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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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84話

 インフラの復旧と害獣駆除によって計画を次々と潰された『暗黒の終末教団』は、ついに街の最も弱い人々が集まる場所へと標的を定めた。


 翌日の夕暮れ。俺たちが街の貧民街をパトロールしていると、身寄りのない老人や子供たちが身を寄せる『公共の冬営避難所(シェルター)』の前に、不審なローブの男たちが数人立ち塞がっているのを発見した。


「ヒヒヒ……この扉は外から魔法で完全にロックした。今頃、中では『終末の毒気』に当てられて、愚かな連中が次々と倒れているはずだ」


 男たちの言葉に、俺は血の気を引かせた。

 避難所の窓はすべて板で塞がれ、中からは苦しそうな咳き込む音と、扉を叩く微かな音が聞こえてくる。


「……てめぇら、中で何をした?」

 俺が低い声で歩み寄ると、教団員たちはニヤリと笑った。


「おや、噂の職人か。遅かったな! 中の暖房用ボイラーの『煙突』を塞いでおいてやったのさ! じわじわと息ができなくなる恐怖の中で、終末の神に祈りながら死んでいくがいい!」


「……ッ!! この外道どもが!!」


 煙突を塞いだボイラー。それはすなわち『不完全燃焼』による一酸化炭素(CO)の充満を意味する。無色無臭の猛毒が、密閉された空間にいる人々を静かに殺蔽しようとしているのだ。


「やっちまえ! こいつの首を手土産にすれば、教祖様も――」

 教団員たちが懐から黒い短剣を取り出し、俺に飛びかかってこようとした。


 だが、俺の怒りは限界を突破していた。

「シロ、クロ! 扉のロックを破壊しろ! 俺はこいつらを黙らせる!」


『ピロロロッ! 承知しました! 雷霆(らいてい)、出力20%!』

『ニャハハ! 邪魔な結界ごと吹き飛ばしてやるニャ!』

 二柱の神様が放った雷と炎が、避難所の分厚い扉と魔法の南京錠を木端微塵に粉砕する。


 その隙に、俺はインベントリから長さ一メートルの『特大パイプレンチ』を引き抜き、襲いかかってきた教団員の腹に容赦なくフルスイングで叩き込んだ。


 ドゴォォォォォッ!!

「ごべばッ!?」


「避難所の非常口を外から施錠するなんてのはな、消防法違反の重罪なんだよ!!」


 残りの教団員が怯んだ隙を見逃さず、俺はレンチを振り回して次々と彼らの膝や顎を打ち砕き、一瞬で全員を物理的に鎮圧(気絶)させた。


「ナビ、中の状況は!」


【ナビ:内部の一酸化炭素濃度が致死量に達しつつあります。倒れている者が多数。一刻も早い換気(ベンチレーション)が必要です】


 俺は気絶した教団員を踏み越えて避難所の中へ飛び込んだ。

 中は重苦しい空気が立ち込め、何十人もの老人や子供たちが、意識を失いかけて床に倒れ伏している。


「しっかりしろ! 今すぐ空気を入れ替える!」


 俺はインベントリから、前世のトンネル工事などで使っていた巨大な『強制送風機(大型ブロワー)』を取り出し、入り口に設置して魔力を流し込んだ。


 ギュィィィィィィンッ!!


