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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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85/103

85話

 避難所での一酸化炭素テロを防ぎ、暗黒の終末教団の非道な行いを完全に白日の下に晒した翌日。

 都市グラキエスの衛兵たちは総出で教団の行方を追っていたが、彼らはまるで煙のように街から姿を消してしまっていた。


「……おかしいですね。城門の警備は固めましたし、空から逃げた形跡もありません」

 衛兵長が図面を広げて頭を抱える。


 俺はその都市の図面を覗き込み、街中に張り巡らされた「青い線」を指でなぞった。

「地上にいないなら、地下だろ。この街には、立派な『地下下水道』のインフラが整備されてるじゃないか」


「下水道!? しかし、あの中は迷路のように複雑ですし、何より有毒なガスが溜まっていて、我々でも迂闊には入れない危険地帯ですよ!」


「だからこそ、ネズミが身を隠すには絶好の場所ってことだ」


 俺は特大のパイプレンチを肩に担ぎ、宿を出た。

「俺が直接行って確認してくる。あんたたちは地上の出入り口(マンホール)を固めて、ネズミが逃げ出さないように見張っててくれ」


 街の片隅にあるマンホールの蓋をバールで開け、俺たちは薄暗く、湿った冷気が漂う地下下水道へと足を踏み入れた。


 チョロチョロと汚水が流れる音が反響する中、少し進んだところで、俺の足元で尻尾を揺らしていたクロがピタッと足を止めた。


『ニャ。ミツトメ、なんかこの先から「腐った卵」みたいな変な匂いがするニャ。それに、風がパタッと止まったぞ』


 その言葉を聞いた瞬間、俺は血相を変えて立ち止まった。

「……ッ! ストップ! 全員、それ以上前に進むな!」


『ピロロロッ? どうしました、マスター?』

「……教団の奴ら、下水道の『換気口』をわざと塞いで、汚水の流れもせき止めてやがる。前世で『酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者』の資格を持っていた俺の直感が警告してる。この先は完全に『死地』だ」


 俺はインベントリから、前世界の現場で使っていた『携帯用ガス検知器』を取り出し、そっと前方の空間へ差し出した。


 ピピピピッ!! ピピピピッ!!


 検知器が狂ったように赤いランプを点滅させ、けたたましい警告音を鳴らし始める。


「やっぱりな。高濃度の『硫化水素』が溜まってる。下水やヘドロが腐敗して発生する猛毒のガスだ」


「腐った卵の匂いがする」とクロが言ったのは初期症状だ。さらに恐ろしいのは、硫化水素は高濃度になると『嗅覚を麻痺させる』という性質を持っていることだ。

 つまり、「匂いがしなくなったから安全だ」と勘違いして進んだ瞬間に、一呼吸でバタッと倒れて即死する。密閉空間の現場において、最も恐れられている見えない暗殺者である。


「教団の連中は、追手が来るのを読んでこのガストラップを仕掛けたんだろうな。防毒マスクもない素人なら、確実に全滅してるぜ」


 だが、俺はプロの設備屋だ。

「インベントリ展開! 大型ブロワー(送風機)と、じゃばらダクト!」


 俺は昨日の避難所でも使った強力な送風機を取り出し、ダクトの先端をガスの溜まっている空間の奥へと放り込んだ。そして、背後の安全なマンホールから新鮮な空気を強制的に送り込み、有毒ガスを物理的に吹き飛ばして希釈する『換気作業』を開始した。


