91話
暗黒の終末神による「めんどくさい」の一言で、街のインフラを脅かしていたカルト教団はあっけなく消滅した。
平和を取り戻した北の都市の朝は、刺すような冷気の中にも、どこか晴れやかな活気に満ちていた。
「さて、教団の騒動も片付いたし、次の街へ向かうための物資を調達するか」
俺たちは、この都市で一番大きい『中央卸売市場』へと足を運んでいた。
だが、市場の入り口に近づくと、そこには荷馬車や商人たちが何十メートルも列を作り、怒号が飛び交う大渋滞が発生していた。
『ニャ? 朝からずいぶん騒がしいニャ。全然前に進んでないぞ』
『ピロロロッ。どうやら、入り口の検問所で何らかのトラブルが起きているようです』
四十代の元・設備管理者として、現場のトラブルを放っておけない性分が顔を出す。
列の先頭まで様子を見に行くと、渋滞の原因はすぐに判明した。市場の入り口に二台並んで設置されている『巨大な魔導計量器』のうち、『右側の計量器』が完全に沈黙していたのだ。
以前別の街でも似たような計量器の故障を見たが、魔道具というやつはどうも過酷な環境に弱いらしい。
だが、問題は故障していること自体ではない。
「……おいおい、右側が壊れてるのに、分岐点に何の案内も出してないのか?」
商人たちは「右側も使える」と思って馬車を進め、計量器の目の前まで来てから故障に気づく。そして慌てて馬車をバックさせ、左側の計量器の列に割り込もうとするため、後続の馬車と絡まって完全に動けなくなっているのだ。
「す、すみません! 昨夜の吹雪で右側の計量回路が凍結してしまって!」
市場の若い職員が、押し寄せる商人たちに泣きそうになりながら謝罪している。
「あのなぁ、謝る前にやることがあるだろ。現場の基本『見える化』が全くなってないぞ」
俺はため息をつき、インベントリから大きな羊皮紙と、太いマジックを取り出した。そして、極太の文字と矢印でこう書き殴る。
【右側の計量器は故障中! 左側へお進みください 】
「右側の計量器が壊れたので、左側に行くように案内するポスターだ。こいつを、荷馬車が左右に分かれる手前のバリケードにデカデカと貼り付けておけ」
「あ……なるほど! これなら遠くからでも一目でわかります!」
効果はてきめんだった。ポスターを見た後続の商人たちはスムーズに左側の列へと並び始め、バックしての割り込みがパタリと止んだ。滞っていた血流が巡るように、市場の大渋滞がみるみるうちに解消されていく。
混乱が収まったのを見計らい、俺は愛用の『伸縮脚立』を取り出して計量器に登り、センサーに詰まっていた氷の塊をハンマーで叩き割ってサクッと修理を完了させた。
「おおおおっ!! 直った! 渋滞も解消するし、あんた、ただの旅人じゃないな!?」
感動する市場の職員たちを集め、俺は一つ咳払いをした。
「いいか、お前ら。機械なんてのはいつか必ず壊れるもんだ。大事なのは、壊れた時にどう動くかだ」
俺は先ほど書いた案内ポスターを指差した。
「今回みたいに、まずは『案内看板を立てて動線を確保する』。この一連のフローをしっかり文書化して、元締めである『商業ギルド本部』に共有しろ」
「商業ギルドに、フローを共有……ですか?」
「ああ。ただ目の前のトラブルに対処して『直りました、よかったです』で終わらせるのは三流の仕事だ。機械が壊れた時の初動対応をマニュアル化し、他の街の市場でも同じように看板を出せる仕組みを作る。そうやって、自分がどう組織全体に貢献できるかを常に考えながら動く奴が、本当に評価されるんだよ」
俺の言葉に、若い職員も市場の責任者も、ハッと目を丸くして深く頷いた。
「仕組みを作って、組織全体に貢献する……! 旅の職人殿、あんたのその言葉、金言としてギルドに提出する報告書に必ず記載させてもらうよ!」
責任者から深い感謝と共に、「市場で一番いい肉を持っていってくれ!」と、分厚い『豚肩ロースの特大ブロック』が贈られた。
その日の昼。
市場の隅の休憩スペースを借りた俺の目の前には、美しいサシが入った豚肩ロースの塊肉が鎮座していた。
「この素晴らしい豚肉……今日はガツンと焼いていくぞ」
俺はブロック肉を、厚さ3センチ以上の『特厚』に切り分けた。そのまま焼くと反り返ってしまうため、赤身と脂身の境目に包丁でしっかりと筋切り(スリット)を入れる。
熱した鉄のフライパンにラードを敷き、塩コショウを振った特厚の豚肩ロースを投入。
ジュワァァァァァッ!!
強烈な焼き音が響き、豚の脂が弾ける暴力的な匂いが立ち昇る。
表面にカリッと香ばしい焼き色がついたら、弱火にして蓋をし、中までじっくりと火を通す。
その間に特製ソースの準備だ。
醤油、みりん、酒、少しの砂糖。そこに『おろしニンニク』を親の仇のように大量に投入し、隠し味に『酢』をほんの少しだけ垂らす。この酢が、豚の脂のくどさを消して旨味だけを引き立てるのだ。
肉に火が通ったところで、フライパンにこの特製ソースを一気に流し込む。
ジューーーーッ!!
焦げた醤油とニンニクの香りが爆発し、とろみのついたソースが分厚い肉に照り照りと絡みついていく。
「完成だ。特製『極厚・豚肩ロースのガーリックトンテキ』だ! 山盛りの千切りキャベツと一緒に食え!」
『ニャアアアッ! ニンニクの匂いがヤバいニャ!』
クロがたまらず肉に噛み付く。
『ニャムッ! ……ッッ!? ざくっ、ジュワァァァァッ! 肉が分厚いのにめちゃくちゃ柔らかいニャ! 濃厚なニンニク醤油のタレが豚の甘い脂と絡まって、キャベツが無限に食えるぞ!』
『ピロロロッ! 素晴らしいです! 隠し味のお酢のおかげで、これだけ分厚いお肉と濃い味付けなのに、全く胃にもたれません! 白飯が何杯あっても足りませんね!』
俺も、ソースがたっぷり絡んだ特厚のトンテキを、白飯にワンバウンドさせてから大口で頬張った。
「……っっっ!! うんまァァァッ!!」
噛み締めるごとに溢れ出す、肩ロース特有の肉々しい旨味と脂の甘み。
それをガツンと殴りつけるようなニンニク醤油のパンチが、四十代の胃袋を歓喜の渦へと叩き込む。肉汁とタレが染み込んだ千切りキャベツすら、立派なメインディッシュだ。
「くぅぅっ……! 組織論を語って一仕事した後のトンテキ、最高すぎるだろ!」
現場の基本である「案内ポスター」のフローをギルドに共有させ、愛用の伸縮脚立でサクッとインフラを復旧させる。
肉の脂とニンニクの香りに包まれながら、四十代のおっさんと神様たちは、次なる旅へ向けて圧倒的なスタミナを胃袋へと充填していくのだった。
【第91話:完】
収穫: 市場および商業ギルドへの貢献、極上の豚肩ロースブロック。
知識更新: 故障時はまず「案内看板」を立てるフローを組織で共有せよ。仕組み作りで会社に貢献することが昇級への近道だ。
現在の気分: トンテキのタレが染み込んだ千切りキャベツは、もはやキャベツの形をした肉だ。最高。




