86話
激辛麻婆豆腐で身体の芯まで熱を帯びた俺は、特大パイプレンチをフルスイングして、地下下水道の最奥にある『古代遺跡の石扉』を物理的に粉砕した。
ドゴォォォォォォンッ!!
濛々と土煙が舞う中、遺跡の通路に足を踏み入れると、そこには黒いローブを着た教団の精鋭たちと、祭服を着た中ボスらしき神官が待ち構えていた。
「バ、バカな!? ガストラップを抜けてきただと!?」
神官が驚愕に目を見開くが、すぐに醜く顔を歪めて嘲笑した。
「フン、だがここまでだ! 貴様はすでに、古代の叡智たる『裁きの回廊』に足を踏み入れているのだからな!」
神官が杖を掲げると、俺の目の前の通路の空間が微かに「ジジッ」と鳴った。
「この回廊には、目に見えぬ『裁きの光』が張り巡らされている。少しでも触れれば、貴様の身体など一瞬で灰と化すぞ!」
試しに、教団員の一人が通路へ石ころを投げ入れた。
すると、何もない空間で石が「ジュワッ!」と音を立て、一瞬にして赤い閃光と共に蒸発してしまった。
「ヒャハハハ! どうだ! これぞ終末神様の奇跡……!」
「……目に見えない光の網のトラップねぇ」
俺は鼻で笑い、脳内の相棒に声をかけた。
「ナビ、光の波長と発生源をスキャンしろ」
【ナビ:了解しました。……通路の壁面に埋め込まれた複数の発振器から、不可視の光線が網の目状に照射されています】
「やっぱりな。防犯設備なんかでよく使う光電センサーと超高火力ビームってとこだ」
前世界の銀行や美術館の警備システムと同じだ。何もないように見えるが、光の線を遮ると警報が鳴る仕組みである。
「目に見えないなら、見えるようにしてやればいい」
俺はインベントリから、料理用にストックしてある『小麦粉』を両手いっぱいに掴み出し、通路の空間に向かって豪快にバサァッ! と撒き散らした。
真っ白な粉塵が空中に舞い上がった瞬間。
粉に光が反射し、何もないはずの空間に『無数の赤い光の線』がクッキリと浮かび上がったのだ。スパイ映画でお馴染みの光景である。
「な、なんだと!? 裁きの光が、見える……!?」
神官たちが狼狽する中、俺は浮かび上がった赤い線の隙間から、壁の奥にある『魔力供給用の配電盤』を正確にロックオンした。
「奇跡でもなんでもない、ただの物理的な防犯設備だ。電源を落とせば終わる話だろ!」
俺は手にした特大パイプレンチを、野球のピッチャーのようなフォームで配電盤に向かって全力投球した。
ガキィィィィンッ!!! ボシュゥゥゥ……!
配電盤が木端微塵に砕け散り、魔力の供給を絶たれた赤いレーザー網が、音もなくフッと消滅する。
「あ、ああっ……! 古代の奇跡が、ただの鉄の棒で壊された……っ!?」
「さぁ、トラップは解除したぞ。ここからは力仕事だ」
俺が拳をボキボキと鳴らしながら踏み込むと同時に、シロとクロも左右から飛び出した。
『ピロロロッ! 奇跡を騙る詐欺師には、天罰です!』
『ニャハハ! 丸焦げにしてやるニャ!』
シロの正確な電撃が教団員の急所を撃ち抜き、クロの火炎が彼らのローブを燃やす。
俺は配電盤から跳ね返ってきたパイプレンチをキャッチし、怯んだ神官の鳩尾に柄の部分で強烈な一撃を叩き込んだ。
「ごふぁッ……!?」
神官は白目を剥き、崩れ落ちて完全に沈黙した。
「ふぅ……一丁上がりだ。教団の最深部まではもう少しってところだな」
気絶した教団員たちをロープで縛り上げながら、俺はふと額の汗を拭った。
先ほど食べた激辛の麻婆豆腐の余韻と、運動による熱で、身体の火照りがなかなか引かないのだ。地下の冷たい空気が、今は妙に心地よい。
「熱を入れすぎたな……。よし、少しだけクールダウンの休憩にするぞ」
俺はインベントリから、冷やしておいた新鮮な『きゅうり』を数本取り出した。
厚手のビニール袋にきゅうりを入れ、料理用の麺棒で上からバンバンッと容赦なく叩き潰す。
包丁で綺麗に切るのではなく、叩き割ることで断面が複雑になり、味が爆発的に染み込みやすくなるのだ。
ヒビが入って一口大に割れたきゅうりを袋に入れたまま、そこに『塩昆布』をたっぷりと加え、さらに『ごま油』をひと回し、おろしニンニクをほんの少しだけ入れる。
「あとは袋の口を閉じて、シャカシャカと振って揉み込むだけだ」
塩昆布の旨味と塩分がきゅうりの水分を引き出し、ごま油が全体を香ばしくコーティングしていく。
たった数十秒の調理。
「完成だ。特製『無限・塩昆布きゅうりのたたき』だ。火照った身体を冷やすには、夏野菜に限る」
『ニャアッ! 緑の野菜ニャ。肉はないのかニャ?』
少し不満げなクロだったが、一切れのきゅうりを口に入れた瞬間、その金色の目がカッと見開かれた。
『……ポリッ……ッ!? ニャンだこれ! きゅうりがみずみずしくて冷たいのに、昆布の強烈な旨味とごま油の香りが絡みついて、手が止まらないニャ!』
『ピロロロッ! ポリポリ、シャキシャキとした食感がたまりません! 麻婆豆腐で痺れた舌に、きゅうりの清涼感と塩昆布の優しい塩気が、極上のオアシスになっています!』
俺も袋に手を突っ込み、きゅうりを鷲掴みにしてポリポリと頬張った。
「……うん、美味いっ!」
瑞々しいきゅうりの水分が、口の中の辛味と熱をスッと洗い流してくれる。
だが、たださっぱりしているだけではない。塩昆布の旨味成分とごま油のパンチが強烈な後を引き、名前の通り「無限」に食べ続けられる悪魔的な副菜だ。
「くぅぅっ……! 激辛料理と激しい運動の後の、冷え冷えの塩昆布きゅうり! これぞ砂漠で見つけたオアシスだぜ!」
【ナビ:マスター。体温の正常化、および塩分・水分の完璧な補給を確認しました。遺跡の最深部へのルート、障害物はゼロです】
古代の恐るべき魔法トラップを粉塵というアナログな手法で可視化して叩き割り、熱った身体を日本の居酒屋の定番メニューでクールダウンする。
無限に食えるきゅうりで完璧なコンディションを取り戻した俺たちは、いよいよカルト教団の教祖が待つ、遺跡の最奥へと足を踏み入れるのだった。
【第86話:完】
収穫: 遺跡の防衛ライン突破、神官の捕獲。
知識更新: 目に見えない光電センサーは、煙や粉を使えば一発で正体を現す。
現在の気分: きゅうりは包丁で切るより、叩き割った方が絶対に美味い。これは料理の真理だ。




