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おっさんは異世界を気ままに一人旅することに決めました  作者: おのののののの


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75/119

75話

 小国群の荒野を抜け、数日の旅を続けた俺たちは、ついに大陸の東端に位置する巨大な港町『ポルト』へと到着していた。


「……ふぅ。やっぱり潮風の匂いはいいな」

『ニャア! 海だ! 魚の匂いがするニャ!』

『ピロロロッ。広大な海原ですね。空と水面が溶け合うような絶景です』


 クロが尻尾を立てて港へ向かって駆け出し、シロが上空を旋回する。

 港には大小様々な漁船や商船が停泊し、活気に満ち溢れていた。だが、日が沈みかけ、夕闇が港を包み始めた頃、俺はある「違和感」に気がついた。


「おい、すっかり暗くなってきたってのに、あそこの『大灯台』に火が灯らないぞ?」

 俺が港の先端にそびえ立つ巨大な石造りの灯台を指差すと、近くで網の手入れをしていた漁師が、重いため息をつきながら答えてくれた。


「ああ、旅のお方。あの灯台の魔道具は、最近電源を落としてるんだ」

「落としてる? 港の命綱だろう?」

「それが、夜中に魔力回線から突然火花が散って、ボヤ騒ぎが起きちまったんだよ。魔法技師に見せても『漏魔力』だとは言うんだが、配線自体はどこも切れてねぇし、原因がサッパリわからなくてな。火事になるくらいならってんで、夜間の漁を控えてるのさ」


 配線は切れていないのに火花が散る『漏魔力火災』。

 その言葉を聞いた瞬間、四十代の元・設備管理者である俺の血が、静かに、しかし熱く沸き立った。


(……前世で取得しておいた『消防設備士乙種7類』――漏電火災警報器を専門に扱う資格の知識が、こんな異世界で火を噴く日が来るとはな)


 俺は迷わず、大灯台の管理室へと向かった。

「おっちゃん、ちょっとその漏魔力した配線盤を見せてくれないか?」


 管理人に頼み込み、灯台の上層部にある魔力制御盤を開けさせてもらう。

 中は一見すると綺麗なものだったが、俺は魔力ランプで端子の隙間をじっくりと照らした。


「ナビ、この端子台の表面の成分をスキャンしてくれ」


【ナビ:了解しました。……端子の表面および配線の被膜上に、高濃度の『塩化ナトリウム(塩分)』と水分が結露して付着しているのを検知しました】


「やっぱりな。典型的な『塩害によるトラッキング現象』だ」


 俺の言葉に、管理人が目を丸くする。

「トラッキング……塩害? どういうことだ?」


「海風にはたっぷりと塩分が含まれてる。その潮風が制御盤の中に入り込み、端子に塩と湿気がこびりつくんだ。塩水は魔力を通しやすいから、本来流れないはずの端子と端子の間に『見えない塩の道』ができて、ショート(漏魔力)して火花が散ったんだよ。配線が切れてないのに火事になるのは、これが原因だ」


 潮風に晒される海沿いの現場や、ホコリの溜まった古いコンセントなどでよく起こる、非常に危険な漏魔力火災のメカニズムである。


「原因がわかれば、対策は簡単だ」

 俺はインベントリから、洗浄用の特殊なアルコールスプレーと、絶縁性の高い『防湿・防塩コーティング剤(シリコン樹脂)』を取り出した。


 端子にこびりついた塩分をアルコールで完全に拭き取り、乾燥させた後、端子全体をシリコン樹脂で分厚くコーティングして密閉する。これで、どれだけ潮風が吹き込んでも塩分が付着することはない。


「さらに、ダメ押しだ」

 俺は回路の途中に、小さな魔道具を組み込んだ。

「こいつは『漏魔力ブレーカー』だ。万が一、魔力が規定のルート以外に漏れたら、火花が散る前に自動で回路を遮断してくれる」


 完璧な塩害対策と安全装置(フェイルセーフ)を施した俺は、管理人に頷きかけた。

「よし、主電源を入れてみろ」


 管理人が恐る恐るレバーを押し上げると……。

 カァァァァァァッ!!