 数分後、ガス検知器の数値が安全圏(10ppm以下)に下がったのを確認し、俺たちは安全に奥へと進んだ。


 ガストラップを抜け、複雑な下水道をさらに奥へと進むと、汚水の流れる水路の突き当たりに、明らかに不自然な『巨大な石の扉』が現れた。

 表面には禍々しい魔法陣が刻まれ、冷たい瘴気のようなものが漏れ出している。


【ナビ:マスター。この扉の奥から、都市の地下に広がる未知の『古代遺跡』の空間データを検知しました。多数の生命反応と、異常な質量の魔力溜まりを確認】


「間違いない。ここが教団の最終拠点(アジト)だ。……ついに追い詰めたぞ」


 俺がパイプレンチを握り直した時、ふと、腹の虫が「グゥゥ」と鳴った。

 冷たく湿った下水道を歩き回ったせいで、すっかり身体が冷え切っている。


『ニャハハ! ミツトメの腹の音が下水道に響いてるニャ!』

「うるせぇ。……だが、決戦の前にこの冷え切った身体のまま乗り込むのは、現場の安全管理上よろしくないな」


 俺は石の扉の少し手前にあった管理室のような空間に、カセットコンロを展開した。

「腹が減っては戦はできぬ。昨日の『けんちん汁』で余った木綿豆腐がある。こいつを使って、一瞬で身体に火がつく『カンフル剤』を作るぞ!」


 インベントリから、豚のひき肉、長ネギ、そして特製の『豆板醤(トウバンジャン)』と、痺れる辛さの『花椒ホアジャオ』を取り出す。

 作るのは、熱々とろとろの特製『激辛・本格麻婆豆腐(マーボーどうふ)』だ。


「豆腐はそのまま入れない。まずは塩を入れたお湯で『下茹で』する。こうすることで豆腐の余分な水分が抜け、崩れにくくなって、辛いソースがしっかりと絡むようになるんだ」


 下茹でをした豆腐を一旦取り出し、中華鍋に油を熱する。

 ひき肉をカリカリになるまでしっかりと炒め、豆板醤と甜麺醤(テンメンジャン)、おろしニンニクを加えて、香りを極限まで引き出す。

 そこに鶏ガラスープを注ぎ、下茹でした豆腐を戻し入れてグツグツと煮込む。


 ボコッ……ボコボコッ!


 マグマのように煮え滾る赤いスープ。

 仕上げに水溶き片栗粉で強烈なトロミをつけ、たっぷりのネギを散らし、仕上げに『花椒(ホアジャオ)』の粉末を親の仇のように大量に振りかけた。


「完成だ! 特製『痺れる激辛麻婆豆腐』と、炊きたて白飯!」


『ニャアアッ! 鼻を刺すような辛そうな匂いニャ! でも美味そうニャ!』

 クロがスプーン(※注:クロは訓練された元神様の猫です)で麻婆豆腐とご飯を(すく)い、勢いよく口に放り込む。

『ニャムッ! ……ッッ!? 辛っ! 痛っ! でも、豚肉の旨味がガツンと来て……後から舌がビリビリ痺れるニャァァ!』


『ピロロロッ! これぞ香辛料の暴力! 豆板醤の「(辛さ)」と、花椒の「(痺れ)」が、冷え切った身体の細胞を強制的に覚醒させていきます! 汗が止まりません!』


 俺も熱々の麻婆豆腐を白飯に乗せ、ハフハフと頬張った。

「……っっっ!! カラッ! うんまァァァッ!」


 木綿豆腐のしっかりとした食感に、トロミのついた激辛ソースが完璧に絡みついている。

 燃えるような辛さの後に、花椒のビリビリとした痺れが爽快に駆け抜け、白飯を掻き込む手が物理的に止まらなくなる。


「くぅぅっ……! 下水道の底で食う激辛麻婆豆腐、五臓六腑に染み渡るぜ!」


【ナビ:マスター。体温の急激な上昇、および交感神経の活性化を確認。戦闘への移行準備、100%完了です】


 猛毒のガストラップを現場の知識(換気)で安全に突破し、決戦前の腹ごしらえに激辛麻婆豆腐で闘志を燃やす。

 額に汗をかきながら、身体の内側から圧倒的な熱量を発する俺は、パイプレンチを片手に、教団が待ち受ける石の扉を勢いよく蹴り破るのだった。


【第85話:完】

 収穫: 敵アジトの特定、完璧なウォーミングアップ。

 知識更新: 硫化水素は匂いがしなくなってからが本番の猛毒。そして、麻婆豆腐の豆腐は必ず「下茹で」すべし。

 現在の気分: 口の中が痺れている。この勢いのまま、カルト教団の教祖を物理的に叩き潰す。

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