83話
暖房を直し、水道の赤水を解決された『暗黒の終末教団』の幹部たちは、街の地下深くにある隠しアジトで焦りを募らせていた。
「ええいっ! あの邪魔な職人は何者だ! 我々が夜を徹して仕込んだ工作を、次々と物理的に直しおって!」
「教祖様からのノルマが達成できません! このままでは我々が永遠の闇に落とされてしまいます!」
インフラを破壊して不安を煽るという地道な布教活動が通用しないと悟った彼らは、ついに禁じ手へと踏み切った。
「……こうなれば仕方ない。教祖様が管理している『地下遺跡』から、終末の獣たちを解き放て。インフラが壊れないなら、街の人間を直接襲わせ、力尽くで『終末の恐怖』を植え付けるのだ!」
その日の深夜。
「……夜道で『黒い影』に遭遇すると、跡形もなく食い殺される」という、まことしやかな都市伝説のような噂が街に広がり始めた矢先のことだった。
「きゃあああああっ!?」
宿屋で寝る前のストレッチをしていた俺の耳に、窓の外から悲鳴が飛び込んできた。
窓を開けて眼下の路地を見下ろすと、漆黒の靄を纏った巨大な狼のような化け物が三匹、逃げ遅れた親子の退路を塞いでよだれを垂らしていた。
「……ナビ。あれはなんのトラブルだ?」
【ナビ:マスター。純粋な『生物的脅威』です。設備的解決は不可能です。推奨行動:物理的な害獣駆除】
俺はため息をつき、着替える間もなく窓枠に足をかけた。
「やれやれ。設備屋の手に負えないなら、ただの『害獣駆除』の現場だな」
ダンッ!!
『身体強化』を全身の筋肉と骨格に叩き込み、三階の窓から石畳の路地へと飛び降りる。
着地の衝撃で石畳がクレーターのようにひび割れ、土煙が舞い上がった。
「な、なんだお前は!?」
路地の奥で獣を操っていたローブ姿の教団員が、空から降ってきた俺を見て目を剥く。
「グオォォォッ!!」
標的を変えた三匹のシャドウハウンドが、鋭い牙を剥き出しにして俺の首元へと飛びかかってきた。
「シロ、クロ! 街に被害を出さずに制圧しろ!」
『ピロロロッ! 承知しました! ピンポイント爆撃、いきます!』
『ニャハハ! ただの獣の分際で、終末を名乗るなんて百年早いニャ!』
シロが上空から『極細の雷霆』を正確に撃ち下ろし、一匹の獣の脳天を貫いて瞬時に黒焦げにする。
クロが口から吐き出した『深淵の火球』がもう一匹を包み込み、悲鳴を上げる間もなく灰へと変えた。
「ガァァァッ!」
最後の一匹が俺の懐に潜り込んできた。
俺はインベントリから、前世から愛用している長さ一メートル近い『特大パイプレンチ』を取り出した。ずっしりとした鋼鉄の重量感。
「バルブじゃなくて悪いが……お前の頭のナットを締め上げてやるよ!」
俺は身体強化の乗ったフルスイングで、飛びかかってきた獣の顔面に特大パイプレンチを叩き込んだ。
ゴガァァァァァァンッ!!!
鈍い破壊音と共に、シャドウハウンドの巨体がコマのように錐揉み回転しながら吹き飛び、教団員の足元に激突して動かなくなった。
「ひぃぃっ!? な、なんだこいつは……! ただの職人じゃないのか!?」
「悪いな。現場の安全を守るためには、荒事もこなせないと務まらないんだよ」
俺が肩に特大レンチを担いで一歩踏み出すと、教団員は腰を抜かし、悲鳴を上げながら暗闇の奥へと逃げ去っていった。
インフラの知識だけでなく、圧倒的な「物理的な暴力」を見せつけたことで、教団は俺という存在に底知れぬ恐怖を抱き始めたはずだ。
「ふぅ……。夜中にひと暴れしたら、急激に腹が減ってきたな」
宿の部屋に戻った俺は、特大レンチを仕舞い、カセットコンロを取り出した。
害獣駆除という名の肉体労働の後は、理屈抜きでカロリーとタンパク質を補給しなければならない。
「戦闘の後の飯といえば、決まっている。今日は厚切り肉を揚げるぞ」
インベントリからいつもの『豚肩ロースブロック』を取り出し、三センチほどの極厚に切り分ける。
筋切りをして軽く叩き、塩コショウ、小麦粉、卵、パン粉をしっかりとまぶして、熱した油へ投入した。
ジュワァァァァァッ!!
極厚の豚肉が、きつね色の衣を纏った『特大トンカツ』へと変わっていく。
だが、今日はこれで終わりではない。
別の浅い鍋に、昆布と鰹の合わせ出汁、醤油、みりん、砂糖を沸かし、スライスした玉ねぎを煮る。
玉ねぎがしんなりとしたところで、先ほど揚げたばかりの極厚トンカツを切り分けて投入。出汁が衣にジュワッと染み込む音と共に、甘辛い香りが部屋を支配する。
「ここが勝負所だ」
俺は溶き卵を二回に分けて回し入れた。一回目で白身を固めてカツと玉ねぎを綴じ、二回目で黄身のトロトロ感を残す。
蓋をして十秒。
丼に熱々の白飯を山盛りにし、その上から鍋の中身を滑らせるように乗せた。
「完成だ。害獣駆除完了の祝勝飯、特製『極厚・豚肩ロースのカツ丼』だ!」
『ニャアアアッ! 揚げた肉をさらに甘辛い汁で煮込むなんて、カロリーの暴力ニャ!』
クロが丼に顔を突っ込み、ハフハフと熱がりながらカツに噛み付く。
『ニャムッ……! ザクッ、ジュワァァァッ! 衣が出汁を限界まで吸い込んでるのに、まだサクサク感が残ってるニャ! 分厚い肉から溢れる脂と、トロトロの卵が絡み合って……無敵の美味さだニャァ!』
『ピロロロッ! 労働の後の身体が求める、糖質と脂質の究極の融合ですね! 甘辛いタレが染み込んだご飯だけでも、永遠に食べ続けられそうです!』
俺も、三センチはある極厚のカツと、タレの染みたご飯を一緒にかき込んだ。
「……っっっ!! うんまァァァッ!」
豚肩ロースの力強い弾力と、噛み切った瞬間に溢れる圧倒的な旨味。
出汁の効いた甘辛いタレと、半熟卵のまろやかさが、荒ぶった神経を優しく鎮めてくれる。
深夜のカロリー計算など、この瞬間だけは完全に無視だ。
「くぅぅっ……! ひと暴れした後の熱々カツ丼、胃袋に染み渡るぜ!」
【ナビ:マスター。見事な害獣駆除、および完璧なカロリー補給でした。教団の脅威度は依然高いですが、マスターの物理的制圧力を前に彼らの戦意は削がれています】
設備屋の枠を飛び出し、夜の街で大立ち回りを演じた四十代のおっさん。
迫り来るカルト教団との直接対決の予感を感じながらも、今夜は極厚カツ丼の圧倒的な幸福感に包まれて、深い眠りにつくのだった。
【第83話:完】
収穫: 街の平和、教団への物理的牽制。
知識更新: 設備の知識が通用しない相手には、特大レンチによる物理的説得が有効である。
現在の気分: 深夜のカツ丼は罪の味がする。だからこそ、最高に美味い。




