスを、クロが恐る恐る口に入れる。
『……ポリッ。……ッッ!? ニャンだこれ! あの嫌な渋みが完全に消えてるニャ! それどころか、トウモロコシみたいな優しい甘みと、シャキシャキの歯ごたえが最高だニャ!』
『ピロロロッ! 素晴らしいです! 木灰という捨てるはずのものを利用した化学反応が、有害な成分だけを見事に無力化しています!』
「よし、実証実験は完璧だ」
俺は立ち上がり、特大パイプレンチを肩に担いだ。
「あの厄介者が『極上のシャキシャキ食材』だと分かればこっちのモンだ。さぁ、食材の乱獲に行くぞ!」
西の街道。
巨大な槍のように地面から突き出している無数の鋼鉄筍を前に、俺はパイプレンチを構えた。
「成長しきった竹は硬いが、地面から出たばかりの筍の根元は、力学的に脆いんだよ!」
パイプレンチの顎を筍の根元にガッチリと噛み合わせ、『てこの原理』と身体強化を乗せて一気にへし折る。
バキィィィィッ!!
面白いように次々と鋼鉄筍が収穫されていく。
邪魔な木々や根っこは、クロの炎とシロの雷で的確に処理し、わずか一時間で荷馬車三台分の鋼鉄筍を刈り取ってしまった。
その日の夕方。
町の広場に特大の鍋をいくつも並べ、村人総出で『灰を使ったアク抜き』を行った鋼鉄筍が山のように積み上げられていた。
「さぁて、こいつの美味さを最大限に引き出す、最高のおかずを作ってやるよ」
俺は特大の中華鍋を熱し、ラードをたっぷりと敷く。
用意したのは、細切りにした大量の鋼鉄筍と、同じく細切りにして片栗粉でコーティングした『豚肉』。そして、ピーマンの代わりとなる現地の緑色の香草だ。
まずは豚肉を強火で炒め、色が変わったところで鋼鉄筍と緑の香草を一気に投入する。
ジュワァァァァァッ!!!
強烈な火力で鍋を煽り、食材の水分を飛ばしながら炒め合わせる。
味の決め手は、醤油、酒、砂糖、おろしニンニク、そして……市場で見つけた『貝の干物を煮詰めた濃厚なエキス』だ。
合わせ調味料を一気に鍋肌から回し入れる。
ジューーーーッ!! ボワァァァッ!
焦げた醤油と貝の濃厚な旨味が混ざり合った、理性を吹き飛ばすような暴力的な香りが広場を支配した。
「完成だ! 特製『鋼鉄筍の極上チンジャオロース風』! 炊きたての白飯に乗せて、丼にして食え!」
「お、おう……!」
町の木こりの一人が、熱々のチンジャオロース丼を大口で頬張る。
「……っっっ!! うんめぇぇぇぇっ!!」
男は目をひん剥き、咆哮のような声を上げた。
「なんだこのタケノコ! シャキシャキの歯ごたえがたまらねぇ! 肉の旨味と、この貝の濃厚な甘辛いタレがタケノコに絡みついて……ご飯が、ご飯が無限に吸い込まれていくぞぉぉっ!」
『ニャアアアッ! 油をまとったタケノコの食感が最高ニャ! 豚肉の脂と甘辛いタレが、この一本一本に染み込んでるニャ!』
『ピロロロッ! アク抜きで引き出された素材の甘みが、濃い味付けの中でも確かな存在感を放っています! これはご飯泥棒という犯罪的な一皿ですね!』
俺も、シャキシャキのチンジャオロースと白飯を一緒にかき込んだ。
「……うんまァァァッ!」
筍の小気味よい食感と、片栗粉でとろみがついた豚肉のジューシーさ。オイスターソース風の深いコクが、すべてを一つにまとめ上げている。
広場にいる町の人々は、誰もが言葉を失い、ただひたすらに丼を掻き込む音だけを響かせていた。
「……旅のあんた! いや、師匠!」
酒場の店主が、空になった丼を握りしめて俺の前にやってきた。
「この『灰を使ったアク抜き』の方法と、このタレの作り方……どうか、町に使用許可をくれないか!?幾ばくかの謝礼は用意させていただく。 これがあれば、あの憎き鋼鉄筍が、隣町に高く売れる特産品に化ける!」
「代金は要らない。初めからそのつもりだ。この技術を、シルヴァの町の新しい名物にしてくれ」
俺は満足げに笑った。
「その代わり次に俺がこの町を訪れる時、あんたたちがこのアク抜きの技術を使って、どんな新しいタケノコ料理を生み出しているか……楽しみにしてるぜ」
「おうっ! 任せとけ! 町を挙げて筍を掘りまくって、世界一美味い名物を作ってみせるぜ!」
かくして、家を突き破る森の厄介者は、俺が伝授した『アク抜き』という化学的調理法によって、町に莫大な富をもたらす黄金の食材へと生まれ変わった。
神様からの裏依頼である「食文化(文化レベル)の底上げ」は、熱狂する人々の笑顔と共にまた一つ確かな足跡を残し、俺たちは次なる町へと歩みを進めるのだった。
【第95話:完】
収穫: 林業の町の平穏、アク抜きの知識の伝授。
知識更新: アクの強い筍は、木灰と一緒に茹でてそのまま冷ますことで、毒が抜け極上の食材に化ける。
現在の気分: チンジャオロースの筍のシャキシャキ感は、肉よりもご飯を進ませる最強の主役だ。