 ブロワーが猛烈な勢いで外の新鮮な空気を室内に押し込み、奥の窓を物理的に蹴り破って風の通り道を作る。

 さらに、原因となっている暖房ボイラーの火を止め、塞がれていた排気ダクトの詰め物をレンチで掻き出した。


 数分間の強制換気により、室内の毒素は完全に排出された。


「ゴホッ……ゲホッ……」

「あ、あれ……? 息が、できる……」


 新鮮な空気を吸い込み、倒れていた人々が次々と意識を取り戻し始める。

 だが、毒気にあてられた後遺症と、暖房を止めたことによる急激な冷えで、全員がガタガタと震え、顔面を蒼白にしていた。


「……よし。原因は取り除いた。次は『内側からのケア』だ」


 俺は避難所の中央に特大の寸胴鍋を置き、カセットコンロに火を入れた。

 こういう時、弱り切った胃腸と冷えた身体に脂っこい肉は厳禁だ。必要なのは、優しく身体の芯から温めてくれる日本のソウルフードである。


「今日は、特製の『けんちん汁』だ」


 鍋にたっぷりの『ごま油』を熱し、乱切りにした大根、ニンジン、そして香りの強いゴボウに似た根菜を放り込んでしっかりと炒める。ごま油で根菜をコーティングすることで、野菜の甘みと香ばしさが格段に引き立つ。


 そこに、水気を切った木綿豆腐を、手で豪快に崩しながらたっぷりと加える。包丁で切るより、手で崩した方が断面が広がり、味がよく染み込むのだ。


 根菜と豆腐に油が回ったところで、昆布とシイタケで取った精進出汁をなみなみと注ぎ込み、アクを取りながらコトコトと煮込む。

 味付けは、醤油と少しの塩だけ。野菜から出る圧倒的な甘みが、最高の調味料になる。


「よし、完成だ。ゆっくりでいい、少しずつ飲んでくれ」


 俺はお椀に熱々のけんちん汁をよそい、震える老人や子供たちの手に握らせて回った。


「あったかい……」

 お椀から立ち昇るごま油と出汁の優しい香りに、不安げだった彼らの顔が少しだけ緩む。


 一口、ゆっくりと汁を(すす)る。

「……ああぁっ。美味しい……」

「野菜がすっごく甘い……。お豆腐が、出汁と野菜の旨みを吸ってて……身体の奥からポカポカしてくるよ……」


 肉は一切入っていない。だが、ごま油で炒められたたっぷりの根菜と出汁の旨味が、一酸化炭素と寒さで冷え切っていた彼らの身体と心に、じんわりと、そして力強く染み渡っていく。

 ホッとした安堵からか、ポロポロと涙を流しながらけんちん汁を飲む者もいた。


『ニャア……肉が入ってないのに、なんでこんなに満足感があるんだニャ? ごぼうの香りが食欲をそそるニャ』

『ピロロロッ。これが精進料理の真髄ですね。弱った胃腸に負担をかけず、それでいて冷えた身体を芯から蘇らせる……まさに「癒やしのスープ」です』


 俺も、自分のお椀に少しだけ『七味唐辛子』を振りかけて啜った。

「……ふぅ。美味いな」


 ごま油のコクと、大根の甘み。崩した豆腐のホロホロとした食感。七味のピリッとした辛味が、疲れた身体を優しく引き締めてくれる。


「助けてくれて……本当に、ありがとう……」

 老婆が涙ぐみながら俺の手を握ってきた。


「気にすんな。ボイラーは直しておいたから、またすぐに暖かくなるさ。……だが、こんな非道な真似をする連中を、これ以上放っておくわけにはいかないな」


【ナビ:マスター。今回の事件により、教団は完全に「テロリスト」として認識されました。街の衛兵たちも教団の拠点の捜索を開始しています】


 一酸化炭素という見えない恐怖から人々を救い出し、温かいけんちん汁で彼らの心に明かりを灯した夜。

 特大レンチを片手に、インフラの平和を脅かすカルト教団の完全な殲滅を心に誓う、四十代のおっさんであった。


【第84話:完】

 収穫: 避難所の人々の命、心温まる感謝。

 知識更新: 非常口の施錠と排気ダクトの閉鎖は殺人に等しい。そして、弱った身体にはごま油の香るけんちん汁が一番の薬である。

 現在の気分: 豆腐は手で崩すのが絶対の正解だ。味が染みた豆腐は、下手な肉より美味い。

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