 大灯台の頂上から、海原の果てまで届くような強烈な光の帯が放たれた。しばらく待っても、焦げ臭い匂いも火花も全く出ない。


「おおおおっ!! 直った! 灯台の光が戻ったぞ!」

「あんた、魔法技師以上の凄腕の職人だ! これでまた、夜の海に漁へ出られる!」


 港のインフラを救った俺は、歓喜する漁師たちから「一番いい獲物を持っていってくれ!」と、水揚げされたばかりの新鮮な『大エビ』『ホタテ』『イカ』、そして大量の『タコ』をどっさりと受け取った。


 その日の夜。

 海風が心地よい港の隅に陣取った俺たちは、手に入れた極上の海鮮で宴の準備を始めていた。


「これだけ新鮮な魚介が揃ってるんだ。素材の味を極限まで引き出す、熱々のやつをいくぞ」

 俺はインベントリから、小さな鉄鍋(スキレット)を取り出した。


 鍋にたっぷりのオリーブオイルを注ぎ、スライスした『ニンニク』と、ピリッと辛い『鷹の爪』を入れて弱火にかける。

 オイルにニンニクの香りがしっかりと移り、フツフツと泡立ってきたところで、ぶつ切りにしたタコ、プリプリの大エビ、大粒のホタテを豪快に放り込んだ。


 ジュワァァァァァッ!!


 熱々のオイルの中で海鮮が煮え上がり、磯の香りとニンニクの暴力的な匂いが港の夜風に乗って弾け飛ぶ。

 味付けはシンプルに塩だけ。海鮮から溢れ出す濃厚な出汁が、オリーブオイルを極上のソースへと変えていく。


「完成だ。特製『港の海鮮アヒージョ』だ! フランスパンをオイルに浸して食え!」


『ニャアアアッ! 油の中で魚介が踊ってるニャ!』

 クロが慌ててバゲットをかじり、オイルとエビを頬張る。

『ニャムッ! アッチ! ハフッ! ……ニャンだこのオイルは! ニンニクのパンチと、エビやホタテの旨味が全部溶け出してるニャ! バゲットが無限に食えるぞ!』


『ピロロロッ! タコの弾力とホタテの甘みが、オリーブオイルによって完璧に閉じ込められています。塩害は憎いですが、この海の塩気は最高の調味料ですね!』

 シロも羽をパタパタさせながら、熱々のアヒージョに舌鼓を打っている。


 俺も、ニンニクと海鮮の旨味を限界まで吸い込んだバゲットを大口で頬張った。

「……っっっ!! うんまァァァッ!」

 サクッとしたパンの食感の後、口の中に広がる濃厚な魚介のジュースとニンニクの香り。四十代の胃袋を強烈に刺激する、酒泥棒の究極形態だ。


 すかさず、インベントリでキンキンに冷やしておいた『辛口の白ワイン』をグラスに注ぎ、一気に喉へ流し込む。

 オリーブオイルの油膜を、白ワインのキリッとした酸味が爽快に洗い流していく。


「くぅぅっ……! アヒージョからの白ワイン、悪魔的な美味さだな!」


【ナビ:マスター。灯台の塩害対策および漏魔力防止システムの構築、完璧でした。そして現在、マスターの血中アルコールと幸福度の相乗効果が最高潮に達しています】

「ああ、お前のおかげで原因もすぐに特定できたしな。ありがとよ、ナビ」


 漏魔力という目に見えない現場の危険を、前世の資格と知識でスマートに解決し、夜は絶品の海鮮と酒で満たされる。

 夜の海を明るく照らす大灯台の光を見上げながら、四十代のおっさんと神様たちの海辺のスローライフは、極上のアヒージョの香りと共に更けていくのだった。


【第75話:完】

 収穫: 漁師たちからの絶大な信頼、新鮮な海鮮の山。

 知識更新: 海沿いの配線トラブルは、まず塩害(トラッキング)を疑え。そして乙7の知識は裏切らない。

 現在の気分: 明日の朝は、この海鮮の出汁が出た残りのオイルで、絶品のペペロンチーノを作ろう。

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